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第六話 『アナザーワールド』の秘密と師弟関係

 最初、私は店長さんの提案の意味をよく理解できずにいた。


 元々『アナザーワールド』を始めるつもりでカードを買いに行ったのだし、ファーストデッキも作ってもらったし、フォルティオスと契約もしたし。


 やらない選択肢はないけれど、後ろ側の提案が分からない。

 店長さんに師事して?


「店長! いつも弟子なんか取らない、って言ってたじゃないですか!」


 呆然としている私より先に店長さんを問いただしたのは、雄太だった。

 食ってかかるみたいに。

 拳に凄い力が入っているのが、見て分かるほどだ。


「俺がいつも、弟子にしてくれ、教えてくれって言っても、『アナザーワールド』のリンカーはみんなライバルだ。勿論、君もだよって言って……」

「その気持ちは今も変わらないよ。新人や後輩も、いずれは戦うリンカー。

 手助けはしても、手の内に入れるのはよくないってね。

 ただ、美空ちゃんの場合は事情がちょっと異なる。

 僕が色々と教えつつ、背後にいることを示しておかないと危険だと判断したんだ」

「危険?」

「どうして美空だけなんですか。もっとちゃんと理由を……!」

「そう。例えば――シエロ。雄太君に。

 軽く、でいいからね」


 店長さんは雄太に詰め寄られながら、ポケットからカードを取り出すと、シエロさんへ投げ渡した。


『心得た。加減してやるゆえ、少し黙れ、小僧。……ガンド』


 カードを受け取ったシエロさんは、小さく何事かを囁き、鉄砲のように形作った指を雄太に向ける。

 彼女の指先に光が集まって……放たれた!


「あうっ!」

「雄太!」

「シエロ! 何の力もない一般人にスペルを撃つなんて!」


 フォルティオスは私の前に立ち、守るように身構えてくれている。

 一方の雄太はというと、お腹を抱えながら膝をついているけれど、そんなにダメージが入ったわけでもなさそうだ。

 静かな眼差しで店長さんは雄太を見下ろし、立たせる為にてを差し伸べてくれた。


「悪いね、雄太君。自分の身で体験してもらうのが一番だと思ったから」

「いえ、俺もなんか頭に血が上ってて。でも、今のは一体なんですか?」

「スペルカードだよ。君も知ってるだろ? ソルシアのファストスペル、『ガンド』だ」

「対象のアタック宣言をキャンセルさせるアレですか? 

 でも、あれはゲームのスペルで……! そういえば、助けに来てくれた時も?」


 立ち上がり、ハッとした雄太の言葉に私も思い出す。

 そう言えば、助けに来てくれた時、店長さん。

 今思えばシエロさん、何だろうけれど何か、不思議な技を使ってた。


「『アナザーワールド』と繋がった『リンカー』は、特典、というわけでもないのだろうけれど、向こうの世界の力を借りることができる。パートナーが側にいないとダメとか、無条件でなんでも、というわけではないが、スペルやアイテムを現実世界で使うことができるんだ」

「え? それって……」

「人間に使うとゲーム中のそれよりもナーフされるから、例えば『死の紋章』や『デスサークル』を使っても、人を殺傷することはできない。でも、相手の動きを止めたり、気絶させたりはできるかな」

「! そんなことができたら、大混乱になりませんか?」


「無制限、無思慮に使えばそうなるね。

 一部の『リンカー』は、パートナーやスペルの力を使って社会的な成功を収めている者も多い。僕も、シエロに株価分析とかを手伝ってもらっているし」


 私はゲームにどんな呪文やアイテムがあるかは知らない。

 でも、魔法や超能力を使えるキャラクターがいて、その力を現実で使えるとしたら、相当に怖いことにならないだろうか?


 例えば。

 私の横に立つ『戦士』を見る。

 さっきの戦いで、フォルティオスが私達を襲ってきた敵を簡単に倒してくれたように。


 同格の戦闘力を持つ戦士が襲ってきたら、普通の人間は太刀打ちできない。


「そんなことをするような『リンカー』は、そういないと思うけどね。一人で目立つ動きをして『アナザーワールド』のことが広く知られてしまえば、アドバンテージがなくなるし、警戒される。

