表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響のプレリュード  作者: erg
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/82

第1部 第2項

 「今日、シフト入ってたっけ?」


 部活の終わり、練習日誌をまとめていると、拓海先輩が声をかけてきた。

 私たちのバイト先には、二つの顔がある。 表向きは、楽器店「SOUND DOCK」 そしてもう一つは、ライブハウス「STAR DROP」

 拓海先輩と私はバンドを組んでいる。

 多様性が語られる時代になったとはいえ、私たちの街はまだまだ田舎だ。バンドは不良の温床、という偏見も根強い。

 校則には校外活動の制限があり、アルバイトも許可制。

 楽器店は吹奏楽部の取引先として信用があり、アルバイト先として許可を貰っているが、ライブハウスやバンド活動などすべてを正直に話せるわけがない。


 ――だから、隠している。


 「行きますよ。今日はハルシュタのみんなもシフトに入ってるみたいですね」


 ハルトゲシュタインは、STAR DROPを拠点に活動するバンドだ。略してハルシュタと呼んでる。


 「今日は人気バンド同士の対バンだから、客の入りも多いだろうな」


 先輩の言葉を受けて、私は現場の状況を頭の中で組み立てる。

 ――ファン同士のトラブル。

 ――フロア、入口、物販。

 ステージの上だけがライブじゃない。目を配る場所はいくつもある。


 「スタッフの手は、多いほうが良さそうだな」


 どんな小さな異変も見逃さないように、メンバーや他のバイトの動きを思い浮かべる。

 私はカウンターでドリンク担当。

 ハルシュタのメンバーは、受付けやステージ裏での出演者誘導に回る。

 拓海先輩は警備担当だ。

 女子スタッフが多い現場では、数少ない男手になる。

 無駄に前へ出ず、でも必要なときには、必ずそこにいる。


 ――今夜は、何事もなく終わってくれればいい。


 話しながら校門を出ると、私の中で先輩がほどける。


 その「STAR DROP」

 オールスタンディングで300人ほどの箱だ。

 今日は八割程度の入りだろうか。

 ドリンクカウンターで私が接客、ヒカリがドリンク作り。エリカは裏で出演者の誘導。ミユキは持ち前の明るさで入場整理。ハルカはバイトリーダーでスタッフコントロールをしている。 拓海君はPAブース横の警備ブースから、フロア全体を見渡す。


 「いらっしゃいませ!」


 私も笑顔で対応しつつ、ヒカリが作るドリンクを客に手渡す。

 寡黙なヒカリは、ドリンクを作る手元に集中し、カウンターに顔を出さない。受取り口にぽんと置かれたドリンクを、客が無人のカウンターから受け取ることもある。カウンターの手が足りないと思ったのか、ハルカがやってきてヒカリの様子に声をかける。私はくすりと笑いながらも、手際よくフォローする。


 フロアに目を移すと、後方の警備ブースに拓海君が立っている。全体を見渡す視線は鋭く、観客の動きやステージ上の動きを瞬時に把握している。何かトラブルがあればすぐに駆けつけられる位置だ。


 ステージの片隅では、エリカが裏方で出演者の誘導をしている。フロアに姿は見えないが、私にはその動きがしっかり目に入る。誰よりも静かに、しかし確実に場を支えている不思議な存在だ。


 観客が盛り上がり、歓声がフロアに響き渡る。ドリンク提供の手が止まらない中、ヒカリが焦るそぶりを見せる。そっと手伝い、無事にドリンクは次々と提供される。


 ステージも半ばを過ぎ、客の入場は締め切られたので手の空いたミユキはカウンターの横でドリンクチケットの販売を手伝う。 ステージとフロア、カウンターを行き来する私の視界の隅で、拓海君は冷静に動きを見守りつつ、必要なときだけ手を出す。無駄のない動きに、心の中で少しだけ尊敬の色を濃くする。


 「よし、あと一息…!」


 曲が終わるたび、メンバーたちは一瞬の隙間で次の準備を確認する。

 曲の合間はドリンク提供も増える。ドリンク客を捌きながら、観客の安全と楽しさを同時に考え、忙しい中でも充実感を噛みしめる。

 人気バンドのライブは、バイトの手によって支えられながら、今日も順調に進行していった。

 カウンター越しにドリンクを手渡す私の視線の先で、拓海君がフロアを見渡している。 一瞬、拓海君の視線がこちらに向いた。笑顔も言葉もない。 それでも、「大丈夫だ」と言われている気がした。

 ステージの最後の曲が終わり、観客の歓声がフロアを包む。大入りの熱気と拍手の余韻が残る中、カウンターで片付けを始める。ヒカリはようやく肩の力を抜き、作業を終えたドリンクサーバーの汚れを拭く。


 「お疲れ様、ヒカリ 」


 声をかけると、小さく頷き、赤くなった顔を背ける。

 ミユキはビニール袋を持ちフロアに捨てられたフライヤーやプラスチックカップを拾い集める。

 ハルカはステージ裏を確認しつつ、必要な器材やスタッフの動きを指示する。

 エリカは静かに出演者を誘導し、フロアにはもう姿を見せない。

 全員が、自分の役割を終えた満足感を感じている。

 私の視線は自然と拓海君に向かう。後方のブースで立ち、最後の客が出るまでフロア全体を見守っていた彼は、ゆっくりとこちらに振り返った。笑ってはいない。でも、視線は穏やかで、まるで「頑張っていたね」と言われているかのように温かい。

 退場客の誘導をしていた拓海君が、ひと段落着いた頃歩み寄ってきた。


 「片付け、手伝うよ」


 低く静かな声。言葉は短いが、普段の学校での距離感とは違い、自然に隣にいる存在感がある。


 「そろそろ終わりそう?」


 「はい」


 拓海君は言葉少なに、横で静かに手伝ってくれる。肩がぶつかるわけでも、視線を合わせるわけでもない。ただ、同じ空間で一緒に作業するだけ。それだけで、言葉にできない緊張が胸に残った。


 「今日は……よく回せてたね」


 ほんの少しだけ笑みを含んだ声。 思わず顔を上げてしまう。


 「......ありがと」


 近い。でも、踏み込まない。 そういう距離で隣にいる。 片付けが一段落すると、ハルシュタのメンバーも集まり、短い打ち上げ気分で談笑が始まる。


 「今日も、無事に終わったな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