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第51話 『お姉様』と私

 世界展開されて人気のあるTCG『アナザーワールド』


 それ自体は、台湾から承恩さんが来た時から解っていた。実はこの会場にも少なくない外国の方がいらっしゃることは、買い物やイベントを通して少し知っていた。

 でも、まさかそんな方の一人が私達に関わり、そして私を助けてくれるなんて、思ってもいなかった。

 というか、誰だろう。この方。

 オールバックの金髪に理知的な瞳。見るからにかっこいい、この青年男性は?


「大丈夫かい?」

「あ、店長さん!」


 彼に少し遅れて駆け寄ってきたのは、店長さんだ。


「すまない。油断していた。

 ……君、これ以上の弱い者いじめは、お互いに良い結果にならないと忠告する」


 私達と馬鹿の間に立ちはだかってくれる。

 もう一人の外国人さんと一緒に。

 店長さんは有名人。

 流石の馬鹿も誰なのかは悟ったようで、言葉の勢いは明らかに弱くなる。


「外国人の後はK? な、なんだよ。俺はただ、妹と話をしていただけだぞ……」

「妹とはいえ、暴力を伴う脅迫を、通常『話をしている』とは呼ばない。K?

 日本では違うのか?」


 店長さんの隣で、私達を助けてくれた外国人さんが辛辣な口調で告げる。

 綺麗でよどみのない日本語だ。馬鹿の話す言葉より、よっぽど心に響く。


「違わないよ。キリアン。

 女性に対して暴力をふるうのが悪辣なことも、万国共通だ」


 どうやら、この外国人さんとも店長さんはお知り合いのようだ。

 本当に顔が広い。と思いかけて気付いた。

 そうか。この人も『アナザーワールド』のトッププレイヤーさんなんだ。

 店長さんは世界ランキングの上位にいる。ランキングに名を連ねるプレイヤーの大半は、外国の方の筈だしね。


「君も、ジャッジを呼ばれて退場処分にされるのは本意ではないだろう?

 退きたまえ。

 勿論、彼女達と、彼女達のカードに対する手出しも許さない。特にフォルティオスについては、所持者本人の意思に反する移動があれば、弁護士を交えた法的手段もありうると告知しているからね」

「弁護士?」


 圧倒的に不利な立場にいると気付いたのだろう。

 さらに、周囲から集まる視線も、彼を責めるものが増えつつある。

 店長さんには言い返せず、馬鹿はネコさんにだけ目を向けた。


「くそっ! ネコ! 帰ったら覚えてろよ!」


 芸のない捨て台詞を残して去って行った。

 ホッと一安心。

 でも。


「帰ったら、か」

「これは、とりあえずの対処でしかないな。すまない。

 君は今後も彼と付き合っていかないといけないのだろう。彼が顔を潰されたと感じて、君をより危険な目に遭わせるかもしれない。K、なんとかできないか?」


 私と同じことを思ったようで、キリアンさん? は、ネコさんに手を貸して立たせながら、心配そうに声をかけてくれる。

 でも、ネコさんの表情は、私達の心配をよそに晴れやかで、瞳には強い光が宿っている。


「大丈夫です。助けて下さって、ありがとうございました。

 いつものことですし、兄も今は家を出ているので、両親などに相談してみます」

「どうしてもの時は連絡を。

 弁護士に間に立ってもらうこともできる。ああいうタイプは弱い者には強気だが、自分より上の相手には強く出られないことが多いから、少しは抑止力になるかもしれない」

「はい。どうしてもの時はお願いします」


 店長さんも、そう励ましてくれた。

 私には何にもできないなあ。

 そう思って、自分の無力を噛みしめていた私に、


「ありがとうございます。美空さん。いえ、お姉様!」

「はい?」


 ネコさんが、ぎゅっと抱き着いてきた。

 え? 『お姉様』?