 他の『リンカー』も敵に回すし」


 そういない、と店長さんは言うけれど、逆に言えば、少しはいるかもしれないということだろう。

 私の恐れを読み取ったかのように、店長さんは「まあね」と言葉を濁しながらも、


「ただ、そうは言っても『無敵の人』はいるから、あまり能天気に大丈夫、とは言えない。

 正直に言えば、さっき君達を襲ったごろつき達。彼らの背後に『リンカー』の微かな影を感じた」


 現実を教えてくれる。


「え?」

「あくまで僕の勘だけど、『闇の影』か『暗闇からの手』が使われた可能性がある。

 どちらも対象に取れなくさせるスペルカードだ。君達の認識を麻痺させて、路地に引き込んだんじゃないかな?」

「あのごろつきも『リンカー』だったんですか?」

「ほとんどは多分、雇われた一般人。ただ、一人、抵抗してきた奴がいただろう? 

 彼は事情を知っている子飼いで、力を分け与えられていたんじゃないかな? 

 ある程度リンク度の高い『リンカー』なら、自分の力をカードと一緒に渡すことで、当人が使うより弱くはなるけれど、スペルを使わせることは多分できる」

「それって、凄く怖いですね」


 仮に、フォルティオスを奪おうとする『リンカー』がいて、部下を使った搦め手とかで私を捕まえることも、できなくはないわけだ。


「まあ、安心して。

 真の『リンカー』がカードを奪いに来る可能性は、そう多くない。

 さっきシエロも言ったけれど、『リンカー』の契約は基本、一人につき一契約だ。

 カードを奪っただけでは契約はできない。

 だから最悪、カードを取られても、君とフォルティオスの契約は切れない。

 まあ、フォルティオスのカードは一般人にとって金銭的価値が高すぎるから、同列には見られないけど」


 ヤバい。全然安心できないよ。

 私はまだ、何も知らない。フォルティオスとリンクを繋いだと言っても、彼を守ることができるだろうか?

 全身に震えがくる。


「だから、最初の提案に戻るわけだ。僕の弟子という立場で、保護下に入らないかい?

 僕はこう見えても、『アナザーワールド』の世界で、そこそこの実力と発言力があるつもりだ。去年はランクを落としてしまったけれど、今年は必ずトップ十にも復帰する」

「そこそこ、って謙遜が過ぎますよ。今年の日本トーナメントの覇者で、世界大会の出場権も、もう取ってるじゃないですか?」

「まあね。だから、僕が庇護を与えている、と知れれば、注目も浴びるだろうけれど、手出しもされにくくなる。勿論、『アナザーワールド』の戦い方も教えるよ。

 カードの使い方から運用、パワーコントロールまで。これから君が『アナザーワールド』に関わっていくなら、それらは絶対に無駄にはならない」

「いいんですか?」


 本当に、本当に初心者以下の私が、日本どころか世界のトッププレイヤーに教えてもらい、守ってもらえるなんて、願ってもないことだ。


 でも、私のような騒動の種を抱えても、店長さんには負担にしかならないのではないだろうか。

 そう思った時、スッと私の前にフォルティオスが立った。


 店長さん――いや、その後ろを睨むように。


「君の『リンカー』の加護を受けても、僕はソルシアの傘下には入らない。入れない。

 それは分かっているよね、シエロ!」


 フォルティオスの言葉に、ハッとした。

 そうか。私を囲う、ということは、フォルティオスも一緒に手に入れる、ということなのだ。

 彼の足手まといや、行動の邪魔にはなりたくないと思ったのだけれど。


『分かっている』


 シエロさんの返事はどこか楽しげで、笑みさえも宿しているようだ。


『貴様は『星の救世主』。五勢力と『星』が総力を挙げて作り上げた『英雄』だ。

 取り込もうなどとは思っていない。

 ただ、敵対しない。邪魔にならない。それが確約できれば、我らにとって十分なメリットになる。

 それに、律儀で義理堅い貴様のことだ。

『リンカー』の師匠に、恩人に、無闇に剣を向けはしないだろう?』


 反論せず、立ち尽くすフォルティオス。

 言葉はないけれど、固く結ばれた唇と拳には、言えない思いが封じられているように見えた。


「私が店長さんの申し出を受けたら、困る? フォルティオス?」

「…………いや。シエロもソルシアも、借りを作ったら厄介な相手であることは確かだけど、頼りになる存在なのも事実。

 僕も、悪い申し出ではないと思う」

「でも、店長さんにご迷惑では……」

「もうネットで、『フォルティオス』のカードの管理責任者兼代理人であることも告知しているし、今更だね」


 店長さんは涼しそうに笑っているけど。そういえば、もう既に迷惑をかけまくりなんだった。


「それに、おいおい詳しく説明していくけれど、僕にも君を保護という名の監視下に置くことにメリットはある。特にまっさらなレベルゼロの状態から、キャラクターとリンカーの成長をデータに取れるのが大きい。

