第1部 第14項
吹奏楽部の練習は、いつも通り厳しかった。
拓海先輩も、結月先輩も、宣言通り一切、手を抜いていない。軽音同好会を立ち上げたからといって、吹奏楽が疎かになることはない。
「練習で出来ないことは、本番では出来ない」
それが二人の共通認識だった。
だから拓海のマレットは迷わない。
結月のバリトンサックスも、指先まで集中が通っている。
ルナは、その背中を見ながら、自分の立ち位置を改めて噛みしめていた。
中学から吹奏楽をやってきた。
大編成、五十五人。
今は小編成、二十五人。
人数は半分以下になったけれど、音楽の重さは、少しも軽くなっていない。
むしろ一人ひとりの責任は、確実に増している。
テナーサックス。
大編成でも、小編成でも、この楽器はだいたい一人か、せいぜい二人。
この部では、一人。
誤魔化しはきかない。埋もれることもない。
出した音は、そのまま空間に残る。
ルナは、ゆっくりと楽器を構えた。
拓海先輩のティンパニが、淡々と、しかし確実に拍を刻む。
派手じゃない。でも、揺るがない。
その上に、木管と金管が重なっていく。
ルナは、息を吸う。
ただ音程を合わせるんじゃない。
ただ強弱を守るんじゃない。
“そこにいる”音を出す。
拓海先輩のリズムに、寄りかからない。
でも、背を向けない。
一音一音、ちゃんと向き合って、真正面から応える。
テナーの音が、音楽室の空気を少しだけ変える。
その瞬間、
―― 拓海のマレットが、ほんのわずかに、呼吸を合わせた。
偶然かもしれない。
意識していないかもしれない。
でも。
ルナは確信する。
届いた。
言葉じゃない。
視線でもない。
音だ。
これでいい。
今は、これでいい。
無理に近づかなくていい。
無理に関係を変えなくていい。
同じ曲の中で、同じ時間を作れている。
それだけで、十分だ。
曲が終わり、指揮者の手が下りる。
「―今の、良かった」
その一言が、全体に向けられたものだと分かっていても。
ルナは、そっと楽器を下ろしながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
音楽は、嘘をつかない。
だから、心を込めれば
―― きっと、拓海先輩にも、届く。




