第58話 新しいステージ
ネコちゃんが目を覚ましたのは、倒れてから三十分ほどしてからのことだった。
あんまり遅くなると、おうちの方が心配するだろうなあ。
と、ちょっと気になっていたので、目を覚ましてくれて良かったと思う。
「気が付いた? 具合の悪いところとかはない?」
「あ、れ……。お姉さま? 私、どうして……あっ! フォルティオス!」
跳ね起きて、きょろきょろと周囲を見回すネコちゃん。
目覚めた時に説明しやすいだろうから、と側にいるのは私とフォルティオスだ。
オクルスさんも傍らで膝をついていた。
少し離れたところには、キリアンさんが万が一の時の治療要員として待機していて、店長さんとマヤヤさんもいる。
私なんかより格段に上の『リンカー』達を前にして、私が偉そうに説明するのはすごく気が引けるのだけど。
「倒れる前のこと、覚えてる? ネコちゃんは、フォルティオスとオクルスさんの会話を見て倒れたの。興奮して気を失ったようだ、ってキリアンさんが。
辛いとか、気持ち悪いとかは……ないかな? 大丈夫?」
「はい。今は、どこも、なんとも……。っていうか、本当に本物のフォルティオスだあ」
「うん。黙っててごめんね」
「いいえ、その辺は当然ですから、気にしないで下さい。私としては、こうして本物に会えただけで、ちょっと夢を見ている気分で。まだ少しふわふわしているんですけど、なんとなく状況は分かります。
都市伝説は本当で、特別なカードを引き当てて選ばれた人は、本当の『アナザーワールド』の住人と触れ合うことができるって……」
「そう。私がフォルティオスに、ネコちゃんがオクルスに選ばれたって感じかな」
頭がいいな、と素直に思う。
こんな状況でも、しっかりと推察できる子なんだ。
「フォルティオスがやってきた後を追いかけて、腹心のオクルス君がやってきた、ってことですよね。この世界で動く為には、こっちの世界での協力者が必要で」
「理解が早いね」
「小説とか漫画の定番&鉄板設定ですから!」
想像力が逞しいともいえるけど。
「もし、君が嫌でなければ、オクルスの『リンカー』として面倒を見てやってくれないかな? 僕も君なら信頼できる」
「はい! もちろんです!!」
フォルティオスからの要請に、頬を赤らめたネコちゃんは、一瞬の躊躇もなく答えた。
「『アナザーワールド』が上手でないとダメ、とか言われたら悩むところですけど、さっきオクルス君が言ってたみたいに、強さじゃなくって、フォルティオスが好きで、助けたいって思いが大事なら、私、誰にも負けませんから!」
「私がフォルティオスの『リンカー』なのは変えられないんだけど、いい?」
「ん~。素人の方に納得して頂けるかどうか、分からないんですけど、自分が推しとどうにかなりたい、っていうタイプのオタじゃないんですよね。私。
どっちかというと、推しを助けるモブとか、推しを見守る空気や壁になって、推しが幸せになるのを見守りたいタイプなんです。私は夢小説を書いたり、腐好きだったりもしないし。あ、そういう愛を否定はしませんけど」
「腐? 夢?」
今一つよく分からない。オタク界隈の専門用語かな?
マヤヤさんはケラケラ笑ってる。
「正直、自分がヒロインになって推しとくっつく、って想像すると逆に引いちゃいます。自分にはそんな価値ないなあって」
「そんなことは、ないと思うけど」
ネコちゃんの思いを完全に理解したわけじゃないと思うけど、オクルスさんが言っていた分析が正しいのは分かった。
彼女は自分がフォルティオスを欲しいとか、恋人になりたいとかは思っていない。
ちょっと、ホッとした。
「私は、自分が辛い時、苦しい時でも周りを慮って、それを決して口に出さないで頑張る男の子。
他人に苦悩を背負わせるくらいなら、自分が傷つくことをためらわない、潔すぎる戦士。
そして『星』に生きる全ての人々の為に、我が身を捧げて戦う『救世主』に心から憧れて、彼を見ていたい。そう思ったんです」
「それは……とても光栄なのだけれど。僕はそんな立派な人間じゃないよ。
ただの対インベイダー用壊滅兵器だ」
「い~え。そんなことは誰も思ってませんから。絶対!」
ネコちゃんの熱い語りを聞くフォルティオスは、ちょっと照れたような、そして困ったような顔をしていた。
確かに、自分のことを見知らぬ女の子にこうも思われたら、びっくりするだろう。
でも……。
「私、今、本当に嬉しいです。
フォルティオスの側で、彼を見て、もしかして自分でも助けられるかも、なんて!
