第47話 小さな変化
翌朝、私達はいつもより少し早めに起きて準備をした。
昨日は服選びと、その後のデッキ調整で、やっぱり夜更かししちゃったから。
ここから駅まで徒歩十分。雄太や店長さんとは駅で待ち合わせることになっていた。
池袋のサンシャインシティで行われるカード祭りは十時開会。
大会開始は十時半からで、秋トーナメントの予選通過者は待機列に並ばずに入場できる。
それでも、こちらを八時には出たいところだ。食事や準備の時間を考えて六時に起きると、
「おはよう、みっちゃん。早起きさんだね」
「台所を借りている。朝食は用意してやるから、早く準備をしてしまえ」
既に起きて準備を整えていたマヤヤさんと加奈子さんが、明るく声をかけてくれた。
「おはようございます、マヤヤさん。今日も可愛らしいドレスですね」
「褒めてくれてありがと。年甲斐もなく、って京ちゃんはいじわる言うけど、好きな服着て何が悪いって言うんだろうね?」
「はい。とってもお似合いです」
マヤヤさんの今日のドレスは、赤を基調にしたロリータ風ドレス。フードのついたケープというかカーディガンが、まるで赤ずきんちゃんのようだ。
フリルたっぷりで可愛らしいイメージだけど、ベストの黒が効いていて、どこか可愛いだけではない魔女っぽさも漂う。
ファンタズマウィッチの名前にぴったりだ。
「みっちゃんも、とってもよく似合っているよ。
レディM、って感じ、よく出てる」
で、私は昨晩、マヤヤさんに貰ったドレスを着てきた。
何枚か貰った中でも一番のお気に入り。黒い燕尾服風のジャンパースカートに、白のハイネック七分袖ブラウス。
カードゲームの大会というのを少し意識して、カジノディーラー風だ。でも、艶のないスーツ風の生地でできているから、そんなに悪目立ちはしないと思う。
襟元のベルベットのリボンと、ロングフィッシュテールスカートの赤い裏地がお気に入り。普通に立っていると黒いドレスに見えるけれど、歩いた時にちらっと赤色が見えるのが、とっても可愛い。
窓のガラスの前で少しだけ身体をひねると、スカートの裏の赤が覗いた。
それが嬉しくて、もう一度だけ、同じように動いてみる。
銀十字のイヤリングとエンブレム風のバレッタも、おしゃれで好き。
ずっと、こんな服を着てみたかったのだ。
「じゃあ、仕上げのメイクするから、こっちに来て」
「はい」
「みっちゃんはさ、まだ高校生だから、そこまでメイクに凝らなくてもいいと思うけど、最低限のスキンケアや口元、目元のお手入れくらいはしておいた方がいいと思うよ。こういうのって、やればやっただけ、後に返ってくるんだから」
「そうですか? 私、人に外見を褒められたことなんて一度もないですから、やってもそんなに変わらないと思いますよ」
「みっちゃんは可愛いよ。もっと自信を持った方がいいってば!」
化粧水に乳液、下地をつけてからファンデーション。
眉を整え、ラインを書き足す。リップは輪郭をとって、チークは軽く。
「今日はマヤヤがやってあげるけど、覚えて自分でもできるようになってね」
そんな会話をしながら、私がマヤヤさんにメイクして貰い終わった、ちょうどその時。
二階からフォルティオスが降りてきた。
「おはよう。あ、れ? 美空……?」
「おはよう、フォルティオス。今日はよろしくね」
振り返って、いつものように挨拶しただけなのだけれど、なんだか入り口に立ち尽くしている。
硬直している、と言った方が正しいのかもしれないけれど。
「ほら、フォルティオス。ぼーっと突っ立っていないで何か言え。
美しく装った自分の『リンカー』に驚いて、声も出んか?」
加奈子さんの煽りは、完全にからかいだったのだろうと思う。
でも、
「うん。すごく綺麗だ」
「え?」
フォルティオスは、どこかぼんやりしたような眼差しで、素直に頷いた。
「僕は今まで、君の外見をちゃんと見ていなかったみたいだ。ちょっと感動している。
帝国の美姫や貴婦人の誰よりも、君の方が綺麗だ。
加奈子の言う通り、今はなんだか頭が働かなくて、適切な褒め言葉が出てこないんだけど」
「そ、そう? ありがとう。
男の子に外見を褒められたことなんて初めてだから、ちょっと嬉しいな」
十人並み、普通、ブスではないけど目を引くところはない。
それが今までの私の評価だった。
だから、男の子に真っすぐな眼差しで見つめられ、褒められると、なんか照れる!
