↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/70

第61話 『救世主の誕生』後編

「見ていたのか、サンク」


 呆然としていた幼子は、背後からかけられた声に全身を震わせた。

 振り返れば、そこには白い女性。

 誰よりも見つかってはならない人が、そこに立っていた。


「ディアドラ……先生」

「少し、こちらに来るがいい。他の連中に見つかっては面倒だ。処置の邪魔をするのもよくない」


 そう言って、彼女は幼子の手を引き、別室へと連れて行った。


 彼女の自室。

 術で温めた飲み物を手渡す仕草も、厳しくも優しく子ども達を見守ってきた眼差しも、いつもと変わらない。

 幼子は両手でカップを包み込んだ。

 冷え切っていた指先に、じんわりと温かさが広がっていく。

 それだけで、張り詰めていた何かが少し緩んだ気がした。


「少し飲み、落ち着くがいい。興奮しているのだろう」


 その眼差しは、手の中のカップと同じくらい温かいものに、幼子には思えた。

 言われるがままに飲み物を嚥下すると、確かに何かが変わった気がした。

 うまく言葉にはできない。

 けれど、体内でざわめいていた何かが、静かに落ち着いていくようだった。


「見ただろう? サンク。彼らの最期を」

「さいご? デュオや、カトルはしんだ、のですか?」

「肉体を失った、という意味であるのなら、そうかもしれん。

 彼らの器は、多色のマナと、それを扱うための肉体変換に耐えられなかった。

 身体を失ってしまっては、死霊術による第二の生も意味がない」

「そんな……もしかして、アインやトライも?」

「そうだ。だが、彼らは完全に死んだわけではない」


 そう告げると、ディアドラは服の内側から小さな箱を取り出した。

 幼子には見慣れない、宝石や指輪を収めるような、黒い布張りの箱。

 その中には、純白の結晶がきらめいていた。

 何かに呼ばれるように、幼子は結晶石に指を触れた。

 誰かの意思が、思いが、聞こえてくるようだった。


「……アイン兄ちゃん?」

「流石だな。そうだ。これはアインの結晶石。奴の、いや、奴らの意思はここに残っている」


 そう言って、ディアドラはサンクの手のひらに結晶石を乗せた。

 幼子の掌に収まるほどの、小さな石。

 でも、そこには確かにアインの力と思いが込められているのが分かった。


 いつも前向きだった彼の意思、その心。

 無念も、命を失った悔しさも、確かに感じられた。


 けれど、サンクに向けられるのは、優しく輝かしい光だけだ。


「お前には、彼らの意思を受け継ぐ力がある。皆もお前になら力を貸してくれるだろう。

 お前が彼らの力を受け入れるなら、意思、いや、遺志を継ぎ『救世主』となるのなら、その命は無駄にはならず、お前の中で生き続ける」

「ぼくが……?」

「そうだ。お前が彼らの思いを未来につなぐのだ」


 幼子が師の言葉を、その意味も、先に待つものも、完全に理解していたかどうかは定かではない。

 けれど。

 手の中に確かに在る『兄』の思いを、無駄にはしたくない。


 そう、心から思っていた。

 思い出すのは、五人揃っていた頃の、幸せで楽しい日々。


 そして、大事な約束。


『うん! ぼくは必ず、みんなの思いを伝えて、届けて、守るよ!』

『俺たち、みんなでこの星を守ろう!』


 眦から、涙が溢れた。

 もう、彼の声を直接聞くことはできない。

 でも、その思いは確かに変わらず、幼子の手の中にあった。

 だから、彼を再び失うことなど考えられなかった。


「お前が受け入れるなら、アイン達のマナをお前に移植する。

 多色のマナを受け入れる為の肉体変換は、身体を一から作り替えるに等しい。

 かなりの痛みを伴う、苦しいものになるだろう。

 だが、お前なら成功率はかなり高いと見ている」


 ディアドラの説明は、正直、耳にも頭にも入っていなかった。