だから、オクルスさん!」
「はい。マスター」
「私の方からお願いです。フォルティオスとお姉様の力にならせて下さい。
本当に、私、今は絵を描く以外何にもできないですけど、教えてくれれば『アナザーワールド』も、他のことも頑張って上達してみせますから!」
「感謝します。貴女のその気持ちが僕の力です。どうか、末永くお願いします」
「あ。私のことは、どうかネコって。
呼び捨てOK。マスターって柄じゃないですしね。
敬語じゃなくって、普通の言葉だともっと嬉しいかも!」
「僕は普通に話す言葉がこれなんですが。分かりました。
ネコ。これからもどうぞよろしく」
凄いな。ネコちゃん。
私はこんなに素直に自分の気持ち、言えなかったよ。
ちょっと、羨ましいかも。
そうして、その後は店長さんとマヤヤさんが説明を代わってくれて、ネコちゃんは週に二回を目安に店に通ってくることになった。
それぞれのパートナーを紹介しながらね。
ネコちゃんはカードこそやっていなかったけれど、『アナザーワールド』の世界観が好きで同人誌とかも作っていたそうで、キャラクターなどは熟知していた。
シエロさんや加奈子さんが姿を現すと、目を輝かせていたっけ。
それから、カードに選ばれた話や『リンカー』のことは他言しないこと。
オクルスさんを外に連れ出す時には十分注意すること。
その辺りは、くれぐれも徹底するように言い聞かせられていた。
「はい! 当然ですよね。オクルス君が人間に化けたとしても、絶対に悪目立ちしちゃいますから!」
「どうしてもの時は、この帽子を被らせて。そうすると外でも目立たなくなるの」
そう言って、マヤヤさんはフェアリーハットをネコちゃんにもあげる。
私はバトルしたのに、なんてことは勿論言わない。
「あと、もう少し基本を覚えてからでいいけど、ネコちゃんにも異世界バトルを教えてあげないとね。マヤヤが相手したげるから」
「ええっ! マヤヤさんと!?」
「だって、みっちゃんとだと同色同キャラでかぶっちゃうしねえ~」
「負けてもいいから、最初の対戦はお姉様とがいいです」
「でも、配信されるんだよ。『極秘チャンネル』で」
「ええっ! 『極秘チャンネル』の配信って、そういう意味だったんですか?」
驚くことばかりだと思うのだけれど、順応性は私よりかなり高めと思われるネコちゃんは、頷きながら未知の、新しい世界を受け入れ始めているようだった。
一通りの話を終えた頃には、もう夜の七時過ぎ。
家に電話連絡を入れていても、高校生があまり出歩いていていい時間じゃない。
ここからおうちまで電車で一時間かかることを考えると、なおさらだ。
「マヤヤがネコちゃんを送ってくるよ。上手く説明してくるから任せて!」
マヤヤさんも女性だし、心配は心配だけど、男性に送られるよりはネコちゃんのご両親も安心するだろうということになった。
加奈子さんもいるし、護身用カードもいっぱい持っているって言ってたし。
「すみません。お言葉に甘えます」
「いいから、いいから。大事な後輩ちゃん、ううん。妹の妹ちゃんは大事にしないとね」
ホントに頼りになるお姉様だ。マヤヤさんは。
「平日はそうそう来れないですけど、土日は通ってきますんで、今後ともよろしくお願いします」
「うん。一緒に頑張ろうね」
「はい! あと、雄太さんにもよろしく言っておいて下さい」
純真なネコちゃんに、雄太のことをどう説明するべきか分からず、返事は濁してしまった。
次に来る時までの課題として、考えておこうと思う。
ネコちゃんは気を使えるいい子ではあるけれど、うっかり地雷を踏み抜くこともありそうな気がするし。
そして、もう一つ、私には大事な課題ができた。
公式HPのアナザーストーリーを読むこと。
ネコちゃんは、キリアンさんのパートナーを見て言っていた。
「え? ディアドラ・ディクティムとフォルティオスが師弟関係?
私、フォルティオスはディアドラのことを憎んでいると、思ってました」
そこにはきっと、あるのだ。
私の知らないフォルティオスの物語が。




