第1部 第9項
【ルナ】
教室の窓際で、スマホを伏せた。
広報は掲示板だけじゃない。SNSでも流れてくる。軽音同好会設立の知らせは、もう校内中に広がっていた。画面には、二つの名前が並んで書かれていた。
長谷川拓海。小鳥遊結月。
――やっぱり。
胸の奥が、じわっと嫌な熱を持つ。
恋愛感情? 正直、よくわからない。拓海先輩は優しいし、落ち着いているし、頼れる。でも「ドキドキする?」と聞かれたら、即答できない。この感覚に、ちゃんとした名前をつけてあげることが、まだできていない。
それでも。
「……ずるいよ」
誰に言うわけでもなく、呟いていた。
二人の関係は、恋人でも幼なじみでもない。なのに、同じ秘密を共有している。
バンド。校則。先生に呼び出されたこと。生徒会長と談判したこと。
私は、その輪の外だ。
拓海先輩の隣に立って、一緒に怒られて、一緒に決断して、一緒に前に出る。それをやっているのは、結月先輩だ。私じゃない。
「特別じゃないって、言われてもさ……」
机の端を、指でなぞる。
特別扱いされたいわけじゃない。告白したいわけでもない。でも――拓海先輩が誰かと並ぶなら、それは"何も知らない誰か"であってほしかった。
全部を知って、全部を一緒に抱えて、それでも平然と隣に立てる相手。
そういう人に、私はなれなかった。
――それは、結月先輩だけだ。
放課後。廊下の向こうで、二人が並んで歩いているのが見えた。
距離は近すぎない。触れてもいない。ただ、歩幅が同じだった。呼吸みたいに、自然に揃っている。
思わず目を逸らした。
「……恋じゃないのに」
それが、一番面白くない。
恋なら、壊れる可能性がある。嫉妬も、喧嘩も、終わりもある。でもあの二人のつながりは、そういう種類のものじゃない。同じ場所を見て、同じ覚悟をした。それは感情より、ずっと頑丈だ。簡単には崩れない。
「軽音同好会、か……」
小さく息を吐く。
公にした。逃げなかった。隠れなかった。
それは、拓海先輩らしい選択だった。だからこそ、余計に。
「……悔しい」
自分は、あの決断の場にいなかった。呼ばれなかったんじゃなくて、そもそも"そこにいられる関係じゃなかった"。拓海先輩の"特別な時間"に、私の居場所はなかった。
立ち上がって、窓の外を見る。夕方の校庭。部活帰りの生徒たちが、それぞれの場所へ向かって歩いていく。
――だったら。
声には出さず、でもはっきりと、決めた。
私も、踏み込むしかないじゃん。
結月先輩と拓海先輩の間に恋がなくても。その"特別"が許せなくても。何もしなければ、私はずっと外側のままだ。
でも、正直なことを言えば。
この感情が何なのか、まだわかっていない。嫉妬なのか。憧れなのか。それとも――"自分も選びたかった側"にいられなかった、という後悔なのか。
たぶん、自分でも気づいていない。




