第70話 『救世主』の決意 前編
ネコ視点 フォルティオスの決意と彼を支える者達の思い
楽しいWデートを終えた夜。
家に戻ってきたオクルス君の様子がいつもと違っていることに、私は気が付いた。
根岸都、十五歳。
こう見えても、空気を読んだり、人の気配を察したりすることには自信がある方だ。
何せ、子どもの頃から短気でわがままで、感情の起伏が激しいお兄ちゃんに振り回されてきたから。
お兄ちゃんの悪口ならいくらでも出てくるけれど、それを口にするつもりは、今はない。
楽しい話にはならないし、Wデートの素敵な思い出を壊したくない。
何より、今はそれよりも大切なことがあるし。
私は部屋の鍵をかけ、周囲の様子を窺った。
お父さんとお母さんは一階で寛いでいるはず。
もう寝ると挨拶して部屋に上がってきたから、何か用事でもなければ、ここまでは来ないと思う。
「どうしたの? オクルス君。スイーツ王国出てから妙に元気がないけど何かあった?
デート、無理に付き合わせちゃったけど嫌だった?」
私がカードを手に取り呼びかけると、微かに空気が揺れ、片翼の天使が実体化する。
お姉様のように一人暮らしではないから、家に戻る少し前から、彼にはカードに戻っていてもらっていた。
実体化してもらうにも、色々と気を遣う。
早く大人になりたいな。
月光を思わせる、綺麗な天使が目の前に現れる光景は、何度見ても夢のよう。
まるで漫画やアニメの主人公になったみたいで、今でもドキドキしてしまう。
でも、それは今は置いておこう。
帰ってくる時にも思ったけれど、やっぱり彼の表情は冴えない。
元々、満面の笑顔を見せるようなキャラじゃないけれど、少なくともデートの時、映画を見たり、美味しいものを食べたりしていた時とは違う何かを纏っているのが解った。
「形をとっていなくても、君には僕の体調や感情の不調が伝わるんだね」
「それは、まあ、なんとなく。リンカーだから、なのかな?」
ここは本当に、自分でも『なんとなく』としか言えない。
でも。
私は勉強机の椅子に腰掛けたまま、目の前に佇むオクルス君を見上げた。
リンカー。同調する者。
その言葉の通り、私はオクルス君と確かに繋がっていると感じるのだ。
「そうか。心配しないで。今日の外出が嫌だった訳じゃない。むしろ逆だ。
僕にとっての『人生』など、まだ数か月もないけれど、その中で一、二を争うくらいに輝かしいものだった」
「ならいいけど」
オクルス君は正直で、真面目だ。
一番は多分、フォルティオスと出会えたこと。二番目は私とのリンク。
きっと、そんな風に考えているんだろうなって、なんとなく感じた。
こんな時にも適当な言葉で誤魔化さない、その誠実さに胸がキュンと音を立てる。
私の推しはフォルティオスだけど、オクルス君も大好き。
これは浮気じゃない。うん、絶対に。
「フォルティオス様と美空さんも、そうなのだろうか?」
「多分ね。お姉様とフォルティオスはもっと強く結ばれていそうな気がするけれど」
私は今日のデートでの二人を思い出す。
さりげなく気遣い合い、楽しそうに、迷いなく並び立つ二人の姿は、個人的に映画よりも見応えのある美しいものだった。
幸せそうなフォルティオスの笑顔を目の前で見られるなんて、思ってもいなかったから。
あの笑顔をネタに、新しいお話やイラストがいくらでも描けそう。
でも。
「美空さんが、フォルティオス様の決意に気付いてくれればいいのだけれど」
「え? フォルティオスの決意?」
小さく零れた言葉に、胸がざわりと泡立つ。
「何かあったの? お姉様が、フォルティオスがオクルス君に何か話があるみたいだ、って言ってたけど」
「ああ。だから店で二人は席を外してくれていたんだね。
うん、フォルティオス様から大事な話があった。それで、僕は少し悩んでいる」
「大事な話? 私が聞いていいことなのかな?」
あまり良い話ではなかったのだろうか。
オクルス君の眉根が寄っている。
彼が今纏っている落ち着かない空気も、不安そうな様子も、多分、その話が原因なのだろう。
「口止めされた訳じゃない。でも、安易に口にしていいかどうかは迷うところだ。帝国どころか『アース』の命運に関わる話だから」
「えっ? 『アース』の命運?」
話が急に大きくなった。
私はまだ『アナザーワールド』に関わって一か月にもなっていない。
だから。
「私もまだ、詳しいことは何も知らないんだ。
『アース』に足を踏み入れたこともないし」
そう言ってから、私はこれまでに教えてもらったことを思い返した。
お姉様や店長さん、マヤヤさんから聞いたことくらいしか、私は知らない。
この世界とは違う、もう一つの異世界があって、カードゲーム『アナザーワールド』は、その世界を写し取っている。
『アナザーワールド』の舞台である『アース』は、地球とよく似た平行異世界だけれど、明確な戦時下にある世界だ。
五つの勢力の『能力者』達が常に覇権を争っている。
今は外宇宙からの侵略者『インベイダー』への対策で休戦状態だと聞いたけれど。
「フォルティオス様は、僕を信じて話してくれたのだと解っている。
でも、僕には少し荷が重すぎる。あの話を聞いて今まで通りに接することができる自信がないんだ」
「あの話?」
「君は知っているのかな? フォルティオス様の過去?」
「全部じゃないけど、公式ホームページに載ってるくらいのことは」
「あとで、その話を教えてくれるかい? 僕は王宮でおしゃべり雀たちがざわめく程度のことしか知らなかった。だから、あの方があそこまで焦っているとは思わなかったんだ」
「焦っている? フォルティオスが?」
「決意して、覚悟を決めている、というべきかな。
聞いてくれるかい? 君に重荷を負わせてしまうようで申し訳ないのだけれど」
私は頷く。迷う必要は欠片もない。
「オクルス君が、私を信じて話してくれるなら聞くよ。真剣に。
そしてできる限りで手伝う。私もフォルティオスが大好きだから、助けたい」
「ありがとう」
オクルス君の深みのある紫水晶の瞳が煌めいた。
その瞬間、私はスッと意識が遠のいていくのを感じる。
まるで幽体離脱でもしたような、ふわふわとした感覚。
足が地についていない。
幻想なのか、幻なのか。
もしかして、オクルス君の催眠術みたいなもので、夢を見せられているのかな?
そんなことを考えているうちに、目の前の景色が変わっていた。
そこは、さっきまでいたスイーツバイキングのお店。
私はまるで風か幽霊にでもなったように、少し離れた場所から二人の席を見つめていた。
そして、私の眼下で。
「『僕は救世主』だ。
だから。『星を救う』。僕の全てを捧げてもやりとげるよ。
未来を託す君や、美空の為に」
フォルティオスは、そう告げていた。
誰よりも『救世主』の顔をして。




