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第57話 新しい『リンカー』と残された者

 翌日。

 店休日のカードショップ『エターナルブルー』


 客のいない静かな店内のテーブルを前に、私たちは新しい『リンカー』を見つめ、言葉を探していた。

 私たち、というのは私、雄太、店長さん。それにマヤヤさんと、まだ滞在中のキリアンさんの五人だ。

 新しい『リンカー』というのは根岸都さん。昨日のイベントで出会ったネコちゃんだ。

 学校帰り、電車で一時間かけて来てくれた。


 彼女の前のテーブルには、美しいイラストの『モノウイング オクルス』。


 その背後には、まるでカードから抜け出たような、流麗な顔立ちの片翼天使が立っている。


「プロフェッサーK。

 以前、掲示板でも話題に上がってましたよね?

 『アナザーワールド』はただの創作じゃない。

 実在する異世界をカードという形で覗いていて、選ばれた者はもう一つの世界に触れることができる、って都市伝説があるって……」

「ああ、そんな話が出た時があったね。

 美空ちゃんがフォルティオスを引いた時だ。

 そういえば、あの時いた『ねこ』さんが美空ちゃんとフォルティオスを守って、と言っていたけど、あれは君かな?」

「はい。そうです。

 あの時、みんな、プロフェッサーが『都市伝説なんかない』って言わなかったから、ホントに『アナザーワールド』はあるのか、って大騒ぎになって……」


 私は書き込みをしていないけれど、私のことを、Xで確かにそんな流れがあったと聞いている。


「ホントに『アナザーワールド』はあるんですね?

 そして、私、もしかしたらカードに、オクルス君に選ばれちゃった、ってことなんでしょうか?」

「その通りです。マスター」


 胸に手を当て、静かに告げるオクルスさん。

 左目は革の眼帯で隠されている。髪は薄く淡い金色。

 柔らかで優しい水色の瞳は、深い湖のようで、覗き込むと吸い込まれてしまいそうだ。


「僕はフォルティオス様の傍にあるために、異世界転移の術を会得しました。

 そして共鳴するリンカーを探した時、道が開いたのです。

 フォルティオス様を敬愛し、大切にする思い。貴女の魂と共鳴し、顕現しました。

 どうか、お力をお貸しいただけませんか? 我がマスター」


「そ、それは勿論、大歓迎というか、なんですけど、私でいいんですか? 

