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残響のプレリュード  作者: erg
第1部

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20/82

第1部 第16項

 六月。


 コンクールに向けた練習の合間に、もうひとつ―― 吹奏楽部にとって大きな行事が控えていた。

 音楽大行進。

 幼稚園の鼓笛隊から、中学・高校、一般バンド、社会人楽団まで、市内の吹奏楽関係者が一堂に会し、街の大通りを演奏しながら行進する、初夏の風物詩だ。

 制服姿の中高生、揃いのTシャツを着た社会人バンド、小さな楽器を必死に構える園児たち。 音楽が、街を歩く日。 今年は例年と少し違った。


「商業高校から、合同演奏の申し込みが来てます」


 商業高校の吹奏楽部―― その名前を聞いただけで、部室の空気が少し変わった。

 大編成。 部員数は六十名以上。 全国大会の常連校。しかも学校柄、女子が圧倒的に多い。 男子はほんの数人。 工業高校とは、まるで鏡写しのような編成だ。


「……相手、強すぎない?」


 誰かがぽつりと呟く。

 顧問は苦笑しながら、 「勝負じゃない。行進だ」と付け加えた。

 けれど、 “全国常連”という言葉は、 どうしても意識してしまう。

 そんな中で、 この合同演奏の話が生まれた理由は―― 意外なほど、個人的なものだった。

 拓海と、商業高校吹奏楽部部長の大橋直子。

 二人は小学校時代、同じ地域の吹奏楽クラブに所属していた。

 フルートと打楽器。 パートは違ったけれど、毎週同じ時間、同じ体育館で、同じ譜面台を並べていた。


「久しぶり。まだ続けてたんだね」


 先に声をかけてきたのは、直子の方だった。音楽大行進の打ち合わせで、顧問同士の顔合わせの場。

 背筋を伸ばした姿勢。はきはきした声。“部長”と呼ばれるのが自然な雰囲気。 拓海は、少しだけ驚いたように、それから静かに頷いた。


「……そっちこそ」


 そのやり取りを、少し離れた場所から、結月は見ていた。 距離感は、近すぎない。でも、気を遣っている感じでもない。 “昔を知っている” その空気だけが、確かにあった。


「坂先輩、すごくしっかりしてる人らしいよ」 クミが言う。


「拓海先輩と小学校からの知り合いなんだって」 サキが続ける。


 ――また、拓海の“過去”だ。

 結月の胸が、少しだけ、ざわつく。

 合同練習の日。

 体育館に並ぶ譜面台の数が、いつもの倍以上に増えた。

 曲はマーチングに編曲された「ライディーン」

 商業高校の部員たちは、揃った姿勢、統一されたアンブシュア、音の立ち上がりも揃っている。 さすが、全国常連。でも―― 威圧感は、ない。

 直子が前に立ち、落ち着いた声で言う。


「今日は“合わせる”ことが目的です。音量は抑えめで。歩幅とテンポ、最優先でいきましょう」


 指示は明確。言葉は短い。 拓海は打楽器パートの後方で、スネアを構える。

 直子がドラムメジャーとして一瞬、拓海に視線を向ける。

 これだけの人数だ。その距離は100m近くある。

 拓海は、軽くアイコンタクトするだけ。

 それだけで、意思疎通が成立しているように見えた。

 ――長い付き合い。でも、それ以上でも、それ以下でもない。

 ドラムメジャーがメイスとホイッスルで合図を送るが、音は距離による時間差がある。頼りにするのは、指揮棒代わりのメイスだ。

 ドラムマーチが始まる。

 音が出る。人数は多い。音は厚い。

 けれど、工業高校の音は、埋もれない。

 結月のバリトン。ルナのテナー。

 低音が、大編成の底を支える。

 拓海のスネアが、全体を前に進める。 直子は、その音を聞き逃さなかった。

 練習後、顧問同士が話している横で、直子が拓海に声をかける。


 「リズム、安定してるね。小学生の頃と、変わってない」


 拓海は少しだけ困ったように、でも否定はしない。


 「……ありがとう」


 それだけ。

 結月は、そのやり取りを見て、不思議と落ち着いていた。

 恋愛の匂いは、しない。

 ただ、音楽でつながった、過去と現在。

 ルナはまだ、直接は見ていない。

 でも――

 行進の日が近づくにつれ、拓海の音が、いつもより少しだけ、遠くまで届いている気がしていた。

 音楽大行進は、ただのイベントじゃない。  

 それぞれの過去と現在と感情が、同じテンポで、同じ道を歩く日になる。

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