第54話 『先生』との出会い 後編
先生。
フォルティオスが、誰かをそう呼ぶのを聞いたのは初めてのような気がする。
教育係だというシエロさんや、加奈子さん、鈴音さんも名前呼び。
教えを乞う相手ではあっても、自分の方が年下であっても。
立場的には対等か、フォルティオスがちょっと上という印象を受けていた。
「どうして、先生がこちらに? 陛下が術の許可を与えたのは僕だけだと思っていました」
「あの大局の見えていない堅物が、許可など出すわけがなかろう?」
「では……まさか」
「勿論、無断で来たに決まっている。
心配せずとも、あ奴の濁った眼には区別などつかぬ」
「まさか、他にも?」
「氷雪公と道化師、それから探検家くらいだな。ああ、あとルミには私の代わりに色々と動いて貰っている」
「氷雪公まで、来ておられるんですか……」
「頭の奥底まで固まってしまった奴だ。我らの行動が知れれば、叛意としか取られぬ。
内密に頼むぞ」
「それは、勿論。『星』と我が身命に賭けて」
だから、フォルティオスが『先生』と呼び、こんなにも緊張した表情を浮かべ、敬意を持って話すのは、本当に特別な人なのだ、と納得できた。
白いドレスにも、結い上げた白髪にも飾り気は少なく、白衣を着た医師か研究者のような印象を受ける。先生、と呼ばれるように、何かを修め、導く立場の方なのかもしれない。
前回の鈴音さんの時は、同じ教導官として気安げだったシエロさん達も、口を挟まず、黙って聞いている。
「背が伸びて、身体も大きくなったが、相変わらず無理をしているな。お前は」
『ディアドラ先生』と呼ばれた女性はフォルティオスに歩み寄り、その白い手を彼の頬に伸ばす。
「子どもの頃から、少しも変わらぬ。
痛みを噛み殺し、自分の中に押しとどめる。
その態度に、我々がどれほど心配していたか、幾度言っても理解せぬな」
「すみません」
「そうさせたのは我々だし、お前のその精神が、お前をフォルティオスたらしめたのも解っている。だが」
白、というより白銀の髪に、血のような紅い瞳と唇が際立つ。
指先も、まるで蝋細工のように真っ白で血の気がない。
でも、フォルティオスの顔を確かめるように撫でるその仕草にも、眼差しにも、指先にも、確かな優しさが宿っているのを私は感じていた。
「研究所にアレが回されてきた時には、血の循環など忘れて久しい我でさえ、血の気が引いた。
自分の身を大事にしろ、と幾度も言ってきた筈だぞ」
「申し訳ありません。あの時は、その……あれ以外にオクルスを助ける方法が見つからなくて……」
「解っている。悪いのはいつもテリオスだ。辛かったであろう?」
「今は、もう平気です。それに、こちらの身は分割体ですから、影響も左程は」
「嘘をつくな」
「! 先生……」
ぱちん、と小さく、でも確かに頬が鳴る音がした。
軽い、優しいものだから、多分痛みはない筈。
でも、フォルティオスには効いているようだ。
彼女の心配と言葉の意味が、多分、十二分に。
「如何にお前の身が完成されていようとも、使命が叶うまで滅びを知らずとも。
お前は生者。傷つかぬ訳でも、痛まぬ訳でもないのだ。
その喜びとありがたみを、もっと知るがいい」
「先生……」
「失ってから理解しても遅いのだ。簡単に取り返しがつくものではないのだぞ」
「……はい。解っています」
「いや。お前は解っておらぬ。もう一度、教育が必要だな。
フォルティオス。私と試合え」
「先生……でも、それは……」
「私はその為にキリアンに無理を言い、ここにやってきたのだ。
向こうでは、私は簡単に城には上がれぬし、お前と試合をするどころか、会話することさえ今は禁じられているからな。あの馬鹿のせいで……」
会話の流れからすると、この女性がいう『馬鹿』って皇帝のことなんじゃないかなって思う。
そして、この女性は『皇帝』に無断でこちらに来られて、『馬鹿』と言えるような立場を持つ女性。
更に『星の救世主』の先生でもある訳で。
帝国の最上位階級の人なのかもしれない。
「返事はどうした? フォルティオス?」
