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残響のプレリュード  作者: erg
第1部

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5/82

第1部 第4項

 放課後。

 校舎の外に出ると、昼間の喧騒が嘘みたいに、空気が少し軽くなっていた。

 私はキーボードケースを肩に掛け、スマホで時間を確認する。

 今日は部活ではなく、自分たちのバンド、プラチナムーンの練習日だ。


 「先に行ってるね」


 廊下で声をかけると、拓海先輩――いや、今日は“拓海”が短く頷いた。 学校やバイトでは先輩後輩だが、バンドの中では同僚。上下関係は無い。


 「うん。ドラム、先にセッティングしておく」


 その言い方だけで、学校モードからバンドモードに切り替わるのがわかる。 敬語が消えて、距離がほんの少しだけ近づく感じ。

 練習場所は、STAR DROPの奥のスタジオ。

 学校とも、部活とも関係のない場所だ。

 すでにスタジオには他のメンバーが集まっていた。

 リードギターの岸田昌弘、マサ。北高二年生の男子で、音作りに異様にこだわるタイプ。アンプの前でしゃがみ込み、ペダルを踏みながら首を傾げている。


 「……違うな。昨日より高域が痛い」


 「また始まった」


 ギターボーカルのモモ、立花桃花が笑いながら言う。南高二年生。声がよく通る。ライブハウスでは見ないタイプの、芯のある明るさを持っている。


 そしてベースのコウ、田中幸作は北高の三年生。無口で落ち着いていて、チューニングをしながら状況を静かに見ている。必要なことしか言わないけれど、音が鳴ると一番安定している人だ。


 「お、来たな」


 マサが顔を上げる。

 私はキーボードをスタンドに置きながら、軽く頷く。


 「お疲れ。今日は三曲通すんだよね」


 「うん。まずは例の新曲からいこう」


 モモが譜面を手に、拓海を見る。

 拓海はドラムセットの前に座り、スティックを軽く回した。

 その仕草が、学校やバイトの姿とはまるで違う。


 「テンポ、前より少し落とそう。結月のフレーズ、この前、前に出てたから」


 一瞬、指が止まりそうになる。

 ……そこまで聴いてたんだ。


 「……うん、わかった」


 キーボードの電源を入れ、音色を整える。 指を鍵盤に置いた瞬間、頭の中が一気に切り替わる。

 拓海のカウントで、音が走り出す。

 ドラムが土台を作り、ベースが静かに絡み、ギターが重なり、モモの声が乗る。

 そこに、私のキーボードが空間を埋める。

 演奏中、何度か拓海を見る。目は合わない。

 でも、タイミングはぴたりと合う。

 余計な合図はいらない。この前のライブハウスと同じだ。必要なときに、必要な分だけ支える。

 曲が終わると、シンバルの余韻が薄く残る。


 「……今の、いい」


 コウが短く言う。モモも頷く。


 「キーボード、かなり効いてる」


 少し照れながら、拓海を見る。

 拓海はスティックを膝に置いたまま、少し考えてから静かに言った。


 「今日の結月、安定してる」


 それだけ。 でも、その一言で胸の奥がじんわり熱くなる。 学校では先輩と後輩。 ライブハウスではスタッフ同士。 そしてここではバンドのメンバー。 どの場所でも、拓海は多くを語らない。でも、音と行動で、と伝えてくる。


 「もう一回いこう」


 拓海が言う。 深く息を吸い、鍵盤に指を戻した。 この場所では、距離を測らなくていい。 音で並べば、それでいい。 そう思えたことが、少しだけ嬉しかった。

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