第71話 『救世主』の決意 後編
私の意識は、ぷかぷかと空中に浮かびながら、二人の様子を見下ろしていた。
場所は、さっきまでいたケーキバイキングのお店。
多分、オクルス君の幻術……魔眼の力なんだろうけれど、まるで幽霊になったみたい。
なんか落ち着かないなあ~。
そう思っていたら、すううっと身体が地面に降りて、足が床についた。
オクルス君、ありがとう。
今の私は意識だけの存在だからか、いつもより周囲の気配に敏感になっている気がする。
フォルティオスがスッと指を宙に向けて動かし、何かをしたのが解った。
盗み聞き防止の術とかかな?
でも、私には効果がないようだ。
……ないと思いたい。
私は幻影のオクルス君の横に並んだ。
すると、真剣な表情で彼を見つめるフォルティオスの視線と、真正面からぶつかる。
カッコいい!
……ではなく。
これは真剣な話。
私は背筋をピンと伸ばし、フォルティオスの言葉に意識を集中させた。
隣で同じように真剣な顔をしているオクルス君と一緒に。
「オクルス。帝国をどう思う?」
フォルティオスは、少しの揺らぎも見せない真剣な眼差しで、オクルス君に問いかけた。
オクルス君は少し迷うような、悩むような、何かを考え込むような表情を浮かべてから、口を開く。
「とても、強い国。でも、どこか歪んだ国だと感じます」
何かを噛み締めるように、そう答えた。
「僕は、他の国を真奈香のいたネクサスの辺境と、この『アナザーワールド』しか直接知りませんが、どんな理由があろうとも王が何の罪もない部下の目を抉る。
そんな国を正しいとは思いません」
「……ここは異世界だからいいけど、向こうではそんなことを口にしてはダメだよ。今度こそアンデッドにされる」
「言いません。貴方以外には。
貴方はあの国にいるべきではない。あの国は貴方が忠誠を捧げるに値する国ではない。
シエロ殿や加奈子殿が言う通り、外に出て『星の救世主』として立つべきだ、と僕は思っています。これも、貴方以外には言いませんが」
「ありがとう。みんなが、僕を案じてくれているのは良く知っている。
ディアドラ先生も勧めてくれたし、僕自身も、外に出られたらと思うことがなくもない」
「なら、どうして?」
私は二人の話を聞きながら、公式ホームページに掲載されていた裏話を思い出した。
フォルティオスの裏話なら、自慢じゃないけど、暗記するくらい読み込んでいるつもりだ。
インベイダーの脅威から『アース』を救うために生み出された『星の救世主』。
帝国出身で、帝国管轄の研究所で生み出された成功例だから、成人するまでは帝国に預けられている。
けれど、基本的には最高意思である『星』に属する、ただ一人の勇者。
……嫌な表現だけど、五勢力の共有財産みたいな扱いになっているはずだ。
「僕一人のことを思えば、帝国を出ることも有りだと思う。でも、それでは問題は何も解決しないし、何より残された民に累が及ぶ」
「民に?」
「ああ、陛下は僕に言っているんだ。お前が国を出たら故郷の村を含む一般人の村を滅ぼすぞ……ってね」
「国の王がそんなことを!?」
オクルス君は驚いた顔をしているけれど、私は別に不思議には思わなかった。
アンデッドの王、テリオス三世。
表舞台に立つことも、その姿が描かれることもほとんどない人物だけれど、それくらいはやりそうだ。
「『お前が裏切らなければそんなことにはならない。だが心しておけ。力持つものの選択は時に弱者の命運をも左右するのだ』と。今日の映画でもやっていただろう? 国の王同士の密約に振り回される民の苦難を。
映画の村のように逆らう勇気と力を持つ民は、殆どいない」
「フォルティオス様……」
「僕は『救世主』だ。自分一人の為に他の者達を犠牲にすることはできない」
「だからと言って! 貴方ばかりが傷つくのは納得がいかない! 僕を救う為に躊躇なく片目を抉ったように、貴方は自らの保護や安全を顧みず他者の為に全てを捧げようとする。……僕には納得がいきません」
「それは、違うんだ。オクルス」
「え?」
「僕は、他者の為、以上に、今は自分の為に『救世主』をやっているんだ」
