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残響のプレリュード  作者: erg
第1部

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21/83

第1部 第17項

 合同練習が本格化するにつれて、ルナは「視線」というものに、やけに敏感になっていった。

 商業高校の一年生、木村めぐる。フルート担当。通称、メグ。

 小柄で、髪は肩にかかるくらい。笑うと少し幼く見えるけれど、フルートを構えた瞬間、表情が変わる。音は、まっすぐで澄んでいる。基礎がしっかりしていて、息も安定している。

 全国常連校の一年生――納得の実力だった。

 ただ。演奏中も、休憩中も。メグの視線は、ほとんど拓海から離れなかった。


 拓海はこの合同練習で少し変わった、役割を担っていた。

 演奏だけじゃない。実際の行進を想定して――

 ・学校周辺道路の占有許可の確認

 ・警察との事前打ち合わせ

 ・当日の導線確認

 ・交通整理の配置案作成

 そういった裏方の調整を、顧問の補佐として任されていた。

 理由は単純だ。冷静で、無駄がなく、全体を見る目がある。そして、余計なことを言わない。

 拓海は、譜面を抱えて歩き回り、時折スマホで資料を確認し、交通コーンの位置を直す。

 スネアを叩いているときとは、まったく違う姿。

 それを――メグは、ずっと見ていた。

 フルートを膝に置いたまま。仲間と談笑するでもなく。ただ、目で追う。


「……ねぇ、メグ」


 同じパートの女子が、ひそひそ声で言う。


「あの人、工業の先輩でしょ?ずっと見てない?」


「……うん」


 否定はしない。

 メグの視線は、迷いがない。

 拓海が横断歩道の位置を確認すれば、そちらを見る。

 拓海が顧問に説明すれば、少し背伸びするように見る。

 拓海がスネアを持ち直せば、息を呑む。

 ――ただ演奏するだけじゃない。

 ――音楽の“外”にいる姿まで。

 それが、ルナにははっきり分かった。

 休憩時間。

 結月はペットボトルを持って戻ってきて、ルナの隣に腰を下ろす。


「……見てるね」


 小さな声。

 ルナは、黙ってうなずいた。


「一年生?」


「うん。フルート」


 結月は一瞬だけメグを見る。それから、拓海を見る。


「……分かりやすい」


 その言い方に、感情はあまり乗っていなかった。

 でも、“事実”として受け止めている声だった。

 拓海は、気づいていない。

 というより――気づいていても、反応しない。

 それが、拓海だ。

 直子が近づいてくる。


「木村、フルートの位置、少し前ね」


「は、はい!」


 メグは返事をして、立ち位置を修正する。

 でも、拓海の方向から目を逸らさない。

 ルナの胸が、きゅっと締まる。

 ――自分は、

 ――あんなふうに、

 ――露骨には見られない。

 でも。

 拓海が、メグの方を見ることは、ない。

 視線は、

 全体。

 導線。

 時間。

 安全。

 個人を、見ない。

 それは、優しさなのか、壁なのか。

 行進練習が終わり、片付けに入る。

 拓海がコーンを運んでいると、メグが近づいた。

 少し、勇気を出した顔。


「あ、あの……」


 拓海は手を止める。


「はい?」


 声は、丁寧。

 でも、距離は一定。


「交通整理のこと…… すごく、ちゃんとしてて……」


 言葉を探すメグ。

 拓海は、少しだけ困ったように首を振る。


「いえ。必要なことをやってるだけです」


 それ以上、踏み込まない。

 メグは、少しだけ残念そうに、でも笑ってうなずいた。


「……ありがとうございました」


 去っていく背中。ルナは、それを見ていた。

 胸の奥で、何かが、静かに落ち着く。

 拓海は、誰に対しても、同じだ。

 近づけすぎず、遠ざけすぎず。

 でも――

 音楽の中では、違う。

 音だけは、正直だ。

 ルナは、楽器ケースを握り直した。

 行進の日。

 そして、コンクール。

 音でしか、伝えられないことがある。

 それを、もう一度、信じようと思った。

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