第五話 契約と開かれた異世界への扉
元々、トレーディングカードゲーム『アナザーワールド』は、最初から告げていた。
これは平行異世界の物語。
異世界の住民達と魂を通わせ、力を借り、また与え、戦うのだと。
でも、それはあくまで物語上の設定で、本当のことだなんて誰も思いはしないだろう。
『無論、我らの間にも賛否はあった。
遊戯として扱われていることや、己が力を他者に預けることについて、不快感を表した者は少なくない。というか、多い』
店長さんのパートナーだという女性。シエロ・スターリーナイトと名乗った彼女は、私達にそう語った。
私が、ゲーム内で最上級のレアカードだという『星の救世主 フォルティオス』を引き当ててから、まだ一日と経っていないのに、事態は怒濤のように動いていく。
まさか、本当に異世界の住人と話をすることになるなんて。
『だが、そういうものだと受け入れてしまえば、あまりにもメリットが多くてな。
能力者同士で取り合っていた星の力、マナが、こちらの世界の住人とリンクすることで、ほぼ使い放題。容量が二倍になったからか、相対的に力も比較にならないほど増した。
新しい術式や戦闘方法、戦術などを知ることもできるし、アナザーワールド――お前達の世界から見れば、この世界の技術やアイテムを学び、活用することもできる。
名より実を取る、とはお前達の言葉だったか。我らはアナザーワールドの存在を受け入れ、力を求め、己の魂と共鳴する『リンカー』を探し、契約した。
他の勢力のこともあるので正確な人数は把握していないが、現在、我や小僧を含めて数十人がこの世界と繋がっているはずだ』
「数十人? 意外と少ないんだな。『アナザーワールド』のネームキャラクターって、二百人以上いるだろ?」
そう呟いたのは雄太だ。
私はカードの種類とか数とか分からないけど、十年、だもんね。それなりの数にはなっているはずか。
『元の世界に人格を置きつつ、アナザーワールドと繋がるには、特殊な術式を習得する必要があるのだ。そこそこ難しい技だからな。各勢力の中でも上澄み。
トップクラスの者でないと、行使は難しいだろう』
「ということは、フォルティオスや貴女は、こっちの世界に移動しているのではなく?」
「ああ。元の存在は今も向こうの、僕達の世界にある。こちらに来ているのは分割意識だ。本体と同期していて、こちらの情報も感情も、全て本体に伝わっているけどね」
フォルティオスが微笑みながら教えてくれる。
仕組みはよく分からないけれど、向こうの世界とこちらの世界、両方に彼らがいるらしい。本体は向こうにいて、こちらにアバターを送っている。
コンピューターゲームのようなものかもしれない、と何故か感じた。
『基本、一人一契約。
魂の繋がり、だからな。
簡単にパートナーである『リンカー』を見つけることもできぬし、一度繋がった共鳴、リンクを切ることもできぬ。我が直接知る限りでは、まだ前例は『ない』はずだが、契約者が双方同意の上で『切る』か、どちらかが完全に死なぬ限りは解消できぬようだ』
「その契約ってのは、どんな形で行われるんだ?」
『我々の魂の分割体である『カード』を手にした時――手にできた時に、ほぼ自動的に繋がれる』
「カード……」
私は鞄のケースの中から、フォルティオスのカードを取り出す。
薄く虹色に光っているように見える。
そして、今までは気付かなかったけれど、白銀の糸のようなものが私と繋がっている。隣に立つ、実物? のフォルティオスとも。
「じゃあ、美空はもう、その『真のリンカー』っていうのになってるのかよ!」
『そういうことになるな。見たところ、小僧とその娘の間には、既に強いリンクが結ばれている。
さっきも言ったとおり、本人が拒否するのであれば、切ることも可能であろうが』
「美空!」
雄太の心配そうな眼差しが、私を射る。
正直、状況を完全に理解しているという自信はないけれど、なんか、相当に厄介なことに巻き込まれたのは分かる。
受け入れたら、今までの日常には戻れない、ということも。
でも……。
「私で、いいの? フォルティオス?」
「君じゃないと、ダメなんだ。僕のリンカー」
この時、私は多分、二度目。
最初の時と同じように、彼と視線を合わせた。
強いのに、どこか迷うような、不安げな眼差しで私を見るフォルティオス。
選択を私に委ねてくれたのが、分かった。
なら、もう答えは出ている。
「まだ、初心者以下のリンカーだけど、それでもいいなら、よろしく。
フォルティオス」
「ああ。こちらこそ。必ず、君を助け、守るよ。マイマスター」
私は彼に手を差し出し、彼は私の手を、その大きな掌で包み込んだ。
カードと私とフォルティオスを包み込んでいた白銀の光が、さらに強まり、爆発するように弾けた。
眩しさに一瞬、目を閉じたあと。
「あ……」
私は自分の中の、見えないナニカで彼と繋がったのを感じた。
上手く言えないけれど、三番目の、見えない手と手が繋がったような。
後ろから抱きすくめられているような、そんな感覚。
温かい。
『どうやら、完全に『繋がった』ようだな。
星の命運を担う小僧の『リンカー』が、こんな小娘なのは意外であったが、共鳴率は高い。まあ、なんとかなるだろう』
「そうだね。今日、初めてリンクしたとは思えないほど、リンク度が高い」
「共鳴率? リンク度? なんですか、それ?」
私とフォルティオスの契約? リンクっていうのかな?