「自分の為に、ですか?」
オクルス君の問いに、フォルティオスは静かに頷いてみせた。
その表情は穏やかで、どこまでも優しくて。
そして、その瞳には確かに『救世主』の光が宿っていた。
「僕の命は、たくさんの人々の犠牲の上に成り立っている。自分が望んだことではないけれど、彼らの命と犠牲によって生まれた『救世主』として、僕は彼らの分まで人々を救う使命があるんだ」
「でも、それは他者が貴方に勝手に押し付けたもので貴方が背負う責任のあることでは!」
「責任はないかもしれない。でも、僕自身がそうしたいと思っている。
失われた友達の命を、思いを無駄にしたくない。約束を守りたい。みんなに笑顔でいてほしい。人間や生命を含む、他の者達が傷つくのを見たくはない。
君の兄弟達を含むインベイダーを大量虐殺している僕が願っていい、思っていいことではないと解っているけれど」
「そんな……」
フォルティオスの寂しげな微笑には、自らが『対インベイダー壊滅兵器』であることへの自嘲が滲んでいた。
オクルス君は何かを否定したかったのだろう。
けれど、言いかけた言葉を最後まで紡ぐことができずにいた。
「美空と出会い、その気持ちがさらに増した。
せめて僕の手の届く範囲では、誰にも泣いてほしくない。
無駄に命を落としてほしくない。傷ついてほしくない。どの勢力であろうとも。できるなら敵であろうとも。
それが自分の役割だと、高らかに告げたあの映画の少年のように。
今なら言える。
僕は『救世主』だから」
今の私は、ただの幻影だというのに。
胸が痛い。
心がチリチリする。
やっぱり、本物のフォルティオスは、私が思っていたよりも数倍、数十倍、強くて、優しくて。
そして、悲しい『救世主』だった。
「今の帝国は間違っている、と言っても直ぐに滅ぼしていいものでもないし、滅ぼすこともできない。五勢力の勢力バランスが壊れて余計に多くの犠牲が出る可能性がある。
僕が外に出て、他の勢力から支援を受けたりすれば余計に。
だから、僕は帝国の中から在り方を変えていこうと思う。
君にはそれを手伝ってほしい」
アンデッド主体の国を、少しずつ生者も尊重される国へと変えていく。
けれど、他勢力の属国にはならないように。
フォルティオスは、かなり具体的に帝国改革の青写真を描いているようだった。
「それは勿論です。貴方が皇帝を倒し、王になるなら僕は身命に変えても……」
「いや、僕は王にはならないし、なれない。そんな時間も残されていないからね」
「え?」
「できるなら、君に国を率いてほしいと思っているけど、流石にそれは貧乏くじだし。
氷雪公にお任せしつつ、ヴェネーラ将軍に付いてもらえるのが理想だけれど、将軍は陛下に心酔しているからなあ」
「……どうして?」
「世界を変えるには代償と、責任を取るものが必要だ。
あの映画でも多分、村の古老はその後、反乱と抵抗の責任を自らの命を賭けて取ったんじゃないかな?
助けてくれた他勢力に咎を背負わせず、これからも国で生きていかなければならない、村人達を守る為に」
私達には、ただの物語にしか見えていなかったアニメ。
その物語の中に、フォルティオスは自分自身の運命や、世界の行く末までも重ねて見ていたのだろうか。
「僕は、僕に与えられた時間と力を全て使って、未来を切り開いていく。
『僕は救世主だから』
『星を救う』
インベイダーを倒した後にも長く続く『星』の未来を守る。
誰に強制されたのでもない、自分で決めた道なんだ。
僕の全てを捧げてもやりとげるよ。
未来を託す君や、美空の為にも」
だから、力を貸してほしい。
フォルティオスはオクルス君にそう告げて、微笑んだ。
こちらの世界でなら、帝国の目も届きにくい。
他勢力と連携し、みんなの力を借りて、知恵や、食の力も使いながら国を変えていこう、と。
朗らかに、自分を計算に入れない『未来』を語るフォルティオスに、私は。
ううん。
多分、思いをリンクさせていたオクルス君も、何も言葉を返すことができず。
ただ、フォルティオスを、迷いのない彼の笑顔を。見つめることしかできずにいたのだった。




