第1部 第22項
「ルナ」
結月が声をかける。
「軽音って、ロックばかりじゃないんだよ」
「え?」
「ジャズもある。ポップスもある。結構なんでもあり。」
「そうなんですね」
「昔、チェッカーズっていうグループがあってね、イントロとか間奏でテナーのソロあったりするんだよ」
「つまり?」
「……軽音に、入らない?」
結月の言葉は、誘いというより、そっと差し出された選択肢みたいだった。
ルナは、一瞬だけ言葉を失う。
軽音。
ロック。
ギター。
ドラム。
自分とは、別の世界だと思っていた。
「私、サックスしか……」
「“しか”じゃないよ」
結月は即座に言った。
「サックスが“ある”んだよ」
ルナは、思わず結月を見る。
結月は、いつもの飄々とした表情だけど、目は真剣だった。
「吹奏楽ってさ、楽譜が全部決まってるでしょ」
「……はい」
「それはそれで、すごくいい。完成度も高いし」
少し間を置く。
「でも軽音はね、余白がある」
余白。
その言葉が、ルナの胸に引っかかる。
「音をどう入れるか、どう抜くか、どう“語る”か」
「語る……」
「うん。サックスって、語れる楽器だよ」
結月は、少し笑って続けた。
「拓海君、ジャズ、好きなんだ」
ルナの心臓が、小さく跳ねる。
「吹奏楽だと、ティンパニは支える側でしょ」
「はい」
「でも軽音だと、リズム隊は“会話”する」
ドラム。
ベース。
キーボード。
そして――サックス。
「拓海君、ドラム叩きながら、サックスのフレーズに反応するタイプ」
それは、ルナの知らない拓海だった。
「……でも」
ルナは、正直な気持ちを口にする。
「今から混ざるの、遅いですよね」
結月は、首を横に振った。
「混ざらなくていい」
「え?」
「軽音は、“参加”の仕方がひとつじゃない」
少しだけ、声を落とす。
「今は、拓海君も余裕ないし」
その言葉に、ルナはうなずく。
あの悔しそうな背中を、思い出す。
「だからさ」
結月は、ルナのテナーケースを見る。
「言葉じゃなくて、音で来なよ」
「……音で?」
結月は、合宿の時のモモと同じことを言う。
そして、いつもより少しだけ、優しく笑った。
「吹奏楽では吹奏楽の音を。軽音では、自由な音を。どっちも、ルナなんだから」
風が吹いて、譜面台の紙が、カサッと鳴る。
ルナは、ケースの取っ手を、ぎゅっと握った。
「……考えても、いいですか」
「もちろん」
結月は、即答した。
「答え、急がせるつもりないよ」
そのとき、少し離れた場所で、拓海が振り向いた。
一瞬、視線が合う。
拓海は何も言わなかった。
でも、ルナのテナーケースを見て、ほんの少しだけ目を細めた。
――余白。
ルナは、胸の奥でその言葉を転がす。
音でしか、伝えられないものがある。
吹奏楽でも。
軽音でも。
そして、たぶん――拓海にも。
ルナは、静かに息を吸った。
この物語は、まだ、次の音を待っている。




