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宮廷一の魔術師

 あれからナチさんを呼び寄せて(全力で叫んだらすぐに現れてくれた)、私が帰るまでクーさんと会えないようにしてもらった。会えないと言う表現は少し違う。私の部屋にクーさんが通れない結界のようなものを神力を使って作ってもらった。だからミリティアちゃんとかは全然私の部屋に入ってこれる。つまり、私は篭城したのである。風の噂でいつもより3割り増しで冷酷なクーさんがいるとか聞いたけどそれは私のせいじゃないと信じたい。いや、信じないとやっていけない。キスした余りキレられてるとか考えたら、心がやられる。もう精神を追い詰めて欲しくないよベイベー。


 そして、クーさんと会わないまま、私の帰還の日がやってきた。


 満月で力が満ちるクーさんに合わせて夜に帰還することとなっている。日が落ち、月の光が部屋を照らし始めた頃、この日までに纏めておいた荷物を持って、こちらに来て以来袖を通していなかった真新しいリクルートスーツを着て、ここ5日間篭城していた部屋を出た。この部屋もこれでさよならだと思うと物寂しいな。まぁ…すぐに慣れるかな。

『シャク…』

『あ…ミリティアちゃん』

 部屋を出ると目を真っ赤にして必死で涙を堪えるミリティアちゃんが立っていた。

『今まで、ありがとう』

 そう言うとミリティアちゃんは顔をくしゃりと歪め、私に背を向けた。そして、着いてきてと震える声で背を向けたまま彼女は言ってきた。背を向けた状態なのはミリティアちゃんの意地だと思うから、何も言わずに彼女の後を着いていった。特に彼女との別れが辛いわけじゃないが、こう毎日一緒に顔を合わしていた事を考えると寂しくなるだろうなと思った。それくらいな気持ちの私に対して、泣いてくれるミリティアちゃんに少し申し訳なさを感じた。

『さ、ようならっ…』

 道案内を終えると嗚咽を隠さずに別れの挨拶を済ますとそのまま駆けて行った。彼女は見送りまでしてよいことになっていないのかもしれない。彼女の小さな背中を見続けていると、通常状態の王子に肩をたたかれた。

『荷物は平気?』

『はい。大丈夫、です』

 王子の背後でくあと欠伸をするナチさんの姿も見えた。この5日間、彼には本当にお世話になった。

 そう言えば…クーさんはどこだろうか。

 キョロキョロすることはなんとなく嫌なので(というかキョロキョロしてクーさんと目が合うのが嫌)、王子とナチさんしか見えない状態のまま、別れの挨拶を言い始めた。

『今まで、本当に、お世話、なりました!ただの、不審者、私を、面倒みてくださって、ありがとうございました!』

 ガバリと頭を90度まで下げると、重いボストンバックが前の落ちてきて(切られた紐は誰かが直してくれていたらしい。この硬い紐を手縫いで直してくれているのを見るとかなり申し訳なく思う)、遠心力に負けて前にずっこけた。

「いたたたた…」

 お腹に回ったボストンバックの上にこけたため、腹部を思いのほか圧迫した。お腹を擦っていると手を差し出されたため、何も考えずにその手をとった。が。

「貴女は本当に世話の焼ける方ですね」

「ぐぶ!」

「…汚い声を出さないでください」

 汚い声も出したくなるわ!!こんなに会わない努力をしていたのに!!さっきから姿も見えてなかったのに!!なんで、なんでこんな現れ方するんだ!

「…ありがとーございます」

「心にもない」

 久しぶりに見たクーさんはいつもと服装が違っていた。いつもの正装ではなく……二人で出かけたときのような庶民スタイルで私に手を差し出していた。そして、大きめのかばんが傍らに置かれていた。

「さぁ、こちらへ」

 クーさんが私の前から少しずれると、私の目に床一面に描かれた大きな魔方陣が飛び込んできた。

「うわぁ…」

「これを製作するのにどれほど掛かったことか」

 シア・ディアハンは元々人を通せるような仕組みを持っていませんでしたから。

「なのに…私は来ちゃったと…」

「ええ、本当によく来れましたよ。一歩間違えれば空間に閉じ込められていたでしょう」

 …それも私のシア・ディアハンの失敗でしかないのですが。

 と自嘲するクーさんと手を繋いだまま会話をする。…正直離すタイミングを失ったのだ。そして、あんなに避けていたのに怒っている気配もないし、詰め寄ってくる気配もないクーさんにどう接してよいのか迷う。…このまま穏便に帰れるといいな。