 ただただ、兄弟達の思いを、約束を守りたかった。


「やるか? サンク」

「やります。ぼくが、みんなのおもいを受けつぎ、守りますから」


 言葉にした瞬間手のひらの結晶が、ほんの少し温かくなった気がした。

 兄が、いつものように自分の頭を撫でてくれている。

 そんな気がした。

 もう一度、あの約束を守りたい。

 その思いだけは、はっきりしていた。

 先のことなど、正直何も考えられない。


「良い返事だ。明日から、調整を始めよう。期待しているぞ」


 その日、幼子は兄のマナを抱いて眠った。

 幼子が眠りにつくまで寄り添っていたディアドラ。

 その傍らに静かに現れた影が、眠る幼子の手から結晶石を引き上げる。


「見事な手腕ですね、ディアドラ師」


 影の主は結晶石をケースに戻し、今回の『計画』の立案者を称えた。


「あの子が兄達の声を聞きつけ、実験室まで来ることも計算のうちでしたか」

「……サンクの性格と能力を考えれば、そうなることは分かっていた」


 ここまでは全て計画のうち。だが


「これで良かったのかどうかは、これからの結果を見てみなければ分からぬ。

 だが、二色のマナですら普通の子には耐えることができなかった。ましてや五色のマナを扱う『救世主』を生み出すなら、適性と、何より計算を超える変数が必要だ。

 人の願い、思い、希望は、時に越えられぬ境界を越える原動力となることを、誰よりも知っているつもりだからな」


 ディアドラは、息を吐く。

 そして眠る幼子の目元に触れ、まだ残る涙を拭い取った。

 悪鬼の所業だと理解している。

 無垢な幼子を、死よりも苦しい未来へと叩き落とし、死した子ども達の思いさえも利用する悪行なのだと。

 既に死して、地獄で報いを受ける権利さえもない身ではあるが。


「それでも、この子には可能性と希望がある。

 我らはそれを信じるしかないのだ。『人』の力は未来を変えられると、な」


 翌日から、実験はただ一人残ったサンクに『兄弟達』四人が残したマナ結晶を移植する計画へと切り替えられ、進められた。

 最初の移植が行われたのは、デュオとカトルの死から三日後の事。

 一番初めに選ばれたのは、カトルの結晶。

 天華のマナが、サンクの体内に植え付けられた。

 天華の守りの術式が、わずかでもサンクの肉体と精神を守護することを期待してのものだった。


「う、うああああっ!」


 マナを入れられた直後、サンクは悲鳴を上げ、固定された身体を左右によじらせ、その苦痛にのたうち回った。

 しかし、肉体と精神のバイタルには、他の実験体が失敗した時には見られなかった安定が計測されていた。

 肉体的にも大きな損壊や損傷はなく、第一段階の変化は終了した。


「サンク。私が分かるか?」

「……はい。ディアドラ先生」


 精神的にも大きなダメージはないようだと判断され、実験の継続が決定される。

 厳重な経過観察と調整の後、約一年をかけて第二、第三のマナ結晶も移植された。


 サンクの肉体は、マナの移植を受けるたびに強化されていくようで、能力値も乗算的に伸びていった。

 初級ではあるが、移植された天華やソルシアのマナを使用した術も使えるようになり、肉体的にもファンタズマの膂力の片鱗が見られるようになった。


 計画は成功しつつある。

 そう研究者達を歓喜させるにふさわしい結果を、七歳に満たぬ幼子は確かに生み出していた。

 だが。


「力を得ると同時に、引き換えるものがある。当然だな」


 ディアドラはカウンセリング結果と生体データを見ながら、深く息を吐いた。

 マナの移植が進み、幼子の肉体と能力が強化されていくとともに、彼の記憶が失われていくことが分かったのだ。


 脳さえも作り替える苦痛は、未成熟な幼子の記憶領域から、容赦なく『彼』を削り取っていく。

 古い記憶から失われていくようで、サンクは現時点で自分のかつての名前も、故郷の村の名前も、両親の顔も思い出せないと言っていた。