それを見ていた店長さんとシエロが、不思議に温かい眼差しを私達に投げかける。
「どの程度、魂が共鳴し、繋がっているか、かな?
繋がりが深く強いほど、当たり前だけど力も強くなる。本当は時間をかけて徐々に繋がりを深めていくものだけど、美空ちゃんとフォルティオスのリンクは、異常なほどに強い」
「そうなんですか?」
私は他を知らないし、最初からフォルティオスは実体を取って、敵を倒してくれるくらいだったから、実感はないのだけど。
「うん。例えば今、フォルティオスは完全な実体を作っているけれど、これは今日、初めてリンクしたことを考えるとあり得ないことだ。普通はカードから呼びかけるか、シエロのように薄い映像を作るのが精一杯だからね」
『我と京也のリンクが弱いわけではないぞ。
常時、実体を作るのは目立つし、消耗も激しくて無駄が多い、というだけの話だ』
ぶわり、と空間に力が集まる。
同時に、店長さんの後ろに浮いていたシエロさんが実体化して、地面に降り立った。
立体映像の時も思ってたけど、凄い美人さん。
呼吸を忘れてしまいそうだ。
細くすらりとした鼻梁。伸びやかでしなやかな手足。凜として、強さと美しさを宿した目元。
星を宿した空のような、漆黒の瞳と髪。
魔術師軍団の統括だと聞いたけれど、女王様というか、人の上に立つことが当たり前のような女性だと感じた。
背も高くて、百七十センチくらい? 長身の店長さんと並ぶと、本当に絵になる。
「何をむきになってるの。リンク度なんて比べるものじゃないんだから、いいんだよ。
君を見せびらかしたくもないし。疲れるだろう? 戻って」
シエロさんの手を取り、軽く唇を寄せる店長さん。
ちょっと妬いているようにも見える。だから、だろうか?
シエロさんも、ふん、と鼻を鳴らしつつ、素直に影へと戻った。
流れるような仕草が本当にカッコいいけど、恋愛経験皆無の高校生には、ちょっと刺激が強すぎる。
雄太を見れば、同じように顔を赤くしていた。
私も顔を逸らす。
あ、そうだ。
「フォルティオスは、実体化していて疲れない?」
「僕は平気。長時間、この姿でいたらどうなるかは分からないけれど。
むしろ、君の方に負担がかかるかもしれない。そうだったら、控えるようにする」
今のところ、だるさとか疲れはない。
ただ、リンクがはっきりと結ばれて、彼に何かが流れていくような感覚はある。逆に、彼からも何かを貰っている気がするかな。
「じゃあ、他の人のいるところでは隠れてて。出て来てほしい時は言うから」
「分かった。辛い時や危ない時には、遠慮なく言ってほしい」
「うん。ありがとう」
「君達のリンク度や力については、僕とシエロの経験則が通じない可能性がある。
他の『リンカー』とパートナーのデータがあるわけでもないからね。そのあたりは、実験と検証が必要だと思う」
私とフォルティオスの会話を聞きながら、店長さんが微笑する。
「他の『リンカー』さんと、連絡を取り合ったりはしてないんですか?」
「基本、ないかな。完全に没交渉、というわけでもないんだけど『リンカー』は基本、みんなライバルだから。自分の手の内を見せたがらない」
「他にも、こちらに来ている向こうの方や、契約している『リンカー』さんがいるんですよね」
「今年のトップ十は、全員、パートナーを持つ真の『リンカー』だよ。
ランキング五十位くらいまでで考えると、半数前後に減る。
ランク=資質じゃないから、低位やランキングに参加していない人物にも、選ばれている者はいると思う。美空ちゃんみたいに」
「そういうのって、見れば分かるんですか?」
「おおよそは。パートナーがいる『リンカー』は、向こうの気配に敏感になるからね。その気になって視れば、リンクの流れも見えないことはない」
「じゃあ、美空がフォルティオスの『リンカー』になったってことは……」
「一般のプレイヤーには分からない。でも、パートナーと契約した『リンカー』には分かる。だからね、美空ちゃん」
店長さんの呼び声に、私は顔を上げた。
優しい口調ではあるけれど、視線に強い真剣さが宿っているのが分かる。
フォルティオスが身構えるほどに。
「これは単なる提案だ。無論、断ってもいい。
けど、互いに有益な提案だと思っている」
「何ですか?」
「本格的に『アナザーワールド』を始めてみる気はないかい? 僕に師事して」
この時。
私は、音を確かに聞いた気がした。
『アナザーワールド』
私の知らない世界への扉が開く音を。




