第2部 第2項
STAR DROPのミツキに、ライブの出演の可否を求めるオーディションを申し込んだ。
普通のバンドとは違う編成に、最初は少し面食らった様子だったが、やがてSTAR DROPにとって新しい音楽になるかもしれない予感に、目を光らせた。
オーディションに立ち会うのは、普段ならミツキさんとPAのサクさんだけだ。
だが今回は、ハルシュタとプラチナムーンも「ぜひ聴きたい」と言って集まってきた。
拓海が一歩前に出て、短く息を整える。
「Δ(デルタ)です。オリジナル曲、《シューティングスター》」
店内が、静かになる。
曲調は、どこか《メキシカン・フライヤー》を思わせる疾走感。
ドラムとバリトンサックスが、8ビートでしっかりと刻む。
低音が地面をつくり、その上をテナーサックスが、夜空を切り裂くようにのびやかに駆けていく。
沈黙。
誰も言葉を発さず、ただミツキの口元を見つめている。
やがて、ミツキがゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
一拍置いて、続ける。
「まぁ、拓海と結月の実力は保証済みだしね」
視線が、ルナに向く。
「ルナは……もうちょっと、吹奏楽的な癖が抜けるといいんじゃない?」
皆、わかっている。
これはミツキの言葉としては、かなり高い評価だ。
――伸びしろがある、と言っているのだから。
吹奏楽の一員としての評価なら、ルナはすでに指導の先生からもらっている。
楽団の中で、きちんと調和できているかどうか。
けれど、今ここで問われたのは、一人のプレイヤーとして、音で立てるかだった。
モモが、ルナの目をまっすぐ見て言った。
「同じステージに、立ってきたね」
それは、同じステージという意味ではない。
――拓海の懐に、踏み込んだということだった。
「そういえばさ」
ミツキが、ふと思い出したように言った。
「うちを根城にしてるバンドで、ハルシュタとプラチナムーンの対バンって、まだやったことないよね。……やってみる?」
一瞬の間。
「前座に、デルタ入れてさ」
店内がざわっとする。
ハルシュタとプラチナムーンは、普段はそれなりに仲がいい。
だが、対バンとなれば話は別だ。どうしても、対決色が強くなる。
「よっしゃ!」
マサが声を上げる。
「うちのファンで、埋め尽くしてやるぜ!」
その横で、コウが無言で拳を握りしめた。
マサとコウはプラチナムーン
ハルシュタのエリカは肩の力を抜いたまま、淡々と言う。
「大丈夫。わたしたちは、強いから」
ヒカリの目がキラリと光る。
拓海が、ニヤッと口の端を上げた。
それを見て、結月とルナは思わず顔を見合わせる。
――あ、これは何か悪いことを考えてる顔だ。
言葉は交わさない。
けれど二人とも、同じ結論にたどり着いていた。
拓海は、吹奏楽を引退したことで、良くも悪くも過去を引きずるのをやめたようだった。
今はただ、純粋に音楽を楽しんでいるように見える。
それは、モモも感じていたことだ。
とりわけ、あのフリーセッションが転機だったのだろう。
モモは拓海の一歳年下だが、小学生バンドの頃のことをよく覚えている。
コンクールメンバーに選ばれたというのに、拓海がまったく喜びを見せなかったこと。
次第に、練習に根を詰めるようになっていったこと。
あの子が潰れてしまった理由を知ったのは、コンクールが終わってからだった。
中学校では、拓海は吹奏楽をやらなかった。
それでも音楽からは離れられなかったらしく、合唱部に入ったと聞いた。
そして、高校でまた吹奏楽を始めたと知ったときは、心底驚いた。
モモが高校に入ったとき、拓海から声をかけられた。
彼からの呼び出しは珍しい。モモから声をかけることはあっても。
あれ以来、拓海は人と深く関わろうとしなくなっていたからだ。
「モモは、あのこと知ってるだろ。今は……ある意味、意地でやってる。でも、息抜きの場が欲しいんだ。付き合ってくれるか? バンド」
そのときの、拓海の苦い表情をモモは知っている。
だからこそ――
今の、あのいたずらっぽい笑顔を見ると、胸が苦しくなるのだ。
デルタのステージは、その斬新さも目を引いた。
だが、何よりも人々を惹きつけたのは、拓海が心底楽しそうにしていたことだ。
プラチナムーンでは、「息抜き」と言いながらも、全く気を抜いていなかった。
それはそうだろう。あの事件を知ってるモモがいることで、"引きずっていない"と前を向くふりをする必要があった。
それに対して、今のステージの拓海は、気楽に息をしている。
その姿に、人々は目を見張った。
――結月とルナは、どれだけ拓海にとって大切な存在なのだろうか。
ある意味、ずっとそばにいたモモにも、これほどの力は及ばなかったのだ。
拓海は思う。
ホッとしたのだ。
最後に金賞を取れなかったことは、多少の悔いとして残る。
だが、吹奏楽でやるべきことは、もう全部終えた――そう思えた。
結月は、部員として、そしてバンドメンバーとして、ずっと寄り添ってくれた。
先生に一緒に怒られ、一緒に軽音を立ち上げても、深入りはしない。
ただそばにいるだけ。それだけで充分だった。
ルナも、最初の印象こそ良くはなかった。
だが、スゥーっと心に沁み込んできた。
音を合わせることで。
心が自然に融かされていく感覚があった。
二人は、拓海にとって大切だ。
そして、この三人なら――
音楽を心から好きになり、心底楽しめそうだった。




