第1部 第2項
「今日、シフト入ってたっけ?」
部活の終わり、練習日誌をまとめていると、拓海先輩が声をかけてきた。
私たちのバイト先には、二つの顔がある。 表向きは、楽器店「SOUND DOCK」 そしてもう一つは、ライブハウス「STAR DROP」
拓海先輩と私はバンドを組んでいる。
多様性が語られる時代になったとはいえ、私たちの街はまだまだ田舎だ。バンドは不良の温床、という偏見も根強い。
校則には校外活動の制限があり、アルバイトも許可制。
楽器店は吹奏楽部の取引先として信用があり、アルバイト先として許可を貰っているが、ライブハウスやバンド活動などすべてを正直に話せるわけがない。
――だから、隠している。
「行きますよ。今日はハルシュタのみんなもシフトに入ってるみたいですね」
ハルトゲシュタインは、STAR DROPを拠点に活動するバンドだ。略してハルシュタと呼んでる。
「今日は人気バンド同士の対バンだから、客の入りも多いだろうな」
先輩の言葉を受けて、私は現場の状況を頭の中で組み立てる。
――ファン同士のトラブル。
――フロア、入口、物販。
ステージの上だけがライブじゃない。目を配る場所はいくつもある。
「スタッフの手は、多いほうが良さそうだな」
どんな小さな異変も見逃さないように、メンバーや他のバイトの動きを思い浮かべる。
私はカウンターでドリンク担当。
ハルシュタのメンバーは、受付けやステージ裏での出演者誘導に回る。
拓海先輩は警備担当だ。
女子スタッフが多い現場では、数少ない男手になる。
無駄に前へ出ず、でも必要なときには、必ずそこにいる。
――今夜は、何事もなく終わってくれればいい。
話しながら校門を出ると、私の中で先輩がほどける。
その「STAR DROP」
オールスタンディングで300人ほどの箱だ。
今日は八割程度の入りだろうか。
ドリンクカウンターで私が接客、ヒカリがドリンク作り。エリカは裏で出演者の誘導。ミユキは持ち前の明るさで入場整理。ハルカはバイトリーダーでスタッフコントロールをしている。 拓海君はPAブース横の警備ブースから、フロア全体を見渡す。
「いらっしゃいませ!」
私も笑顔で対応しつつ、ヒカリが作るドリンクを客に手渡す。
寡黙なヒカリは、ドリンクを作る手元に集中し、カウンターに顔を出さない。受取り口にぽんと置かれたドリンクを、客が無人のカウンターから受け取ることもある。カウンターの手が足りないと思ったのか、ハルカがやってきてヒカリの様子に声をかける。私はくすりと笑いながらも、手際よくフォローする。
フロアに目を移すと、後方の警備ブースに拓海君が立っている。全体を見渡す視線は鋭く、観客の動きやステージ上の動きを瞬時に把握している。何かトラブルがあればすぐに駆けつけられる位置だ。
ステージの片隅では、エリカが裏方で出演者の誘導をしている。フロアに姿は見えないが、私にはその動きがしっかり目に入る。誰よりも静かに、しかし確実に場を支えている不思議な存在だ。
観客が盛り上がり、歓声がフロアに響き渡る。ドリンク提供の手が止まらない中、ヒカリが焦るそぶりを見せる。そっと手伝い、無事にドリンクは次々と提供される。
ステージも半ばを過ぎ、客の入場は締め切られたので手の空いたミユキはカウンターの横でドリンクチケットの販売を手伝う。 ステージとフロア、カウンターを行き来する私の視界の隅で、拓海君は冷静に動きを見守りつつ、必要なときだけ手を出す。無駄のない動きに、心の中で少しだけ尊敬の色を濃くする。
「よし、あと一息…!」
曲が終わるたび、メンバーたちは一瞬の隙間で次の準備を確認する。
曲の合間はドリンク提供も増える。ドリンク客を捌きながら、観客の安全と楽しさを同時に考え、忙しい中でも充実感を噛みしめる。
人気バンドのライブは、バイトの手によって支えられながら、今日も順調に進行していった。
カウンター越しにドリンクを手渡す私の視線の先で、拓海君がフロアを見渡している。 一瞬、拓海君の視線がこちらに向いた。笑顔も言葉もない。 それでも、「大丈夫だ」と言われている気がした。
ステージの最後の曲が終わり、観客の歓声がフロアを包む。大入りの熱気と拍手の余韻が残る中、カウンターで片付けを始める。ヒカリはようやく肩の力を抜き、作業を終えたドリンクサーバーの汚れを拭く。
「お疲れ様、ヒカリ 」
声をかけると、小さく頷き、赤くなった顔を背ける。
ミユキはビニール袋を持ちフロアに捨てられたフライヤーやプラスチックカップを拾い集める。
ハルカはステージ裏を確認しつつ、必要な器材やスタッフの動きを指示する。
エリカは静かに出演者を誘導し、フロアにはもう姿を見せない。
全員が、自分の役割を終えた満足感を感じている。
私の視線は自然と拓海君に向かう。後方のブースで立ち、最後の客が出るまでフロア全体を見守っていた彼は、ゆっくりとこちらに振り返った。笑ってはいない。でも、視線は穏やかで、まるで「頑張っていたね」と言われているかのように温かい。
退場客の誘導をしていた拓海君が、ひと段落着いた頃歩み寄ってきた。
「片付け、手伝うよ」
低く静かな声。言葉は短いが、普段の学校での距離感とは違い、自然に隣にいる存在感がある。
「そろそろ終わりそう?」
「はい」
拓海君は言葉少なに、横で静かに手伝ってくれる。肩がぶつかるわけでも、視線を合わせるわけでもない。ただ、同じ空間で一緒に作業するだけ。それだけで、言葉にできない緊張が胸に残った。
「今日は……よく回せてたね」
ほんの少しだけ笑みを含んだ声。 思わず顔を上げてしまう。
「......ありがと」
近い。でも、踏み込まない。 そういう距離で隣にいる。 片付けが一段落すると、ハルシュタのメンバーも集まり、短い打ち上げ気分で談笑が始まる。
「今日も、無事に終わったな……」