「さ、行きますよ」

「はい」

 クーさんに手を引かれ、魔方陣の真ん中に立つ。私と手を繋いでいないほうの手で置いてあった大きなかばんを持つクーさんを見上げる。

 これで見納め。ちょっとくらい眺めさせて欲しい。

『じゃあ、健闘を祈る』

 王子の言葉にハッとして彼の顔を見ると、穏やかな顔で笑っていた。…なにか吹っ切れたようだった。王子に向かってクーさんは頷き、ナチさんは眠そうな顔でひらひらと手を振っていた。

 …ミリティアちゃんとは大違いの見送り方に少し寂しさを覚えた。

「サクラ」

「はい」

 名を呼ばれハッとして彼のほうを見ると、一瞬にして回りが赤と青と緑の光に包まれた。いつもと違って三色の光に包まれ、思わずクーさんの手を握り締めてしまった。

 駄目だ。離さないと。私はもう……帰るのだから。

「サクラ」

「っ…」

 クーさんと距離をとろうと一歩下がったが、力強く握られた手だけが浮いた状態になった。

 いやいやいやいや。離せ。未練が残るからもうやめろー!

「クーさん…あの、私…帰りますから…」

「知っています。だから、私も一緒に行きます」


 ん?


「はい?」

 ポカンとする私を見下ろすクーさんはいつもの冷たい表情だったが、目は穏やかだった。それは見たこともないくらい穏やかなもの。やめろ、勘違いする。

「サクラ、貴女の世界の座標は確定できており、貴女の世界への道はもう完全に固定しました」

「えと…」

「つまり、いつでも行き来できる状態にしました」

「はぁ…」

 で、クーさんが着いてくる理由は?

 それを瞳で訴えるとクーさんは口角を上げて笑った。ぐいと手を引かれ、彼の胸の中に飛び込む。

「うぉっぷ!」

「…色気のない」

 ボストンバックが少し間に挟まってよかった。これだと私の心臓の音が聞かれないだろう。信じられないくらい早鐘を打っているのだ。心不全とか起こったらどうしてくれる。

「…何故着いていくか?それは一つに決まってます。貴女のご両親に挨拶をしなくてはいけないでしょう」

「!」

 驚いて顔を上げたが、一瞬で何も見えなくなった。というか近すぎて見えなかった。私は彼にキスされていたのだ。

「んむぅ…」

 もう何がなにやら。パニック状態で、キスされている状況の意味を理解できていなかった。

「サクラ」

「は、い…」

「愛してます」

 …もう私死んでもいいかもしれない。

「…本気ですか」

 クーさんの胸に顔を埋めて、泣き顔を晒さまいと必死になる。そんな私を強く抱きしめてくれた。

「本気じゃなかったら貴女なんかに結婚前提にお付き合いなんて申し込みません」

「ひどいです……王子とかナチさんは知ってたんですね…」

「ええ、許可を取らねばならないですから」

 だからあんなにも見送りがあっさりしていたんだ。ミリティアちゃんがなんとも可哀想だ。

「挨拶って…親になんて言って説明するんですか…」

「異世界のことを説明すればいいですよ。どうせ嫁いだらこっちの世界に住むことになるんですし」

「…反対されたらどうするんですか」

「反対されるんですか?」

「……お母さんは喜びそうです」

 イケメンだからね。それも極上。

「なら大丈夫です」

 どこの世界も母が味方になれば、男共は陥落するもんです。

「…傷物ですよ」

「だからなんですか。処女だろうがなかろうが私は気にしませんよ。そもそも貴女、こちらに来たときから処女じゃなかったでしょう」

「…少年みたいですよ。結婚したらクーさんの性癖が疑われますよ」

「だったら女性らしくしてください。あと、性癖を疑うような輩は私が処分します」

「…好きです」

「知ってます」

 くっそー、大好きだこの野郎!

 ぎゅうと抱きしめるとクーさんが頭上で笑った気がした。

「世界なんて、宮廷一の魔術師である私に掛かれば、いつでも超えられるんですよ」

 こいつはどんだけ好きにさせれば気が済むんだろう。

「…もう一回好きって言ってください」

「好きですよ、サクラ」

「私も大好きです…」

 にへらと笑った私に、優しい笑みを彼は向けてくれた。

これで『何故私はこいつに恋をした?』は完結です。

最後のほう、ちょっと詰めた感満載ですが、このページで終わらせたかったんです(笑)


今までお付き合いありがとうございました。

次の作品は二個ほどあるんですが、どちらかをまたいずれアップしたいと思います。


それでは。




12.06.02

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