第53話 『先生』との出会い 前編
「そんじゃま! マヤヤの秋トーナメント優勝とみんなの活躍を祝して! かんぱーい!」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
静かな個室に、マヤヤさんの明るい声と、コップが触れ合う軽やかな音が鳴り響いた。
「こういうのは、自分で言うものでもないと思いますが?」
「だって、京ちゃんに任せると絶対に嫌味が入るし~、みっちゃんや雄太君にやらせるのも悪いじゃない」
「本当に妙なところで、妙に気が回るんですから。僕としては、先輩が資格を取り逃してくれると色々と楽になるので、ありがたかったのですが」
「ほら、そういうところだってば!」
「相変わらずお前達は仲がいいな」
「別に仲が良くはないですよ?」
「そうだよ。京ちゃんとマヤヤは仲良し~」
キリアンさんのツッコミに、異句異音の、でも息の合った返事が返る。
二人を見るシエロさんと加奈子さんは、心底嫌そうな顔をしているけど。
なんだかんだで仲がいいし、同じものを見ているのが解る感じで、ちょっと羨ましい。
私も雄太とこんな風に、いつまでも仲良くやっていけたらいいな、って思ってしまう。
「まあ、ここの払いは僕が持ちますよ。
みんな、好きなものを頼むといい。キリアンも遠慮しないで」
「ありがとうございます」
「そうだな。悪いが甘えさせて貰おう。喉が渇いたからビールを」
「マヤヤはアイスコーヒー! ほらほら。みっちゃんも雄太君も遠慮しないの!」
「先輩は少し遠慮して下さい」
「え~、祝勝会なのに。京ちゃんのケチ」
私達はイベントが終わった後、近くのカラオケに移動して、マヤヤさんの秋トーナメント優勝祝いとお疲れ様会を行うことにした。
途中から実体化したフォルティオス、加奈子さん、シエロさんを加え、さらに秋トーナメントの会場で出会ったキリアンさんも誘って、八人の大所帯だ。
イベントが終わった後、サンシャインシティで遊ぶことも考えたのだけど、
「み~っちゃん。マヤヤ、ちょっとお腹すいちゃったからさ。先にご飯にしよ!」
と誘われたので、今回は見送り。
フォルティオスとのデートは、またの機会の楽しみにとっておこう。
ちなみにネコちゃんとは、サンシャインを出た所でサヨナラしたけど、別れる前にLIINとメアドの交換をしたし、
「何かあったら、直ぐに連絡を。出来る限りのことは力になるから」
「マヤヤも個人用のLIIN教えてあげる。あんな馬鹿兄ちゃんに負けちゃダメだよ」
と、私より力強いお二人も後ろ盾になって下さったから、少しはこれからの助けになると思う。
「お姉様。今度は店長さんのお店にも行ってみますので、また遊んで下さいね」
そう慕ってくれたのが、とても可愛いし、嬉しい。
ちなみに彼女は隣県在住だそうだ。
私達のホームタウンから電車で一時間ほど。あの馬鹿兄は進学の為、関西で一人暮らし中だそうだ。困った事にならないといいなあ。
そして、本当に遊びに来てくれたら、いっぱい楽しみたいと思ったのだ。
さて、考えてみれば、私もイベント中は大会に夢中になっていて、食事とか全然しなかったので、お腹はすいた。
マヤヤさんが思うままに色々と注文しているので、私もちょこっとリクエストしたりしているうちに、テーブルの上はピザにたこ焼き、ポテトに唐揚げ、焼き鳥と、ご馳走でいっぱいになる。
みんなにドリンクも行き渡り、乾杯も終わって、フードに手を伸ばし始めた頃。
「どうしたの? フォルティオス? 食べないの?」
私は、フォルティオスがドリンクにもフードにも手を付けていない事に気付いた。
どうしたんだろ? こういうジャンクフード、けっこう好きな筈なのに。
「いや、何でもないよ。心配かけてすまない。
ちょっと食欲がないというか、気になることがあって……」
「気になる事?」
フォルティオスの惑うような視線の先を追ってみれば、そこにはキリアンさんがいる。
「はあ~。こんなに落ち着いて酒を飲めるのは久しぶりだな。
日本のビールはドイツのと違って軽いから、水のように飲める。
すまないが、もう一杯頼んでいいか?」
「相変わらずの酒豪だね。でも、まさか三番手が君だとは思わなかった。ドイツからは遠かっただろう?」
「ああ、飛行機で十二時間は辛いな。新弾発売とイベントに合わせて一週間の休みを貰ったが、帰ったら、また冬まで大学を出られそうにない」
「大学? 大学生でいらっしゃるんですか?」
お酒を飲んでいるから成人なのは間違いないけど、てっきり店長さんと同年代だと思っていた。
大学、という意外な言葉に首を捻った私に、違う違う、とマヤヤさんが手を振る。
「キリアンはね、大学の研究員なのよ。所謂Dr.ね。教授にはまだなってなかったっけ?」
「大学に縛られると、なお自由時間がなくなるからな」
「僕らが君と知り合ったのは、PhD。博士課程時代だったよね。
生物学の研究員が『アナザーワールド』をやってる、なんて驚いたけど。
あれから論文も随分出しているみたいじゃないか?」
「生物の細胞の老化と復元について、っていうのはマヤヤもちょっと見たよ。
アンチエイジングは女の子にとって永遠のテーマで夢だからね。
もう少し具体化できたら、ノーベル賞の候補にもなるんじゃない?」
ノーベル賞。
なんか『アナザーワールド』よりも、私にとっては異世界の話だと思ってたけど、そんな世界を生きる人が目の前にいるなんて、ちょっと凄い。
「いい研究テーマとパートナーが側にいるからな」
「パートナー……」
キリアンさんの横で、やっぱりドリンクを弄んでいた雄太が顔を上げる。
ずっと問おうか、止めようか迷っていた顔だ。
「キリアン・アーベントロート。ドイツチャンプがわざわざ半日以上の時間をかけて日本に来た理由は、やっぱり美空とフォルティオス、ですか?」
「ふむ。君は知っているのだね?」
キリアンさんが雄太を見やる。紫水晶のような鋭い瞳は、揺るぎなく、強く。
雄太を見定めているようだ。
「部外者がいるから慎重になろうかと思ったが、考えてみれば、三人の異世界人が君に躊躇なくその姿を晒し、三人の『リンカー』が止めることなくここに君を招き入れている。
ということは、君を信頼して全てを明かしている、ということ。余計な心配だったか」
ピクン、と雄太の肩が揺れたのが解る。
部外者。
その言葉が刺さったのだろうと解るけれど、私には何と言えばいいのか解らない。
解っているつもりだ。
池袋近辺には美味しい食堂が山ほどあるのに、わざわざ防音の効いた個室にやってきたのは、他の人には聞かれたくない話があるから。
今年のトップテンは全員、パートナーを持つ『リンカー』。
つまり、彼も『アナザーワールド』のパートナーを持つ人なのだ。
空のジョッキをテーブルに置き、立ち上がった彼は、
「その通り」
胸に当てた手を、虚空に向けて翻す。
ふわり、と空気が揺れるのは、もう慣れたパートナー出現の気配。
「私は、パートナーの要請、いや、願いによってここにやってきた。
フォルティオス。君とその『リンカー』に会う為に」
ガタン、と私の横でテーブルが揺れる音がした。
「ディアドラ、先生……」
「久しいな。フォルティオス。元気そうで何よりだ」
立ち尽くす彼の視線の先には、白い女性がひっそりと。
静かな笑みを浮かべ、立っていた。




