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残響のプレリュード  作者: erg
第1部

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31/82

第1部 第23項

 さらに翌週、結月は誘いに来る。


「ライブハウスのイベントなんだけど、STAR DROPを拠点にしてるバンドの交流会があって、最後にフリーセッションがあるんだよね。……テナーサックス、持ってきてみない?」


 放課後の廊下。

 結月の声は、前回よりもずっと軽かった。

 でも――

 その軽さが、逆に逃げ道を塞ぐ。

 ルナは、少しだけ視線を泳がせた。


「フリーセッション、って……」


「決まった譜面なし」


「コードだけ?」


「場合によっては、それすら無し」


 ルナは、思わず苦笑する。


「一番、苦手なやつですね……」


 中学から吹奏楽。

 楽譜は正解で、指揮は絶対で、ズレは“ミス”。


「うん、知ってる」


 結月はあっさり言った。


「だから誘ってる」


 ルナは、その言葉に詰まる。


「安心していいよ。いきなり前に出ろ、なんて誰も言わない」


 結月は、STAR DROPのロゴが入った黒いトートバッグを肩にかけ直した。


「最初は、後ろでロングトーンでもいい」


「……それでも、セッション?」


「それも立派なセッション」


 少しだけ間を置く。


「リズムに乗る。空気を聴く。隙間を探す」


 結月は、指で机をトントンと叩く。


「吹奏楽で言うなら、“他パートを聴く”のと同じ」


 ルナの中で、何かが繋がる。


「拓海先輩も……?」


「来るよ」


 即答だった。


「警備だけどね。最後はドラム叩くって」


 ルナの喉が、ごくりと鳴る。


「……失敗したら?」


「失敗する」


 結月は、笑いながら言った。


「全員!」


 その言い切りが、妙に心強い。


「それにね」


 結月は、少しだけ声を落とす。


「拓海君、今ちょっと、音楽が重くなってる」


 あの銀賞の後。

 あの、誰にも見せなかった悔しさ。


「だから、“正解のない音”を叩かせたい」


 ルナは、しばらく黙っていた。

 頭の中には、吹奏楽の譜面。

 ホルストのフレーズ。

 コンクールのホール。

 そして――

 STAR DROPの薄暗い照明と、客席のざわめき。


「……私」


 ルナは、ゆっくり口を開く。


「上手く吹けないと、黙っちゃうタイプです」


「知ってる」


「音が出なくなるかも」


「それも知ってる」


 結月は、一歩だけ近づいた。


「でもさ」


 指で、ルナのテナーケースを軽く叩く。


「吹奏楽であの音出せる人が、“何も出せない”なんてありえない」


 ルナは、小さく息を吸う。


「……いつですか」


「金曜の夜」


「遅いですよね」


「帰りは送る」


「それ、校則――」


「内緒」


 二人で、少しだけ笑った。

 ルナは、ケースの取っ手を握り直す。

 正解は、どこにも書いてない。

 でも――

 音を出していい場所が、そこにある。


「……持っていきます」


 その瞬間、結月の目が、ぱっと明るくなった。


「よし。じゃあ、STAR DROPで」


 その夜、ルナはケースを開け、テナーを磨いた。

 鏡に映る自分は、少しだけ緊張していて、

 でも――

 ほんの少し、楽しそうだった。

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