「ほーらね。だから言ったでしょ。みっちゃんは可愛いって」
「自己肯定感の低さは似た者同士か。マヤヤの半分でもいいから図太くなれ。
多分、少し生きやすくなるぞ」
「うんうん。自分に自信を持つの、大事だよ」
「お前はもう少し殊勝さを知れ」
相変わらず仲のいい二人の掛け合いを聞きながら、私は、まだちょっと呆然としているフォルティオスの手を引く。
「ほらっ! 早くご飯食べよう。昨日の残りのいくら、貰ってきてるんだから。早く食べないとなくなっちゃうよ」
触れた指先が、一瞬だけ強張った。
不思議に思って見上げると、フォルティオスは私と繋いだ手に目を落としている様子。
「ああ。ありがとう。今行くよ」
胸の、心臓のある辺りで何かを掴むような仕草をして、フォルティオスは大きく息を吐く。
呼吸を整えた後の眼差しからは、さっきの動揺はもう消えているように見えた。
でも、私に向ける優しい笑顔からは、私という存在を肯定してくれているのが解って。
新しい服、着てみてよかったな、って素直に思えたのだ。
これからも、ちょっとずつ勇気を出して前に進んでみよう。彼の眼差しに応えられる『リンカー』でいられるように。
軽いコートを羽織って、これもマヤヤさんがプレゼントしてくれたハンドバッグに、お財布と小物、そしてデッキを入れて、私とマヤヤさんは家を出た。
今日は加奈子さんもフォルティオスも、カードに戻って貰っている。
何せ『アナザーワールド』の大会だからね。誰がどこで見ているか解らない。
承恩さんも仕事の区切りがついたら来ると言っていたし、他の『リンカー』も来るかもしれないし。
「でも、大会が終わって大丈夫そうなら、一緒に遊ぼうね」
(「ああ、楽しみにしているよ」)
雄太は隣の家だけど、今日は店長さんに先に相談したいことがあると言っていたから、駅で待ち合わせ。
改札の前に着いた時には、もう二人が待っていた。
店長さんは、少しラフに着崩してはいるけれど上質だと解るスーツ姿で、アタッシュケースを持っている。
一方の雄太は、普段とそんなに変わらないパーカーとジーンズだ。
肩に背負った鞄には、きっとデッキが入っているのだろう。
トレードしたいから多めにカードを持っていくとも言っていたし。
ちなみに、私のハンドバッグに入っているデッキケースは一つだけ。
まだ、ダブりカードをトレードに出せるほど、余分なレアカードを持ってもいないから。
「おはようございます、店長さん。おはよう、雄太」
「おはよう。へえ、おニューの服か。いいじゃん」
意外だけど、雄太は私のイメージチェンジにちゃんと気付いたようだ。
素直に褒めてくれた。
「おはよう。そのドレスは先輩の見立てですか?」
「そう! 似合うでしょ? 可愛いでしょ? 素材がいいから頑張っちゃった」
「ちょっと、目立ちそうで恥ずかしいんですけど」
「いや、よく似合ってる。流石、先輩の見立てだね」
「ありがとうございます。なんだか、自分じゃないくらいに可愛くして貰って、フォルティオスだけじゃなくって、みんなに褒めて貰って、凄く嬉しいです」
雄太が、鞄の肩紐を握り直した音がする。
何か言いかけたようだったけれど、その前に店長さんが口を開いていた。
「今回に限っては、少し目立つくらいの方がいい。後は、背中を丸めず、胸を張って」
「はい」
店長さんも、マヤヤさんと同じようなことを言う。
今回が大きなカードゲームイベント初参加の私にはぴんと来ないけど、そういうものなのかもしれない。
「それじゃあ、行こうか。
雄太君。美空ちゃんを頼むよ」
「……」
「雄太君?」
「あ、なんでもないです。すみません。
行くぞ、美空」
「あ、待って!」
先に進んでいく皆の後を、私は追いかけた。
初めての世界に向かって。
雄太の思いにも、私達を見つめる昏い眼差しにも、今はまだ気付くことなく。




