第72話 支える者達の決意
パチン、と。
風船が弾けるように夢が醒めて、気が付けば私は元の部屋に戻っていた。
目の前には、オクルス君。
どこか申し訳なさそうな顔をして、私を見つめている。
「ありがとう。凄いね。こういうこともできるんだ?」
「戦闘で相手の意識を奪う魔眼の応用。
僕の記憶を転送しただけだけど、ちゃんと見えたかな」
「うん。二人の会話がはっきりと。オクルス君って再臨天使だったんだね?」
『再臨天使』とは、インベイダーの天使が『アース』の能力者の力を浴び、生まれ変わった存在のこと。
概ね『親』と呼ばれる能力者の影響を受け、『アース』の味方になるのだと、公式小説で読んだことがある。
「君には伝えていなかったっけ? そう。フォルティオス様が天使軍にその殲滅の力を使われるまでは、僕は意識のないクローン天使の一人だった。
あの方の力と思いを受けて、僕は『アース』の能力者として再臨した。だから全てをあの方に捧げると決めている」
二人の会話を思い返すに、それだけではない、もっと深い絆がありそうだ。
オクルス君が片目と片翼を失った経緯も、なんとなく解る。
嫌だな。帝国、エーヘルシト。
嫌いだな。帝国皇帝、テリオス三世。
フォルティオスをこき使っているのもそうだけど、オクルス君の目を奪ったのが皇帝だと思うと、吐き気がする。
まあ、私はオクルス君以外のキャラを使うつもりはあんまりないから、メイン勢力はエーヘルシト一択なんだけど。
「ネコ。フォルティオス様には時間制限があるのかな?
噂で聞いたけれど寿命が少ないとか?」
「うん。能力の強大さを身体が支えきれないんだって。今だって本当は十代だけど、成長促進の術で大人になっているの」
これは公式ホームページの『アナザーストーリー』にも載っていることだから、話してもいいはずだ。
フォルティオスの肉体は不死に近く、損傷もすぐに回復する。
でも、目には見えないところで、その肉体は代償を支払い続けている。
だから長生きすることは、多分できない。
小説には、そうはっきりと描かれていた。
そのため研究者達は第二のフォルティオスを創ろうとし、さらに犠牲者を増やしてしまったのだけれど。
「フォルティオス様は、それを知っておられるんだね」
「うん。多分自覚していると思う」
能力を使うたびにひび割れていく肉体。
その苦痛に耐えるフォルティオスの苦悩を描いた話があったことを、私は覚えている。
お姉様がそれを知っているかどうかは、分からないけれど。
「だから、フォルティオス様は、自分が『救世主』であると定義しながらも、世界を救った後の世界に自分を入れておられないのか……」
酷い話だと思う。
誰よりも幸せになるべき勇者が。
世界を救う救世主が。
平和になった後の世界で、幸せになれないなんて。
「寿命を延ばす方法とかは無いのかな?」
「あれば、なんとかしていると思う。みんな、フォルティオスのことが好きだもの」
彼が『星の最終兵器』であることは、ひとまず置いておくとして。
みんながフォルティオスを大切に思っていることは、私にも解っている。
こっちで実際に出会って、なおさらそう感じた。
あんなに素敵で優しい『救世主』を、嫌いになれる人なんてそうそういない。
実際、会って話したディアドラ・ディクティムだって、フォルティオスのことを心配していた。
ただ……。
「ただ、皇帝テリオス三世はあわよくばフォルティオスに死んでほしいと思ってたりするかも」
「死んでほしい!? どうしてそこまで!」
「死んだら、アンデッドにできるでしょ? そうすれば、フォルティオスは永久に帝国のものだもの」
「……だから、か……」
何かに思い至ったように、オクルス君が頭を抱えた。
話を聞く限り、腹の立つような労働条件や扱いも、きっとフォルティオスの寿命を早くすり減らすため……。
そう考えると、ますます腹が立ってくる。
「そうなると、帝国によるフォルティオス様の酷使は何をしようと変わらないな……」
「うん。だから、私もお姉様もフォルティオスを帝国から救い出す方向で考えていたんだけどフォルティオスは、それを望んでいないんだよね?」
「いや、一刻も早くフォルティオス様を帝国から出すべきだ。あれほど高潔で美しい精神を持つ『救世主』をあんな国に置いておきたくない」
「落ち着いて。オクルス君。私達が勝手にフォルティオスの運命を決めちゃダメ!」
明らかに焦りを浮かべたオクルス君を、私は宥める。
私だって、さっきまでは絶対にフォルティオスを帝国から出すべきだと思っていた。
でも、あの映像で見たフォルティオスの姿と、オクルス君の必死な思いが、逆に私を冷静にさせてくれたのだ。
「僕達が、勝手に?」
「うん。フォルティオスの人生だもの。何をして、何を捨てるか。
決めていいのはフォルティオスだけだよ」
「だけど! 帝国はその選択さえもフォルティオス様に与えないし、許さない」
「うん。だから、そこは助けていいと思う。というか、助けようよ。全力で」
私達はフォルティオスを助ける。
それは、絶対の決定事項だ。
本音を言うなら、私だって彼を帝国から解放したい。
