第1部 第1項
「ねぇねぇ、ルナ、拓海先輩に振られたって!」
「ええっ!?」
4月下旬。
吹奏楽部の部室に着くなり、噂話に花を咲かせるのは一年生でクラリネットのクミだ。
小声のつもりらしいが、地声が大きくて周囲に丸聞こえになっている。
相手はクミと仲の良いパーカッションのサキで、寝耳に水の話に目を丸くする。
「告白したわけでもないし、はっきり拒絶されたわけでもないけど、最近距離を置かれてるって嘆いてた」
「それを振られたっていうのもどうかと思うけど。でも長谷川先輩、物静かで誰にでも優しいけど、必要以上に人を寄せ付けないもんねぇ」
――そう。
はっきり距離を取られるのが怖くて、あからさまに近づかない。
主音楽室でティンパニの調整をしている三年生の長谷川拓海先輩を横目で見る。
一年生の高橋ルナは人懐っこく、家の方向が同じこともあって、最近は拓海先輩と一緒に登下校していた。距離感が近く、スキンシップも多い。
避けられるのも、無理はない――少なくとも、私にはそう見えた。
そのルナは、ついさっきテナーサックスを用意すると、私を一瞥して部室内の女子更衣室に消えた。
クミとサキの噂話を、バリトンサックスの用意をしながら聞くともなしに聞いていた私は小鳥遊結月。二年生だ。
「『そろそろ学校にも慣れてきて、もう一人でも通えるんじゃないか』って言われたんだって」
「あの子、距離感バグってるからねぇ」
「結月先輩はどう思います? 聞いてましたよね?」
クミがこちらを見て、話を振ってくる。
思わず顔を逸らした。
――心臓が、一拍だけ遅れて鳴る。
「べ、別にどうとも思わないけど……」
「またまたぁ。拓海先輩といつも一緒にいるじゃないですか。やきもちとか無いんですか?」
「セクションリーダーと副リーダーとして、打ち合わせることがあるだけだよ」
それ以上でも、それ以下でもない。
少なくとも、今この場の私は。