「私、今までお兄ちゃんが怖くって、『アナザーワールド』をずっとやりたかったのに、できなかったんです。

 でも、美空さんが『やりたいことを我慢する必要なんてない』って言ってくれたおかげで、勇気が出ました。これからは、お兄ちゃんに怯えずに立ち向かっていこうと思います。

 それで、お願いなんですけど、お姉様って呼んでもいいですか?」


 胸の奥が温かい。

 何にもできなかったと思っていた私の言葉が、この子には届いていたんだ。

 純真で、曇りのない瞳が私を見つめている。


「でもお姉様?」

「私、ずっと憧れていたんです。

 お兄ちゃんがあんなだから、優しくて、私を助けてくれる『お姉様』に。

 私が勝手に思うだけ。ご迷惑とか、おかけしませんから!」


 その言葉に、ふと頭を過ったのは、私の頼りになる二人の『姉』。

 ずっと私のことを心配して支えてくれた、風華お姉ちゃんとマヤヤさんのことだった。

 いつも私を心配して守ってくれる二人が、私に与えてくれていた優しさを、私も誰かに返したいな。って。


「私、何の力も強さもないですけど」

「そんなことないです! 強くて、優しくて!

 私、『アナザーワールド』は絶対に辞めません。続けますし、お姉様みたいなプレイヤーになりたい。いや、なるって決めましたから!」


 なんだか、過大評価が過ぎる気がするけれど、私達を見る店長さんや周囲の視線も、なんだか妙に生暖かいし。

 うん、まあ、いいかな?

 私もこんな可愛い妹が欲しかった。


「いいですよ」

「ホントに? いいんですか?」

「私なんかで良ければ。

 お姉様、というよりも、一緒に『アナザーワールド』を楽しんでいく友達の意味でですけど」

「はい、それでいいです! よろしくお願いします! お姉様」


 すりすりと頭を寄せて慕ってくれる笑顔が、凄く愛おしい。

 マヤヤさんが私にあれやこれやと世話を焼いてくれる気持ちが、なんかわかるかもだ。


「いや、いいものを見せて貰った。日本はいいな。K」

「日本というより、この二人が、だね」


 いけない。すっかりネコちゃんのお姉様発言に我を忘れてしまったけど、ちゃんとお礼を言ってなかった。

 音に出すなら、くすくすと柔らかい笑みを浮かべるお二人に、私は頭を下げた。


「すみません、店長さん。助けて頂いたのに、お礼も言わないで」

「いや。僕も暫く様子を見ていたんだけどね。君達の様子なら大丈夫かと思って、目を離してしまったから。怖い思いをさせてしまって、すまない」

「私のこと、見てて下さってたんですか?」


 気が付かなかった。全然。


「フォルティオス目当てに君に近づこうとしてくる奴らは、そこそこいたよ。

 でも、君達があんまり楽しそうだったから、割り込めなかったみたいだ。

 ああ、でも、カードの取り扱いは慎重に」

「はい。すみません」

「お姉様は悪くないです。私が無理を言ったから」

「彼女らに落ち度はないぞ」

「うん。状況は見ていたし、僕も君なら大丈夫だろうと思って、気を抜いたのもある。そこを責めている訳じゃないから、気にしないで」


 頷きながら、店長さんは思い出したように、傍らに立つ男性を紹介してくれた。


「ああ、美空ちゃん。それから、ネコちゃん、だっけ?

 今更だけど紹介するよ。彼はキリアン・アーベントロート。

 ドイツ人で、今年のトップテンの一人だ」

「よろしく、レディ達。黙って様子を窺うような形になってすまない。

 Kもさっき言っていたが、常日頃、研究室に籠っている身としては、君達の笑顔があまりにも眩しくてね。もしよければ……」


 キリアンさんが何かを言いかけた、その時。

 会場の奥で、花火が弾けるような歓声が上がった。


『皆様にご報告いたします。秋トーナメントの優勝者が決定いたしました』

『やっほー! みんな~、聞いてる~。マヤヤで~す! 今年の秋トーナメント、とっちゃいましたあ~!』


 放送の向こう側。

 私の尊敬する『お姉様』、マヤヤさんの満面の笑顔が見えた気がした。

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