第1部 第7項
放課後の生徒会室。
ドアが静かに閉まる音のあと、橘先輩は腕を組んで椅子にもたれた。
「状況はだいたい聞いた」
短く、要点だけを切るような口調。
生徒会長らしいと言えばそうだが、拓海先輩に向ける視線は昔馴染みというような優しげな色だ。
「校外でのバンド活動、だな」
拓海先輩は頷く。
「結月も一緒に呼び出されてる」
「そりゃそうだ」
橘先輩は即答した。
「でもな、それ、“即アウト”じゃない」
顔を上げる。 机の上に生徒手帳を置いた。付箋が何枚も貼られている。
「校則第5条。校外活動の禁止、って書いてあるけどな」
パラ、とページをめくる。
「“学校の名誉を著しく損なう行為”“学業に支障をきたす継続的活動”“金銭の授受を伴うもの” ――この三つが、処分対象の前提条件だ」
拓海先輩は黙って聞いている。
「お前らの場合、どうだ?」
指を一本立てる。
「学校名は出してない」
二本目。
「成績、落ちてない。むしろ拓海は上位」
三本目。
「先生が噂で知ったのはバンド活動している。ってことだろ? どこかで出演料とか貰ってるのか?」
思わず小さく息を飲む。
「……全部、セーフ」
そう言って、視線を上げた。
「だからこれは、“指導”止まりの案件だ。処分にするなら、理屈を積まなきゃならない」
「でも先生は……」
「“噂になってる”だろ?」
橘先輩は鼻で笑った。
「噂は証拠にならない」
そのまま立ち上がり、ジャケットを羽織る。
「俺が、話す」
拓海先輩が、そこで初めて口を開いた。
「……迷惑じゃないか」
足を止め、振り返った。
「こんなことで迷惑なら、最初から生徒会長なんてやってねぇよ」
一拍置いて、少しだけ声を落とす。
「それに」
拓海先輩を見る目が、ほんの一瞬、柔らいだ。
「お前、昔からそうだ。自分のことより、誰かを守ろうとする」
何も言えない。
「今回は、俺が前に出る番だ」
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職員室でのやり取りは後から聞いた。
生活指導の渡辺先生と、吹奏楽顧問の山田先生が並ぶ机の前に、橘先輩は一人で立った。
「生徒会長の橘です」
深くも浅くもない、完璧な礼。
「校外活動についての件、校則に基づいた確認をお願いしたく」
渡辺先生が腕を組む。
「君が出てくる話か?」
「生徒の権利と、校則の適用範囲の話ですから」
きっぱりと言い切る。
「感情論ではなく、条文で判断してください」
机の上に、生徒手帳のコピーを置く。
「現時点で、処分対象となる要件は満たしていません」
沈黙。 山田先生が、ページに目を落とす。
「……確かに、即処分は難しいな」
渡辺先生が、渋い顔で言った。
「だが、指導は必要だ」
「異論はありません」
橘先輩は即座に頷く。
「ただし、“禁止”ではなく、“注意”として扱ってください。それが、生徒会の見解です」は一人で立った。
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職員室を出たあと、廊下で待っていた私たちの前に、橘先輩が戻ってきた。
「ひとまず、首はつながった」
安堵の息を吐く。
「ありがとう……!」
橘先輩は軽く手を振った。
「礼はいい。代わりに」
拓海先輩を見る。
「これからは、隠すなら徹底しろ。続けるなら、覚悟を持て」
まっすぐに頷いた。
「……ああ」
橘先輩はその様子を見て、満足そうに笑った。
「音、やめる気はないんだな」
「ない」
即答だった。
「なら、俺も味方でいる」
夕方の廊下。 拓海先輩の横顔を見る。
“一人で抱えなくていい” そう言われているような気がした。