 能力にも変化が見られた。

 他の能力が増加する一方で、生来の感応力は低下してきている。

 ただ、それらは後天的に得た能力を鑑みれば、諦めてもよい程度の損失だろう。


「問題なのは、研究所での記憶にも影響が出始めていることだな」


 三つ目のマナを移植された時点で、サンクは兄弟達の名前さえ朧気になっていた。


「サンク。アインのことを覚えているか?」

「……アイン?」


 サンクは困ったように首を傾げる。


「誰かの名前、ですか?」

「……そうか」

「でも、先生。僕、誰かと約束したんです」

「約束?」

「はい。大事な約束だったと思うんです。でも、誰とだったのか……」


 顔も、思い出せなくなっているようだ。

 今までサンクが過酷な実験と研究に耐えられたのは、兄弟達の意思を受け継ぐという、彼自身の強い決意と鼓舞によるところが大きい。


 ディアドラはそう見ていた。


 完全に兄弟達の記憶がサンクから消え去っても、彼は苦痛に耐えられるのか?

 使命や意志を失い、力だけを持つ人形になってしまわないか?

 最終実験を前にして、最大の懸念事項が浮かび上がった。


 だが、もう止めることも、後戻りすることもできない。


「最終的にはサンクの精神力頼みとは、研究者というのは無力なものだな」


 アンデッドマイスターである彼女が、この五勢力合同研究のファーストロットで主任を任せられているのは、誰よりも肉体と精神の構造について理解しているからだった。

 人を死という永遠の終わりから、アンデッドという形で再生させるには、肉体の保護と精神の維持という両翼が欠かせない。

 その知識を応用し、彼女は死亡した実験体の魂をマナ結晶に固定し、兄弟達にサンクを守らせるという手法にたどり着いた。


 彼らには、死した悔しさも、自分達を実験体とした者達への怨嗟もあっただろう。

 それでも、無垢で罪のない、たった一人の弟に対する恨みは見せなかった。

 ディアドラの意図した通り、彼らはサンクの守りとなってくれたのだ。


 これ以上、ディアドラの側からサンクを守る手段を講じるのは不可能だった。

 自分には、サンクに祝福や加護を与える力も、権利もない。

 そのことは、誰よりも理解している。

 けれど、彼女は目を閉じて祈った。


「『星』よ。どうか、幼子に祝福を賜らんことを」

 と。



 最終実験の後、悲鳴を上げ続けていたサンクが意識を失ったのは、二昼夜の後のことだった。


「思ったより長くかかったな」

「でも、バイタルは安定。肉体にも崩壊の兆候は見られません」

「後は、覚醒してから……!」


 状態を見守っていた研究員達が、色めき立った。

 意識を失ったサンクを、不思議な虹色の光が包み込んでいる。

 彼の傍らには、翼をもつ天使、または少女にも見える不思議な人影が立っていて、まだ意識のないサンクにその掌を向けていた。


「なんだ。何があった!」

「分かりません。ただ、異常なまでに高濃度の『力』がサンクに注入されています」


 現在、『アース』最高の機械技術を持つネクサスの最新機器。

 そして、ソルシアの魔術を併用した観測機。

 それら全てが、異常な数値を示していた。


「あっ!」


 突然、白光が弾けた。

 その場にいた全員が、思わず目を閉じる。

 モニターも機械も、全てハングアップしていた。

 けれど、爆発音などは一切聞こえてこない。


「本当に、何があったのだ?」

「分かりません」

「私は実験室に行く! お前たちは機器の再起動とデータの確認を」


 ディアドラは実験室へと駆け込んだ。

 そこで彼女が目にしたのは、寝台の上でゆっくりと瞳を開く、サンクであった少年の姿だった。

 かつて新緑の色をしていた瞳は、深みを帯びた青へと変わっており。


 瞳の奥には、星の光彩が刻まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。