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残響のプレリュード  作者: erg
第1部

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19/82

第1部 第15項

 五月後半。


 湿り気を含んだ風が、部室の窓からゆっくり流れ込んでくる。

 コンクールまでは、あと三か月。

 小編成の部には課題曲はない。

 選んだのは――

 ホルスト《吹奏楽のための第1組曲》

 時間制限の都合で、第1楽章と第3楽章。

 テーマを変奏しながら重厚に積み上がり、最後は堂々とした終結へ向かう。


 拓海はティンパニ。 第2の指揮者とも言われる、編成の芯を支える位置だ。

 ティンパニが揺らげば、全体が崩れる。

 拓海の一打は、今日も正確だった。

 音程を保ち、テンポを動かさず、前に出すぎることも、引くこともない。

 この楽団の並びは、

 最前列に左からフルート、クラリネット。

 二列目はホルン、サックス、ユーフォニアム。

 チューバは右側のやや後方。

 左側に鍵盤パーカッション。

 ひな壇を上がった三列目にトランペットとトロンボーン。

 最上段にパーカッションとティンパニ。

 ルナはテナーサックス。 その隣に、結月のバリトンサックス。

 拓海のティンパニは、ルナから見てトロンボーンを挟んだ真後ろだ。


 第1楽章、再現部。

 拓海のティンパニが、ほんの少しだけ前に出る。

 それに応えるように、ルナは息を深く入れた。

 音を“出す”のではなく、音を“置く”。

 強くしすぎない。でも、逃げない。

 テナーの音が、ホールの奥にすっと伸びる。

 隣で、結月のバリトンが重なる。

 柔らかく、でも確実に支える音。

 二人の低音が、曲を地面に根付かせる。

 ――ダン。

 拓海のティンパニが、そこに重なった。

 一瞬、空気が締まる。

 指揮者の手が止まる。


「……今の、いい」


 短い言葉。でも、確かだった。

 ルナは楽器を下ろし、小さく息を吐く。

 そのとき。隣から、声がした。


「今の音、良かった」


 結月だった。

 顔は正面を向いたまま、でも、声は確かにルナに向けられている。


「……ありがとうございます」


 思ったより、声が落ち着いて出た。

 結月は軽くうなずくだけで、それ以上は何も言わない。

 でも、その一言は、ルナの胸の奥に、静かに残った。

 拓海は、ティンパニの皮を軽く触り、次の入りを確認している。

 こちらを見ることはない。

 それでも――

 さっきの一打が、確かにルナの音とつながっていたことを、ルナは知っていた。

 第3楽章へ。 軽快で、でも油断できない。

 音楽は、少しずつ形になってきている。

 人の距離は、まだ変わらない。

 でも―― 

 音の距離は、確実に、近づいていた。

 八月は、まだ先だ。

 けれど五月のこの一音は、 確かに―― 

 そこへ向かう道の上にあった。

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