『アナザーワールド』やリンクシステムには、まだ謎も多い。今まで、僕とシエロの一組でしか検証できなかった様々な推察を、別の視点から確かめることができるからね」


 私が店長さんの元で学び、成長すれば何か返せるというのなら、受けて、頑張って。

 その日を一日でも早めた方がいいのかもしれない。

 あ、でも、それなら。


「雄太も一緒に、はダメですか?」

「美空?」


 雄太が弾かれたように私を見たのが分かった。


「雄太は、私の大事な幼馴染で、保護者みたいなものなんです。

 私は雄太を信用しているし、雄太が尊敬している店長さんも信じています。

 ただ、それでも『知らない』男性と二人は、ちょっと怖いし」

『京也がお前を襲う、とでも?』


 そんなことはあるまい、と、自信ありげにシエロさんの声が嗤う。

 私も、そんなことはないと分かっているけれど。


「でも、私をここに。

『アナザーワールド』の入り口に連れてきてくれたのは、雄太だから。

 一緒に前へ進んでいきたいんです」

「美空……」

「いいよ」

「え?」


 あまりにもあっさりと返った店長さんの返事に、雄太の目が驚きに見開かれた。

 ほんの一瞬前、私の名を呼んだ時の、しおれた朝顔のような表情が嘘みたいに、息を吹き返して輝く。


「店長! いいんですか? 今まで、どんなに頼んでもダメだって言ってたのに!」

「雄太君が今も、僕の教えを請いたいというのなら、いいよ」

「勿論です! 俺は強くなりたいです! 

 今の、県や地区でかろうじて上位、なんてところじゃない! もっと本当の上に行く強さが欲しいです」

「そうだね。

 プレイヤーとして、今の位置からレベルアップする方法なら、教えてあげられるだろう。

 美空ちゃんには、これから色々な危険が付きまとう。

 一番側にいる雄太君には、色々な意味で強くなってもらわないと困るから」

「望むところです! 俺は、絶対に強くなります!」

「私も一緒に教えてください。学んで、ちゃんと『アナザーワールド』を理解したいです。

 そして、いつか……」


 横に立つ雄太を見やる。

 強くなりたい、と雄太は言った。

 私は、まだその言葉を口に出すことはできない。


 まだ、初対戦もしていない初心者以下。リンカーと名乗ることさえ烏滸がましい。

 でも。


 強い『リンカー』になりたい。

 心の底から、そう思う。

 雄太や店長さん、そしてフォルティオス。

 私を守ってくれるみんなと、肩を並べられるくらいに。


 そして、いつか助けられるくらいに。


 胸の中で、そう呟いた。

 私はフォルティオスが。

『星の救世主』が選んでくれた『リンカー』なのだから。


「分かった」


 私達の決意に、店長さんは穏やかで優しい笑みと共に頷いた。


「今後の細々としたことは、僕に任せてほしい。『アナザーワールド』と、僕のパートナー。

 シエロ・スターリーナイトの名にかけて、師匠として君達に悪いようにはしないと誓おう」

「ありがとうございます!」

「よろしくお願いします!」


 二人で同時に頭を下げる。


「僕は少し、今後の手配や準備、連絡とかをしてくる。

 雄太君。美空ちゃんと対戦して、ルールやカードの動かし方を教えてあげて。

 多少遅くなってもいいよ。

 帰りは僕がタクシーで送ってあげる」

「いいんですか?」

「雄太君のご両親にも、事情を報告しておいた方がいいと思うからね」

「ありがとうございます! 美空、デッキ出せよ」

「うん。初対戦、だね」

「というか、初心者講習会、だけどな」


 その後、対戦に夢中になった私達は、気付いていなかった。


 店長さんの、優しいけれど何かを見据えたような、真剣で冷えた眼差しにも。

 シエロさんとフォルティオスが、私達を見ながら交わした視線の温度や意味も、まだ知らず。


「え? そのカード、そんな風に使うの?」

「スペルは積極的に使えよ。無駄なカードは入ってないんだからな」


 無邪気に、目の前の『アナザーワールド(カードゲーム)』に没頭していたから。


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