第59話 真実の前で
家に帰って、私はリビングに置いてあったパソコンの電源を入れた。
軽く検索をかければ、『アナザーワールド』の公式HPはすぐに見つかった。
ルールや大会の告知、カード紹介などに隠れるようにして、少し目立たない場所にそれは掲載されていた。
『アナザーストーリー』
キャラクター達の裏設定を物語として紹介するコンテンツらしい。
コミカルなストーリーもあるけれど、結構シリアスなものも多いようだ。
「フォルティオス。これの存在って知ってた?」
私は、後ろに無言で佇むフォルティオスに問いかけた。
「ああ。シエロに教えられて、一応、目を通した。
……凄いと、思ったよ。一体どうして、僕自身でさえもう覚えていないようなことまで描かれているのだろう、って」
「覚えていないこと?」
もう、覚悟はしていたのだろう。
彼は静かに、でもどこか冷めた眼差しで頷いた。
「僕は『フォルティオス』になる前の自分のことを、ほとんど覚えていない。
帝国の辺境の村で生まれ、父も母もいたはずなのに、もう顔さえ思い出せないんだ」
「……それは……」
「その話を読めば分かることだけど、聞いてもらえるかな?
君が『聞いていいことだったら僕から聞く』と言ってくれたこと、とても嬉しかったから」
私は黙って頷いた。
それを確かめてから、彼はゆっくりと口を開く。
「ディアドラ先生が言っていただろう? 『フォルティオス』の製作管理責任者だ、と。
僕は、人工的に『星の救世主』を生み出すための、五勢力の共同研究所で『作られた』。
対インベイダー殲滅兵器として」
「『人工的』に『作られた』……『星の救世主』?」
どこからどう聞いても、楽しい話にはなりそうもない言葉の数々。
急に口の中が渇いた。
「その研究所には、延べで多分数十人、もしかしたら百人近いかもしれない子ども達が集められて、教育のほか、投薬や実験を受けていた。
僕も全容は今も知らないけれど、インベイダーという『星を滅ぼす外敵』を倒すために、本来だ『星』が救世主を生み出すはずだった。
でも、『星』は何故かそれをしなかった。
だから、人の手で五勢力のマナを制御する『救世主』を生み出そう、という計画だったらしい。
成人し、能力が完成された者は、新しい力を得ることが難しい。
だから、まだ未完成な子ども達を集めて五勢力のマナを宿らせ、それを制御できる存在を作り出そうとしたらしいよ」
「そんなこと、できるの?」
「できる、と思ったのか。それとも、やらなくてはならないほど追い詰められていたのか。
それは分からないけれど、計画は実行に移されて、子ども達が集められた。
ほとんどが失敗し、唯一成功したのが僕だった」
彼は淡々とそう告げた。
成功と失敗。
まるで何かの製品を選別するような言葉で、彼自身を含めた子ども達の運命が語られていることに、私は言いようのない寒気を覚える。
「そして、紛い物の『救世の戦士』だったはずの僕は、何故か『星』に認知され、『星の救世主』として立つことになった。
それが、『フォルティオス』の始まりだ」
「フォルティオス……」
息が苦しい。
うまく呼吸ができない。
彼に、何と言って声をかけたらいいのか分からなかった。
「あとは、そのHP? の物語を読んでみるといいと思う。
全てが真実、というわけではないけれど、僕の視点から見ても大筋で間違ってはいないと感じた。
ディアドラ先生達の思いも、皆のその後も、ここに書いてある通りだったとしたら、救われもする」
そう言った彼の表情は、どこか穏やかだった。
でも、私はその言葉が気になった。
救われる。
それは一体、誰が、何から救われるということなのだろう。
フォルティオスが指さした画面を、言われるままにクリックする。
『救世主の誕生』
そう名付けられたページは、物語の一覧のかなり下の方にあった。
つまり、かなり初期に掲載されたもののようだ。
『星の救世主 フォルティオス』がカードゲーム『アナザーワールド』に登場したのは、十~十一年前。
次元の歪みや時間の流れの違いなどがある可能性も、なくはないけれど。
「フォルティオス。フォルティオスが研究所にいたのって、何歳くらいだったか分かる?」
「さっきも言ったけれど、あの当時のことは朧気で、ほとんど覚えていないんだ。
ただ、多分四~五歳くらいだったと思う。
実験が終わって研究所を出て、正式に『フォルティオス』としての教育が始まったのは八歳。これは間違いない」
「そう……」
「他の主要メンバーの裏話もね、まったくのでたらめを書いているわけではなさそうだ、ってシエロ達は言っていたよ。
完全な事実ではない。でも、根も葉もない創作でもないって」
軽くタイトルを眺めてみる。
勢力同士の戦いを描いたハードなものから、『西園寺真奈香の日常』みたいな、ほのぼのとしたものまで、いろいろありそうだ。
興味はあるけれど、まずはフォルティオスが言う通りに。
『アナザーストーリー』の五話目。
『救世主の誕生』を読んでみることにする。
更新日時は、製品版が発売されて間もなく。
フォルティオスは『アナザーワールド』の初期メインビジュアルキャラクターの一人だったらしいから、早い段階で掘り下げられたのかもしれない。
音を立てて鳴る心臓を、必死で押さえながらページをスクロールする。
そこには、私の想像を超えた『アナザーワールド』。
その『現実』が記されていた。




