第2部 第12項
――モモが、切れた。
きっかけは、ほんの一言だった。
ルナが、迷いながら口にした。
「……でも、エミさんって、悪い人には見えなくて……」
その瞬間。
「――あ゛?」
低い声だった。
怒鳴り声じゃない。
だからこそ、結月もルナも、背筋が凍った。
モモは、ゆっくり息を吸って、吐いた。
そして、抑えていたものを――全部、投げつけた。
「小学生バンドのとき」
唐突な過去。
「拓海は、エミに憧れてた」
結月の喉が、小さく鳴る。
「コンクールのオーディション」
「拓海が選ばれたのは実力じゃない。先生の都合だった」
ルナが目を見開く。
「エミはね、......それが、気に食わなかったんだよ」
モモの声は、感情を乗せていない。
事実を並べるだけの、残酷な声。
「自分が落ちた理由を、拓海に押しつけた」
一拍。
「自分の都合で、拓海を捨てたんだ」
結月の手が、膝の上で強く握られる。
「ルナには、ちょっとだけ話したよね。プレッシャーで壊れた人がいたって」
ルナが、はっとする。
「――あれ、エミだよ」
容赦がない。
「エミは、プレッシャーで壊れた......で、自分だけじゃ足りなくて」
一拍、呼吸。
「......拓海を壊した!」
空気が、音を失う。
「拓海、笑わなくなった。......吹奏楽、離れた」
結月は、思い当たる節が多すぎて、何も言えない。
「高校で吹奏楽に戻ったのは、意地だって言ってたよ」
「好きだから、じゃない。逃げたまま終わりたくなかっただけ」
モモの拳が、震える。
「ずっと、息苦しかったんだよ......ずっと......」
視線が、結月とルナを眩しそうに、見つめる。
「あんたたちのおかげで......やっと、息ができるようになったんだ」
一瞬だけ、声が揺れた。
でも、すぐに立て直す。
「そこに」
――怒りが、再点火する。
「ハルシュタのメジャデビュー」
「STAR DROPの取材」
「……エミが現れた」
吐き捨てるように。
「タイミングよすぎるだろ」
ルナの唇が、かすかに震える。
「SOUND DOCK、来ただろ」
「店の外で、私を見て」
「『やばいっ!』って顔、してたよ」
結月の脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。
商品棚の前で立ち尽くす拓海。
――見た。
確かに、見た。
「店の外から、拓海が呆然と立ってるの、見えたんだ」
結月は、何も言えない。
「結月......あんた、見ただろ」
答えなくても、いい。
もう、知っている。
「エミはさ、また、自分の都合で拓海を使って」
「また捨てようとしてる!」
モモの声が、ようやく割れた。
「拓海はね――」
一拍。
胸を押さえる。
「ただ、息がしたいだけなんだよ」
沈黙。
ルナは、初めて理解した。
自分が、どれだけ軽い言葉を使っていたか。
結月は、胸の奥に、これまでとは違う重さを感じていた。
――罪悪感じゃない。
守れないかもしれない、という重さ。
モモは、もう何も言わなかった。
言い切ったからだ。
この場に残されたのは、逃げ道を失った二人と、
言葉にしてしまった真実だけだった。




