第2部 第5項
ステージの照明が一段と明るくなる。
最初はオリジナルの《シューティングスター》が3人の音が軽快に場の温度を上げる。
そしてニ曲目《A列車で行こう》
ドラムのカウントで幕が切って落とされると、バリトンサックスの低音が床を振動させ、テナーが自由に旋律を描く。
拓海の合図とともに――ホーン隊がフラッシュモブのように舞台袖から飛び出した。
観客の目が一斉に向く。
ざわめきと驚きの笑いが混ざり合い、会場全体の空気が一気に変わった。
ホーン隊のトランペットやサックスが加わり、ステージの音が一層厚く、華やかになった。 直子のフルートも華やかに彩りを装飾する。
結月はニコニコと笑いながらリズムを刻み、ルナはテナーを吹きながら、目を細めて楽しむ。 拓海は三人の間で、軽く目を合わせ、自然にニヤリと笑った。 その笑顔に、観客も引き込まれる。
「わあっ!」歓声が上がり、手拍子が会場に響く。
フラッシュモブで飛び出した仲間たちも、演奏に合わせて笑顔を見せ、観客に拍手を促す。
音と視覚が一体になり、デルタの初ステージは、序盤から熱気に包まれた。
そして何より――拓海が、純粋に楽しそうに音楽を鳴らしている。
その姿が、観客、仲間、そしてステージ上の三人自身を、思わず夢中にさせた。
「げっ、これじゃプラチナムーンがかすむじゃんよ……」
マサが苦笑いを浮かべる。
その横でハルシュタのエリカは、ふん、と肩をすくめながら言った。
「それでも、私は強い」
なぜか「私たち」ではない。周りは思わず顔を見合わせ、くすりと笑う。
デルタのステージが大盛り上がりで幕を下ろす。
観客の拍手がまだ鳴りやまぬ中、ステージ上では次の準備が始まる。
「さて、プラチナムーンの出番だな」
ミツキさんの声が響き、観客も期待の目を向ける。
拓海はドラムの配置を少し変更し、結月はバリサキからキーボードへ。
二人はデルタの熱気を胸に抱えたまま、今度はプラチナムーンとしての自分に切り替える。
マサやコウ、モモも、それぞれ笑みを浮かべ、ステージの緊張と高揚を受け止める。 デルタの時とはまた違う呼吸。
今度はプラチナムーンとして、観客と音を一体化させる瞬間がやってくる。
そして、ライトがステージを包み、静寂の中で一音目が鳴る――。
拓海の演出は、やはりすごい。
デルタの高揚感で霞むかと思われたプラチナムーンのステージだが、瞬く間に場の雰囲気を変えた。
大人の空気感と落ち着いた迫力が混ざり合い、会場を包み込む。
観客は息を呑み、手拍子と歓声が絶妙なタイミングで沸き上がる。
デルタとはまた違う、成熟した熱気だ。
そしてプラチナムーンの最後の一音が余韻となって消えた瞬間、空気は自然と次のハルトゲシュタインへとつながっていく。
観客の視線も、ステージ上の演者たちも――次の熱気を待ち構えていた。
ハルシュタは、ヒカリの超絶技巧と、エリカのダイナミックなベースラインを軸に、若者らしい疾走感を会場いっぱいに放った。
もはや、対バンや対決感などは関係ない――ただ純粋に、音楽の高揚だけがそこにあった。
デルタ、プラチナムーン、そしてハルシュタ。 STAR DROPを代表する二つのバンドとその前座が、それぞれの個性と熱をぶつけ合い、最高のステージを作り上げたのだった。
この奇跡的なライブに立ち会った観客たちは、目の前で繰り広げられる音の奔流に息をのんだ。
デルタの遊び心、
プラチナムーンの大人の迫力、
ハルシュタの疾走感。
――すべてが一体となり、ステージと観客をつなぐ。
ルナは自分の出番の後は、従妹のしのぶと純粋に楽しんだ。
直子も吹奏楽とは違う、初めてのライブに興奮を抑えない。
拍手と歓声は、ただの反応ではなく、音楽そのものへの祝福だった。
笑顔と興奮が会場中に広がり、誰もが心の中で確かに叫んでいた――
「音楽って、こんなに自由で、こんなに熱くて、こんなに楽しいんだ!」
ミツキの顔は、苦々しい。
デルタのフラッシュモブ仕込みについては、まったく知らされていなかったのだ。
一方、PAのサクは、少し得意げな顔をしている。
「演出のために、知ってたんです」と、内緒話のように小さく言った。
ステージ上の熱気を見渡しながら、ミツキは息を吐いた。
――しかし、確かに盛り上がった。
演出の妙を、嫌というほど感じさせられる瞬間だった。
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打ち上げは、デルタとプラチナムーン、ハルシュタの面々。
そしてSTAR DROPのスタッフ全員で行われた。
場所はミツキが手配した居酒屋だ。
もちろん未成年のメンバーは、アルコールには手を出さない。
それでも、テーブルいっぱいに広がる料理と、熱気の残る会話で、店内は賑やかだった。
スタッフたちは笑いながらお互いの苦労話やステージの裏話を語る。
若者たちは若者たちで、演奏中には言えなかった感想や、互いの演奏に対するリスペクトを、照れくさそうに語り合う。
拓海も結月もルナも、笑顔でその輪に溶け込みながら、あのステージの高揚感を胸に刻んでいた。
外に出たモモは、夜風を胸いっぱいに吸い込む。 しばらく無言で立っていたが、ルナがそっと後ろから歩み寄る。
「……モモ先輩?」
ルナの声は少しだけ震えている。
モモは振り向きもせず、夜空を見上げて答えた。
「……すごかったな。あんなライブ、初めて見た」
「うん……拓海先輩、楽しそうだったね」
ルナも視線を空に向ける。
「結月先輩も、あんな顔するんだって思った」
モモは小さく笑った。
「そっか……そうか」
「……モモ先輩?」
ルナが少し顔を近づける。
「やっぱり、デルタの三人なら……音楽を心底楽しめるんだな、って思っただけ」
その声には、昔の苦さも、今の安堵も混ざっていた。
ルナは微かに笑みを返す。
「……うん。私も、そう思う」
二人はしばらく、夜風に当たりながら静かに並んでいた。 言葉少なに、でも心の中で確かに、あのライブの余韻を分かち合っていた。
拓海が夜風の中に現れる。
「どうしたんだ?」
モモは少し肩をすくめて、そっけなく答える。
「何でもない」
ルナは顔を輝かせて、正直な思いを口にした。
「拓海先輩の昔話、聞きたいなと思って」
拓海は一瞬だけ目を細め、にやりと笑う。
「そうか。昔話ね……じゃあ、ちょっとだけな」
モモは少し息をつき、ルナは期待で胸が高鳴る。
――夜風に混じる三人の笑い声が、静かな夜に溶けていった。




