第46話 マヤヤさんのお土産 後編
私をソファの上に押し倒したマヤヤさんは、私の両手首を頭上で押さえて、にんまりと笑う。
「マヤヤに身を任せて。いい子だから。
ちょっと、目を閉じて。そうそう。何も怖くないよ~」
「なんで、そんな変な言い方するんですか!」
「マヤヤ! 一体何を! 加奈子! 放してくれ!」
「女同士のあれこれに男が口を出すな。真矢。遊んでないで、とっととやってしまえ。
あまり遅くなると明日に差し支えるぞ」
「りょーかい。ってなわけで、みっちゃん。ちょーっとじっとしててね。すぐ終わるから」
マヤヤさんの纏う空気は、口で言うほど怪しくないし、いわゆるそういう危ない意味で言っているのではないと解っているけれど。
上からの重みに抗えず、きゅっと目を瞑った私の唇に、すーっとナニカが触れて線を描いた。
「え?」
目を開けると、眼前のマヤヤさんの手に握られているのは……ルージュ?
「うーん、やっぱり思った通り、みっちゃんにはピンク系の色がよく似合う。肌も白くてピチピチ。いいなあ。羨ましい♪」
「えっと、一体何を?」
「お化粧。みっちゃん、ちゃんとしたメイク、したことないでしょ?
みっちゃんに似合いそうなドレスも買って来たから、ちょっと着て見せて。それに合うメイクをマヤヤが教えてあげるから」
「お化粧に、ドレス、ですか?」
「そう。なるべくみっちゃんに似合って、普段の私服ともあんまり喧嘩しなさそうな服を用意したつもりだけど、趣味じゃなかったら言って」
そう言って、私の上から降りたマヤヤさんは、スーツケースの蓋を開ける。
中からは淡いピンクのメイクケースと、ガーメントバッグに入った何着もの服が出て来た。自分用のものもあるのだろうけれど。
「これなんか、ぜーったいにみっちゃんに似合うと思うんだ!」
上の方の何着かは、どうやら私用だったらしく、自慢げに見せてくれる。
私もソファから身を起こして、テーブルの上に並べられたそれらを見せてもらった。
実を言うと、私はあんまり、フリルいっぱい、とか、キラキラ、ラメラメとかは好きじゃない。
むしろ、可愛いよりもカッコイイが好み。
だから騎士系のエーヘルシトに目が行っていたのだけれど、そういう服は自分には似合わないと思っていたし、買う勇気もなくって、いつも定番のシャツにロングスカート。それにカーディガンくらいだった。
肌のお手入れも化粧水をつける程度。お化粧はリップくらいで、殆どしたことがないし、目立たない色を選ぶことが多かった。
でも、マヤヤさんが見せてくれた服は、どれもちょっとシックで、アンティークな雰囲気。
それでいてフェミニンな可愛らしさがあって、マヤヤさんのイメージとはまったく違っていた。
というか、私の好みのストライク。
どこにこんな服、売ってたんだろう。
「こっちはベストとベルト、フィッシュテールスカートの組み合わせが、ちょっとカジノのディーラーっぽいでしょ?
これはバックリボンのベストとオフショのブラウスが可愛いし。あんまり目立ち過ぎないのがいいなら、こっちかな? 重ね着風だけど、胸元の切り替えがおしゃれだし」
「どれも、凄くステキです。でも、私はマヤヤさんと違って、そんなに前に立つわけじゃないですから、ここまでおしゃれしなくても」
マヤヤさんが選んでくれたドレスは、どれもとってもステキで。
派手過ぎず、でも確実に目を引くだろうな、というものが多かった。
今まで、自分では気に入っても、積極的には選んでこなかったタイプのものばかりだ。
でも、私がそう首を横に振ると、マヤヤさんの瞳がふっと真剣な光を宿す。
「ダーメ。っていうか、余計なお世話だけど言うね。
明日の秋トーナメント、間違いなく一番注目されるのは、優勝者とかではなく、みっちゃんだから」
「え? 何でですか?」
「フォルティオス」
「!」
「ネットであれだけ騒ぎになったでしょ?
