第1部 間奏曲 第21.5項
放課後の生徒会室。
窓の外は、文化祭準備のざわめきに満ちていた。
ヒデは椅子にもたれたまま、書類を机に放り出す。
「文化祭で、バンドやれ」
一瞬、空気が止まる。
「ヒデ……」
拓海は、小さく視線だけを向けた。
結月が小さく息を呑む。
「自分たちで勝ち取った場所だろ」
ヒデは腕を組み、まっすぐに二人を見る。
「軽音っていう“居場所”をよ。だったら——」
少しだけ口角を上げる。
「全校に見せつけてやれ」
その言葉は、挑発にも、信頼にも聞こえた。
拓海が静かに口を開く。
「……でも、二人しかいない」
「他校のメンバーのことは、オレが先生にうまいこと言ってやるよ」
即答だった。ニヤッと口角を上げ、
「俺が、STAR DROPに行ったことないと思うか?」
ヒデはすでに、モモの存在も、バンドの実態も知っている。
二人じゃないことを、最初から前提にしている。
「ルールは守るためにある。でも——」
一拍置く。
「変えるために使うのも、ルールだ」
その言葉は、生徒会長としての論理だった。
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翌日の職員室。
「軽音同好会は校内活動ですが——」
ヒデは淡々と話す。しかし、その言葉の組み立ては、逃げ道をすべて塞いでいた。
「学校同士の交流で一緒に音楽を作ることは、教育の一環として重要ではありませんか」
吹奏楽部の合同演奏で、すでに前例がある。
沈黙。
教師たちは顔を見合わせる。
「……うむ」
やがて、生徒指導の渡辺が口を開く。
「わかった。許可しよう」
形式上の壁が、音もなく崩れた。
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文化祭当日。
体育館の特設ステージ。
有志バンドが次々と演奏していく。
楽しそうだが、どこか“文化祭の延長”を出ない音。
その空気が変わったのは——
「次、プラチナムーン」
名前が呼ばれた瞬間だった。ざわめきが、一段階低くなる。
校則ギリギリの、グレーな存在。
ステージに現れたのは、見慣れた顔と、見慣れない顔。
ドラム、拓海
キーボード 結月
ギターボーカル 南高のモモ
リードギター 北高のマサ
ベース 北高のコウ
“学校の枠”を越えた編成。
それだけで、空気が違った。
――そして。
一音。
ギターが鳴った瞬間、ざわめきが消えた。
音が、“前に出てくる”。
ただ鳴っているだけじゃない。
空間を掴んで、引き寄せる。
ドラムが入る。
ベースが絡む。
キーボードが重ねる。
リードギターが、空気を切り裂く。
落ち着いた声。
“音楽”が、完成している。
文化祭の出し物じゃない。
“ライブ”だった。
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客席。
「……なにこれ」
クミが呟く。
「軽音の練習と、全然違う……」
隣でサキが、静かに目を細める。
ただの技術じゃない。
音の“意味”が揃っている。
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後方。
「……チッ、優等生贔屓とか言ってたけどよ」
ヤンチャな連中の一人が笑う。
「これはアリだろ」
「つーか普通にカッケェ」
反発は、熱狂に変わっていた。
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ステージ袖。
渡辺が腕を組む。
緩みかけた頬を、あえて引き締める。
「……いい音楽だな」
その言葉は、小さく、しかし確かに認めていた。
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演奏が終わる。
一瞬の静寂。
そして——
爆発する拍手。
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この文化祭をきっかけに、校則第5条の運用規定——いわゆる“禁止校外活動”の扱いは見直されることになる。
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そして、
ルナは、客席で立ち尽くしていた。
知っているはずの音なのに、違う。
遠くまで伸びていく。
自分の知らない場所まで、届いていく。
――すごい。
そう思う。
でも。
小さく息を吐く。
(……追いつく)