 昨日『アナザーワールド』始めたばっかりのド初心者ですけど」

「失礼な言い草になりますが、僕は強さを求めてマスターを選んではいません。

 求めるのはフォルティオス様の力になってくれること。

 貴女は貴女として、あるがままにフォルティオス様を慕い、一緒にあの方を助け、共に在ってくださればいい。

 僕の願いはフォルティオス様が幸福になって欲しい。ただ、それだけですから」

「共に、って……え、もしかして、まさか!?」


「やっぱり、彼女を選んだようだね。オクルス」


 私がカバンからデッキケースとカードを取り出すと、空気が揺れてフォルティオスが現れた。

 スッと流れるような仕草で膝をつくオクルスさん。

 フォルティオスは友達だ、って言っていたけど、オクルスさんは完全に主君に仕える臣下の風情だ。


「やはり、こちらにおわしましたか。フォルティオス様。

 私の勘もまんざらではない様子。

 お会いできて良かったです」

「うん。僕も君が来るなら彼女を選ぶんじゃないか、って思ってた。

 来てくれて、そしてまたこちらで会えて嬉しいよ。オクルス」

「我が忠誠は空が変わろうとも、常に貴方と共に」

「うん、これからも頼む。

 僕の幸せが君の望みだと言ったけど、僕も君を含むみんなを幸せにしたい。

 みんなの幸せが、僕の幸せでもある。どうか、力を貸してほしい」

「我が身命に賭けて」


 絵に描いたような美しい戦士の誓いに、私も思わず魅入ってしまっていたけれど。


「ほ、ホントに、本物のフォルティオス?」

「うん、そうなの。私が引いたカードでフォルティオスが呼び出せるみたいで」


 ネコちゃんは私の説明が耳に入っていないどころか、生きた、本当の『生フォルティオス』に声も出ないようで、目を真ん丸にして硬直している。

 顔も上気して完璧に茹で上がっている。


「ダメ」

「え?」

「尊い。

 生きてる。

 しゃべってる。

 フォルティオスが、目の前に立ってる。

 笑ってる。

 しかも、オクルスと忠誠の誓い。

 幸せになる約束。

 夢みたい。夢じゃない。

 神様、ありがとう。

 ああ……もうホントに、ダメ」

「ネコちゃん!!!」


 そのまま、バッタリと、棒が折れたみたいに倒れたネコちゃんは、意識を失ってしまった。

 満面に幸せそうな笑顔を浮かべたままで。

 彼女を支えたのはオクルスさん。

 触れ合ったと同時に、二人の間のリンク、つながりがぎゅっと強まったのが感じられた。

 私とフォルティオスの時と同じように、完全に繋がった、ということなのだろう。


「キリアン。彼女の具合は?」

「心配いらない。興奮しすぎて意識が途切れただけだ。すぐに目覚める」


 キリアンさんはDrだって言っていた。専門外ではあっても、簡単な診察くらいはできる、ってことなのだろうか。

 座布団を並べた床にオクルスさんがネコちゃんを寝かせると、マヤヤさんが大きく息を吐く。


「うわ~。目の前でリンク契約なんて初めて見た。

 なんだか、凄い」

「自分以外の誰かがリンクする瞬間など、滅多なことでは見られないからな」


 キリアンさんも頷いている。

 そうだね。私も初めてだ。


「でも、ネコちゃん。

 本物のフォルティオスを見て、自分がフォルティオスのマスターになりたかったなんて思ったりしないかな?」

「それは、大丈夫だと思います」

「オクルス」


 幸せそうな顔で目を回しているネコちゃんの髪をそっと撫でながら、オクルスさんは呟く。


「そんなことを思う人物であれば、僕は共鳴しなかったでしょう。

 彼女は誰かを好きになる心、大切にしようという思い、そして大切な誰かのために全力で頑張る優しさを持っている。だから、僕は彼女に惹かれ、呼ばれたのだと思います」


 本当に、パートナーとリンカーは繋がっているのだな、と思う。

 私もネコちゃんはそういう子だと思う。

 口ではいいなあ、と言うかもしれないけれど、私から奪おうなんてきっと考えない。

 フォルティオスに会えたこと、傍にいられることを喜んで、推しの幸せのために全力で頑張る子だ。


 彼女がオクルスさんのリンカーになって良かったと、心から思う。

 彼女が仲間になって嬉しいのも本当のこと。

 でも。


「まさか、こんなに立て続けに新しい『リンカー』が生まれるとは思わなかった。

 十年間かけても全世界で五十人以下しか生まれていない『リンカー』が、ここにきて急に、日本で、立て続けに二人も増えるなんて」

「フォルティオスを追ってきた、という条件下ではあっても希少事例ではあるな。

 K。マヤヤ。

 言葉は悪いが、彼女を野良にしてはおけない。後見を頼むぞ」

「それは、もちろん、かまわないんだけど……」


 マヤヤさんがチラッと視線を送った先には、雄太がいる。

 雄太は傷ついていないだろうか。

 私に続いてネコちゃんと、後から『アナザーワールド』を始めた女の子に追い抜かれたような形になって。


「……俺のことは、気にしなくていいです」


 多分、私と同じ思いを持って雄太を見やるトッププレイヤーたちの眼差しから逃げるように、彼は首を振る。


「オクルスが俺を選ぶことはないだろうな、って、思ってましたから」

「そうだね。悪いがこればっかりは、他人がどうこう言ってなんとかなるものじゃない。

 資質と相手の選択。それが全てだ」


 雄太がぎゅっと唇を引き結んだ。

 努力でどうにかなるものではない。

 だからこそ、悔しい。

 雄太の悲鳴が聞こえるよう。


「……悪い。美空。俺、今日は帰る」

「雄太!」

「明日には、ちゃんと立て直すから。今日だけは、頼むから、放っておいてくれ」

「でも……」

「明日はちゃんと来るんだよ。待っている」

「ありがとう、ございます」

「雄太!」


 店長さんの言葉に小さく会釈すると、雄太は逃げるように店を後にした。


「本当に、こればかりは努力やコネでなんとかできること、してやれることではないからな」

「我が部下を呼んだとしても、あの少年とは合わんだろうし、余計に傷をこじ開けるだけだ。

 今は、放っておいてやるしかない」


 キリアンさんと、姿を現したディアドラさんの言葉を噛み締めながら、私は幸せそうな笑顔で眠るネコちゃんを見つめて。


 これから、どう接しよう。

 どう話していこう。


 そう、真剣に考えていた。

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