今までは一般人として顔が表に出てなかったけれど、明日、大会に出れば、いやおうなしに注目されるし、顔バレもする。
ヤバい連中が本気で仕掛けて来れば、身元バレだってしちゃうのよ」
「あっ……」
やっと、マヤヤさんの危惧が解った。
今のスマホとSNS全盛の時代。
一度、表舞台で顔と名前が知れれば、簡単に身バレしてしまう。
店長さんの店は客層が比較的いいから、お客さん達も、最初の時を除けば私の事を晒さないでくれているし、その後、名前や顔をネットに上げられることも無かった。
でも、会う人が増えれば増えるほど、そうでない人が混ざってくる可能性は上がってくる。
「カードゲームっていうのは、どうしても男の人が多い社会だからねえ。
若い女の子には入りづらいし、せっかく入って来てくれたのに、加減の解らない男に絡まれて、嫌な思いをしてゲームをやめちゃうってこともよくあるんだ。
勿論、普通の人や、いい人の方が圧倒的に多いんだけど、ダメなところほど目立つし、ヤバい奴ほど声がデカいしね」
「そうですか……」
「みっちゃんにはマヤヤや京ちゃん、雄太君もついているけど、いつも一緒にいてあげられるわけじゃない。フォルティオスがいても、助けられない時や、助けに出てくることそのものが危険な時もある。
だからね。みっちゃんには、自分の身を自分で守ることを考えて欲しいんだ」
「自分の身を、自分で……」
「殴ったり、相手を攻撃したりって意味じゃないよ。
女の子にとって可愛いはりっぱな武器だから。
もちろん、おしゃれだけで身を守れるわけじゃないけどね。
マナーを守って、周りの人にもいい印象を持ってもらう。そうやって味方を増やしておくのも、自分を守る方法の一つなんだよ」
「はい」
マヤヤさんの言いたいことは、解る気がする。
隙を作らない事。そして、周囲を味方につける事が大事だと言っているのだ。
私なんかがおしゃれをしたところで、そんなにはっきり効果が出るとは思わないけれど、少なくとも、侮られたり後ろ指をさされたりするようなことにはなりたくない。
私は、フォルティオスが選んでくれた『リンカー』なのだから。
せめて、彼のマスターとして恥ずかしいと思われないように。
人前に出た時に、自分で胸を張れるようにはなりたい。
「はい。マヤヤさんの言う通りです」
「そういう訳で。明日は思いっきり可愛くしていこうね。
本番のお化粧は、明日マヤヤがやってあげるから今日は服を決めちゃおう。
可愛い女の子が、可愛い格好をするのを見るのは、心が癒されるしね。 福利厚生福利厚生。
服は全部プレゼントするつもりで持って来たから、貰ってくれると嬉しい」
「解りました。でも、いいんですか? こんなにステキなドレス、たくさん」
「プレゼント+宿代だから、遠慮しないで。返されてもマヤヤには着られないから」
「ありがとうございます。大事に着ます」
私達の会話が落ち着く頃には、加奈子さんもフォルティオスの拘束を解いていた。
体格が全然違うのに、男性を押さえ込めるって、やっぱりファンタズマの素の力って凄いのかも。
「解ったか? フォルティオス?」
「だったら、最初からそう言ってくれればいいのに」
「マヤヤの性格は矯正のしようがない。諦めろ」
「君の『リンカー』だもんね」
「どういう意味だ。まあ、いい。
……お前はもう戻って、先に休んでいろ。無理をするな」
「僕は、平気だけれど、そうだね。ありがとう。
美空。悪いけど、僕は先に休ませてもらうよ。
明日の衣装合わせをするなら、レディの着替えを覗く訳にもいかないしね」
「うん。おやすみなさい。明日、またよろしくね」
「おやすみ。また明日」
フォルティオスが寝室に戻ってしまうと、もう遠慮する必要がなくなったからか、マヤヤさんと加奈子さんのテンションはさらに上がった。
私はお二人に、それはもう思いっきり、着せ替え人形にされてしまったのだ。
何度も着替えて、可愛いアクセサリーもたくさんつけさせて貰ったし、メイクの仕方も教えて貰った。
自分が着たことのない服を着るのも、今まで自分が本当に何にもしてこなかったんだなあ、と思い知るのも恥ずかしかったけれど。
でも、恥ずかしい思いをしただけのことはあったと思う。
翌朝。
フォルティオスが目を見開いて驚く、その表情を見たら、十分にそう思えた。




