第2部 第14項
母校の最寄り駅は、思っていたよりも小さかった。
それとも、自分が大きくなっただけだろうか。
胸の奥に、かすかな違和感。
痛みというほどでもない。
でも、忘れていたはずの場所が、ふと疼く。
(……ここだ)
高校を卒業して、都会に出た。
仕事は楽しかったし、評価もされた。
恋愛もした。ちゃんと笑って、ちゃんと別れた。
なのに。
埋まらない場所がある。
名前をつけるほど大きくはない。
でも、何も入らない穴。
今日は同窓会。
それだけの理由で帰ってきたはずだった。
「ぱぱ! まま! はやくはやくー!」
小さな女の子が、改札を抜けて駆けていく。
リュックが背中で跳ねる。
「ははは、ツムギは元気だなー」
その声。
「走らなくてもライブは逃げないわよ」
――その声。
思考より先に、体が反応した。
振り返る。
そこにいたのは、見覚えのある背中と、少しだけ柔らかくなった横顔。
拓海先輩。
隣には、結月先輩。
自然すぎる距離。迷いのない並び方。
二人の前で、女の子が振り返る。
「ねー、はやくー!」
三人は、完全に家族の形をしていた。
「あ……」
声が、勝手に零れた。
拓海が、気づく。
一瞬、目を見開いて、次の瞬間、時間を確認するみたいに瞬きをする。
結月も、気づいた。
視線が合う。
あの頃と同じ、でも確実に違う目。
――三人の時間が、止まった。
駅のアナウンスも、
行き交う人の足音も、
全部、遠くなる。
(……10年)
言葉にしなくても、分かる。
ルナは、胸の奥をそっと押さえた。
まだ、あった。
小さな穴。
でもそれはもう、痛みじゃなかった。
「……久しぶり」
先に言ったのは、ルナだった。
声は、ちゃんと大人の声だった。
拓海は、少しだけ困ったように笑う。
「ああ……久しぶりだな」
その笑顔を見た瞬間、ルナは、はっきり分かってしまった。
――あの頃、届かなかった理由。
拓海は変わっていない。
でも、隣にいる人が違う。
そしてそれは、奪われたんじゃない。選ばれた結果だった。
結月が、一歩前に出る。
「同窓会?」
「……うん」
ルナは頷く。
結月は、少しだけ笑って言った。
「今日、STAR DROPで子供向けの童謡ライブがあるの」
ルナはクスリと笑った。
ライブ。
その言葉が、胸の奥に静かに沈む。
(ああ、音は、まだ続いてるんだ)
とはいえ、あのミツキさんが、童謡?
拓海が、女の子の肩に手を置く。
「ツムギ、挨拶しなさい」
「こんにちは!」
元気な声。
ルナはしゃがんで、目線を合わせる。
「こんにちは。……元気だね」
「うん!」
その一瞬で、過去と現在が、きれいに分かれた。
ルナは立ち上がり、二人を見る。
「……デルタ」
その名前を、初めて口に出した。
拓海が、ほんの一瞬だけ目を伏せる。
「……伝説だな」
冗談めかした声。
でも、否定しなかった。
ルナは、静かに笑った。
「うん。知ってる」
知っているから、戻らない。
知っているから、壊さない。
胸の穴は、まだある。
でもそれは、自分が音楽を本気で好きだった証拠だ。
「じゃあ……また」
そう言って、ルナは一歩引いた。
振り返らずに歩き出す。
背中で、三人分の時間が再び流れ出すのを感じながら。




