第2部 第11項
軽音同好会の練習日。
スタジオに入るなり、結月は言った。
「今日さ、私、リズム隊だけでやりたい」
ルナが目を丸くする。
「え、ギターは?」
「弾かない、歌わない」
ドラムセットの前に立つ。
「音を、支えたい」
拓海がいない日。
でも、拓海の言葉が残っている。
――音楽は、前に出る人間だけのものじゃない。
結月はスティックを握る。
最初は、ただのクリック。
でも、だんだん呼吸みたいになっていく。
ルナのテナーサックスが、自然に乗る。
最近入会した会員のキーボードの和音が、安心して伸びる。
誰も主役じゃない。
でも、全員が音楽の中にいる。
終わった後、ルナがぽつり。
「……ねえ。結月先輩、今日、かっこよかった」
結月は、少し照れて笑う。
「私ね、拓海先輩の隣に行きたいんじゃない」
一拍。
「同じ地面に立ちたい」
それは、依存じゃない。選択だった。
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雑誌企画の打ち合わせ後。
楽器店の奥、静かなスペース。
エミは、カバンを閉じながら言った。
「拓海くん、次の企画、私、外れるね」
拓海が顔を上げる。
「……どうして?」
エミは、少しだけ笑う。
「並んで話すの、楽しかった。でもね」
視線を、拓海の後ろ――STAR DROPの方向へ向ける。
「最近のあなた、もう“探してる人”じゃない」
拓海は、言葉を失う。
「居場所ができた人は、解説者としては、少しつまらないの」
冗談めかしているけど、本音だ。
「それに」
エミは、少し声を落とす。
「私、火をつける役は好きだけど、守る場所を揺らす役は、向いてない」
沈黙。
「距離、取るね。それが、一番きれい」
拓海は、ゆっくり頷いた。
「……ありがとう」
エミは、背を向ける前に一言だけ。
「選ばれたと思わないで。選んだんだよ、あなたが」
それが、別れの言葉だった。
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STAR DROPの片付け中。
ルナは、雑誌をめくっていた。
拓海とエミの記事。
そこに、最近の写真はない。
「……あれ?」
ミツキが、後ろから言う。
「気づいた?」
ルナは、はっとする。
「エミさん、最近来てない」
ミツキは、淡々と答える。
「自分で引いたんだよ。大人だからね」
ルナの胸が、ざわつく。
あの日。自分が言った言葉。
――エミさんといるときの方が、よく笑ってない?
「……私」
声が、震える。
「私、余計なこと言いましたよね」
ミツキは、少し考えてから言う。
「余計、っていうか。刺さるとこ、正確に突いた」
ルナは、顔を覆う。
「悪気、なかったのに……」
ミツキは、肩をすくめる。
「悪気がない言葉ほど、人を動かすんだよ」
ルナは、唇を噛む。
そのとき、結月が入ってくる。
ルナは、思わず言う。
「結月先輩、私……」
でも、言葉が続かない。
結月は、少しだけ笑った。
「大丈夫」
そして、静かに。
「私、ちゃんと音楽やるから」
責めない。
許すとも言わない。
ただ、前を向いている。
その背中を見て、ルナは初めて思う。
(あ、私……)
(取り返しのつかないこと、言ったんだ)
でも。
それに気づけたのは、今が初めてだった。




