前日譚0.5
モモが高校に入学した春。
南高吹奏楽部の部室は、いつもより少しだけ騒がしかった。
新入生の部活見学に備えて、楽器の調整やパートの確認で、部員たちが慌ただしく動いている。
その中で、モモは顧問の前に立っていた。
「立花さんの希望はトランペット?」
「はい!小3から7年間続けているので、高校でもトランペットです!」
即答だった。迷いなんて、最初からない。
けれど顧問は、少しだけ困ったように笑った。
「見ての通り部員が多くてね、空いてるトランペットが今、無いんだよ」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「自分で用意できないなら、工業から借りることもできるけど」
その一言で、モモの表情がぱっと明るくなる。
「ほんとですか?自分で借りに行ってもいいですか?」
食い気味だった。
顧問は少しだけ目を細める。
「大丈夫?いつも男子が行くけど、男子でも怖がってるよ」
「大丈夫です。実は幼馴染がいるんです」
「ほう。それなら大丈夫か。向こうの先生に連絡しておくから、明日にでも行ってきていいよ」
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「というわけで、明日行くからね!拓海!」
「わかった。校内で迷子になるなよ」
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重厚な鉄扉
(......なんか、無愛想な部室だな)
コンコン「......おじゃましま~す」
「だれだ?」
(ヒィ~)
男の低い声に、肩がびくっと跳ねる。
「南高か、話は聞いてる」
「あ、あの、たくみ...長谷川さんはいますか?」
一瞬、間があった。
「長谷川?」
その名前に、何人かが顔を見合わせる。
「……ああ、あいつなら」
誰かが、奥の方に視線をやる。
「今、奥のスタジオだな」
「スタジオ……?」
聞き慣れない言葉に、モモは小さく首を傾げる。
事務室の奥のほうを軽く顎で示して、
「あの奥。あいつ、いつもあそこだ」
「行っていいですか?」
「ああ、勝手に行け」
その部屋は3畳ほどの広さで、扉のガラス窓から基礎打ちをやってる拓海が見えた。
素早くその部屋に入ると、
「ちょっと!こわいんだけど!」
「お、来たか」
「なんでこんな怖いところにいられるのっ?」
「そんなに怖いか?」
「少なくとも女子にとってはねっ!」
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モモの声は小部屋の外まで聞こえていて、
「俺たち、こわいのか?」
しょんぼり。
「だから、女子部員が入ってこないのか?」
「もし入ることがあったら、やさし~く、やさし~く。だぞ」
「わかった。やさし~く。だな」
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楽器庫にて
「ねぇたくみ、こっちは?」
「それはもっと古いよ。今見せたのが一番新しいやつ」
「ん~、吹いてみたけど、変な振動があるんだよね」
「だめか。モモのお父さんに聞いてみようか」
「なにを?」
「モモにトランペット買ってあげてって」
「ほんと?私が自分で言うより、聞いてもらえるかも」
遠目にギャラリってる男子ども
「たくみって言ってるぞ」
「モモって呼んでる」
「幼馴染らしい」
「お父さんとか、許嫁か?」
「あんなかわいい子がいつもそばに?」
「う、うらやましくなんて、ないぞ」
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南高にて、顧問に報告。
「結局、工業のトランペットは良いのが無くて、親に相談したら、買ってもらえることになりました」
「そうか。よかったな」
「新しい楽器が届くまでは、幼馴染から借りることになってます」
「ところで、怖くなかったか?」
「? 幼馴染がいたんで、大丈夫でしたよ」




