第1部 間奏曲 第17.4項
六月。
かつて軍都と呼ばれたこの街には、英霊を祀る神社ある。
慰霊を目的に始められた音楽大行進は、今は初夏を彩る風物詩だ。
抜けるような青空の下、音楽大行進の始点となるスポーツ公園には、色とりどりのユニフォームが集まっていた。
「小鳥遊、緊張してるか?」
サックスパートの先輩から声がかかる。
「……少しだけ。でも、大丈夫です」
私はバリトンサックスの重みを肩に感じながら、そっと視線をずらした。
そこには、いつもと変わらない、少し不機嫌そうな顔をした拓海先輩がいた。スネアドラムを抱え、スティックの感触を確かめるその指先。
「全団体、整列!」
開会の合図と共に、50を超えるチームが一斉にブレスする。
指揮者の腕が上がった瞬間、街の空に行進曲『若人の心』が鳴り響いた。
私の隣で鳴るルナのテナー、そして後方から全体を支配するように響く、拓海先輩のスネアの刻み。
(ああ、始まったんだ)
私たち工業高校と商業高校の合同チームはスポーツ公園を背にして歩き出す。
かつて軍楽隊のラッパが鳴り、音楽を愛する先人たちが繋いできたこの道を、『ライディーン』を響かせながら整然と行進する。
シンボルの橋に差し掛かると、川を渡る風が楽器のベルを冷やした。
拓海先輩の叩くリズムが、私の足首に心地よく響く。
先輩の音は、迷わない。
中央買物公園。
それまで車道を通っていた私たちは、歩行者天国へと歩みを進める。
その瞬間、世界が変わった。
観客との距離が一気に縮まる。歩道の石畳から伝わる熱気。小さな子供たちが目を輝かせ、お年寄りが拍手を送ってくれる。
さっきまで「自分のために」吹いていた音が、街の空気と混ざり合い、「誰かのための音」に変わっていく。
ふと、拓海先輩の表情を見た。
相変わらずの無愛想な横顔。けれど、その瞳はしっかりと、沿道で笑う人たちの顔を見据えていた。
でも今、この人の叩く音が、沿道の笑顔を生んでいる。
駅前までのラストスパート。
ただ、この街で今、一緒に生きている若者たちの鼓動があるだけ。
東駅に到着し、最後の一音を吹き抜いたとき。
私たちの顔には、きっと同じ色が浮かんでいたはずだ。
やり切った。
この街の、百年の歴史の一部になれた。
六月の西日は、少しだけ暑くて。
けれど、私たちの行く先を、どこまでも明るく照らしていた。