「こちらでの戦闘について、僕には決定権がありません。交渉は、どうか僕の『リンカー』に」
「それもそうか。礼を逸したな」
フォルティオスの促しに、彼女は私の方へ体を向け、深いカーテシーを捧げてくれた。
「お初にお目にかかる。フォルティオスの『リンカー』。
我は帝国の研究者、ディアドラ・ディクディム。どうか、お見知りおきを」
「あ。私は北条美空です。ディアドラさんは、フォルティオスの先生、なんですか?」
「先生と呼ばれるのは、正確ではない。
育ての親、と言いたいところだが、親を名乗る資格もない。あえて言うなら制作管理責任者、というところかと」
「制作……管理」
「酷い言い方であるのは重々承知している。だが、どう言葉を選び、繕っても結果は変わらない。
フォルティオスという存在が、『星』と人が対インベイダー殲滅の為に造り上げた『星の救世主』であることは」
フォルティオスが、ぎゅっと唇を噛みしめた。
今までうすうす感じていたけれど、はっきりとは知られたくなかったのだろう。
どういう経緯を辿ったかは知らないけれど、「造られた」と言われる程だった、自分の成長過程を。
「『フォルティオス』の誕生過程や、我との関係に疑義あらば、ご説明申し上げるが」
「その辺は、別にいいです。必要な事はフォルティオスに聞きますから」
「ほほう」
だから、私ははっきりと告げる。別に気にならないわけではないけど、どうしても直ぐに知りたいわけではない。
聞いていいことなら、いずれフォルティオス自身から聞く。
聞かれたくない事、知られたくない事なら、別に聞かなくてもいい。
「聞いても聞かなくても同じですから。
私にとって、フォルティオスが大事な友達で、家族だってことは。私にできる全力で助ける。それも変わりません」
「これはこれは……。予想以上の返事だ」
微かに目を見開いたディアドラさんは、その表情をそっと緩めて、さらに深いお辞儀をする。
私に向けて。
「『星』が齎した運命と貴女に、心からの感謝を捧げよう。フォルティオスは良い『リンカー』に恵まれた」
「ありがとう……ございます」
周囲を見回してみれば、店長さんもマヤヤさんも、シエロさんや加奈子さんも、ホッとしたような表情を浮かべている。
えっと、とりあえずフォルティオスの先生に、認めて貰ったってこと、なのかな?
「その上で、改めてお願い仕る。フォルティオスと、どうしても一戦交えたく。
向こうで我とフォルティオスが戦うとなれば、どうあっても事は大きくなり、さらには皇帝の耳にも入る。こちらのシステムが、正に絶好なれば」
「それは、構いませんが、どうして? フォルティオスとディアドラさんは同勢力、つまりは仲間同士、でしょう?」
「仲間同士であればこそ。
私は、どうしてもフォルティオスに渡さねばならぬものがあるのだ」
「渡さねばならぬもの?」
フォルティオスの問いに答えを返すことはせず、私に目で問いかけるディアドラさん。
信念と強い意志の籠った瞳に、返す返事は一つしかない。
「解りました。でも、ここだと目立つので、家に戻ってからでもいいですか?」
私の返事に、紅い唇の端が嬉しそうに上がった。
瞳も蕩けるように優しい。
「了解した。感謝申し上げる」
「マヤヤも付き合ったげるから、しっかりね。みっちゃん」
「キリアン。ホテルがキャンセルできるなら、僕の家に。その方が騒ぎにならずに済む」
「解った。甘えさせて貰おう」
「雄太。協力してくれる?」
「ああ」
そうして、ディアドラさんはフォルティオスを見つめる。
「……先生」
「手加減などするでないぞ。フォルティオス。
其方が相手にするのは、ネクロマイスター、ディアドラ・ディクディムなのだからな」
こうして決まった四回目の異世界バトル。
この戦いは、私にとって初めての、そして忘れられないものとなったのだった。
【極秘チャンネル@アナザーワールド】
『「リンカー」バトルの配信を開始します』
『対戦カード ナハティガル VS レディM』
『パートナーカード ディアドラ・ディクディム & フォルティオス』