お姉様と、そう相談だってした。
「でも、フォルティオスが帝国でやるべきことがあると考えているのなら、それは邪魔するべきじゃないと思う」
「それによって、あの方の命が削られたとしても?」
「フォルティオスの選択なら。自分の命を大事にするあまり他の人を見捨てるなんてフォルティオスじゃないもん」
「!」
オクルス君が言葉を失ったのが解る。
でも、こう見えて私は十年近く、彼とその生き方、在り方を見つめ、推してきたのだ。
少しは解っていると、うぬぼれたい。
「小鳥が安心して長く生きられるように羽を切って籠の中で育てるのも愛の形の一つだと思う。
でも、私はできるなら彼の自由の翼を守りたい。
彼には、彼が決めた道を望む通りに進んでほしい」
小説を読んだ時、彼は一人生き残った自分を責めて、苦しんでいるんじゃないかと思った。
罪の意識を抱え、『救世主』として自分は幸せになってはいけないと思い、自己犠牲を己自身に強いているのではないかって。
でも、実際に出会ったフォルティオスは、自分の生まれや宿命を受け入れながらも、しっかりと前を向いていた。
自分の意思で『救世主』として人々を救う。
そう微笑む彼は、私の想像の何倍も素敵で、輝いていた。
「私ね、思うんだけど一番の問題は、帝国のブラック環境以上にフォルティオスの気持ちなんじゃないかと思うの」
「フォルティオス様の気持ち?」
「うん。フォルティオスは自分が『救世主』であることに迷いはないし、みんなを幸せにする為に全てを捧げると決めている。でも、彼の中で自分が救う『救世』『星』の中に彼自身と彼が幸せに生きる未来がないんだよ。それが一番の問題」
「ああ……それは、確かにその通りだ」
オクルス君にもそういうところがあるけれど、フォルティオスは『自分』に対して、あまり興味がないように感じる。
他人のためには全力を尽くすのに、自分が幸せになることには、あまり関心がないみたいなのだ。
生来のものなのか、それとも短命であることが原因なのかは分からないけれど。
「フォルティオスに生きる幸せを教えてあげるのは、お姉様に任せるとして、私達は彼がやりたいことをやりきれるように助けてあげようよ。
もちろん、彼の短命を何とかする方法も探すけれど、もし……間に合わなくても彼が、後悔なく自分の運命をやりきったと、誇らしい思いと共に目を閉じられるように」
けっこう、酷いことを言っている自覚はある。
危険から遠ざけ、安全な場所に囲ってしまった方が、長生きできる可能性もあるだろう。
でも。
それでも、私は大好きなフォルティオスには輝いていてほしいのだ。
最後の瞬間まで。
傍観者。
モブのわがままだと理解しているけれど。
「……ネコ」
「なあに? 生意気言って、気を悪くさせちゃった?」
「君の言うとおりだ。僕はフォルティオス様の剣であり、翼。
あの方の進む道を、切り開く者だから。
彼の望む道を共に行き、守る。それでいい。そうするよ」
そう告げたオクルス君の瞳には、もう迷いは見えなかった。
「良かった」
吸い込まれそうな紫水晶の瞳の奥に、やるべきことを見出した確かな輝きが宿っているのが解る。
「後で『アナザーストーリー』一緒に見よ。
そして、シエロさんや加奈子さんにも相談して、皇帝の専制を止める方法と彼の短命を治す方法を探すの。少なくともフォルティオスの考えを知れば、彼一人に責任を負わせない為に、みんな動いてくれるから」
「フォルティオス様の考えを変えさせるのは?」
「それはお姉様に任せていいと思う」
主人公を支え、幸せにするのはヒロインの役目だ。
でも、モブにはモブだからこそできることが、きっとある。
「大丈夫だよ。お姉様は頼りになるし。
何より、みんな、絶対にフォルティオスを助けてくれる。
彼のことが大好きなんだから」
「そうだね」
彼の憂いを帯びた横顔に、優しい笑顔の花が咲く。
「ありがとう。ネコ
君が、僕の『リンカー』で良かった」
頭が、一瞬で熱を帯びた。
ボッ! と。
漫画だったら、間違いなくそんな擬音がつくような瞬間沸騰。
これが、よく恋愛漫画やアニメで見るアレなのだろうか。
「オ・オクルス君?」
キスされたとか、告白された訳じゃないのに。
なんでこんなに頬が熱いんだろう。
オクルス君と出会ってから、毎日が新しい驚きと経験でいっぱいだ。
「今日はありがとう。明日は大会とやらで、早起きして出かけるのだろう?
時間を取らせた僕が言うことじゃないけど、もう休んだ方がいい」
「うん。そうする。あ、そうだ。ちょっと聞いてみたいんだけど……」
「何かな?」
「パートナーカードって、他の人が使っても大丈夫?」
「リンカーとしてもう繋がっているからカードを別の人に取られても、使われても問題はないよ。君が呼べば、直ぐに戻ることもできる」
「だったら、さ。ちょっと明日、お願いがあるんだけれど」
休めと言われたけれど、結局私は彼と一緒に、推しのために自分ができることを考え、夜を通して話し合った。
心の中に微かに芽生えたと自覚した『オクルス君』への思いには、とりあえず今は蓋をして。




