第45話 マヤヤさんのお土産 前編
マヤヤさんが街にやってきたのは、秋トーナメント前日の夕方だった。
私は雄太とフォルティオスと一緒に、駅まで迎えに行った。
改札の向こうに、お二人の姿が見える。
私達に気付いたらしく、大きなトランクを引いたマヤヤさんが、満面の笑顔で手を振ってくれた。
「やっほー! みっちゃん! 一か月ぶりだね? 元気してた?」
「はい! マヤヤさんもお元気そうで何よりです!」
「マヤヤはいっつも元気だよ! また今夜もいっぱいおしゃべりしようね!」
「はい! 楽しみにしてました。良かったら、新しいデッキも見て下さい」
「あれ? いいの? 明日はマヤヤとみっちゃん、ライバルだよ?」
「マヤヤさんと初戦で当たるなら、素直に諦めます。
全力は尽くしますけど、あの時からデッキを大幅に改変したので、バランスとか見て欲しい気持ちの方が強くって」
「嬉しいなあ。おっけー。任せて。んじゃ、とりあえずは京ちゃんの店に行こ。
美味しいお土産、いーーっぱい送ってあるから。今日はちゃんちゃんパーティにしよ!」
「ちゃんちゃん?」
店に戻ると、店長さんが腕を組み、いつもの困ったような、呆れたような顔でマヤヤさんを出迎えた。
「先輩。いつも言っていますが、事前にちゃんと連絡をして下さい。僕の店は宅配ボックスじゃないんですよ」
美味しいお土産をいっぱい、と言った通り、マヤヤさんは北海道から、お菓子や海産物を店長さんの店にたくさん送って下さったようだ。
バックヤードには、白い発泡スチロールの箱が三つと、段ボール箱が二つ積まれていた。
発泡スチロールの箱には、魚介類がいっぱい。サンマにエビ。
特に、パンパンにお腹が膨らんだ秋鮭は、見事というしかない。
段ボール箱の中には、北海道銘菓がぎっしり詰まっている。八花亭とか、ライズとか、ホワイトな恋人達とか。
「めんご、めんご。定期配信や、秋トーナメントの打ち合わせで忙しくてさ。
京ちゃんの分もちゃんとあるから、食べていいよ」
「勿論、ありがたく頂きます。ただ、丸のままの鮭は見事ですが、僕の手には負えません。捌いて頂けますか?」
「任せて! 最初からそのつもり。
今日はクッキングマヤヤ! だよ。お菓子はお店の子にも分けてあげてね」
パチン、とウインクをしてポーズを決めるマヤヤさん。
けっこう料理がお上手なのは、この間のお泊まりで知っていたけど、こんな大きな鮭まで捌いちゃうのか。
「今日は店で夕ご飯を出すと、おうちに連絡するから、雄太君も食べていくといい。
こう見えて、先輩の魚料理は絶品なんだ。特に、鮭のちゃんちゃん焼きといくらの醤油漬けはね」
「特製みそだれと、いくら用の合わせ醤油も持参しているよ~。ほっぺた落ちても知らないぞ~」
さっきの『ちゃんちゃん』は、『鮭のちゃんちゃん焼き』のことだったのか。
名前はよく聞くけど、食べたことはない。
「マヤヤさん。私も一緒にお料理してもいいですか? 覚えたいです」
「いいよ~。加奈ちゃんと三人で仲良しクッキングだね。シエロもやる?」
「やらん!」
そうして、その日の夕飯は、秋鮭のちゃんちゃん焼きに、炊き立ての新米ごはん。それに、いくらの醤油漬けになった。
ちゃんちゃん焼きは、ホットプレートで作るので豪快で、しかも簡単。
みんなで食べられて楽しいし、美味しい。野菜もいっぱい摂れるので、凄くいいなあ、と思った。
蒸し焼きにした蓋を開けると、味噌だれの甘い香りが湯気と一緒に立ち上る。ほろっとほぐれる鮭の身に、野菜の甘みが染みたたれを絡めて食べると、ご飯がいくらでも進んでしまう。
「うちでやる時はね、アルミホイルで一人分ずつ包んで、ホイル焼きとかにするといいよ。
お手軽だし、美味しいから」
マヤヤさんは、お母さん直伝だという味噌だれと、いくらを漬ける合わせ醤油の配合も教えてくれた。
いくらの醤油漬けは、卵を一粒ずつほぐしたりと手間がかかるけれど、その手間をかけるだけの価値が十分にある美味しさだった。
真っ白なご飯の上にたっぷり載せると、つやつやした赤い粒がルビーのように輝く。
ご飯と一緒に頬張れば、プチプチと粒が弾けて、口いっぱいに旨みが広がる。
もう、最高だった。
「マヤヤさん、お料理、本当にお上手なんですね」
「一人暮らしが長いから、まあ、それなりにはね。人間っていうのは、食べたもので身体が作られるんだから。心も身体も健康でいようと思うなら、食べ物に無関心になっちゃいけないと思うんだよ」
その言葉には、凄く納得した。
マヤヤさんの動画チャンネルは『アナザーワールド』関連が中心だけど、たまにお料理配信もしていて、結構人気なのだそうだ。
「お料理配信の方が、裾野が広いせいか、再生数が多くなっちゃうこともあるのが悩みかなあ~」
フォルティオスも雄太も、凄く気に入ったみたいで、何度もお代わりして食べていた。
あのシエロさんですら、一言の文句も言わずにお代わりしていたくらいだったからね。
締めに残った野菜で焼きそばを作ったら、もう、ホットプレートには野菜の欠片さえ残らなかった。
これから秋も深まるし、私も覚えてやってみようと思う。
デザートは、なんと冷凍メロンのかき氷。
凍らせた生メロンを、そのままかき氷機に入れて削る。
一人暮らしだという店長さんの家に、かき氷機があるのは意外だったけれど、これがもう、食べたことのない美味しさだった。
ふわふわに削られたメロンが、口の中で溶けながら果物に戻っていく。
夢のような口溶けだ。
「もうシーズンが終わっちゃったけど、桃やイチゴ、スイカも美味しいよ~。
面倒だったら、冷凍フルーツを買ってくるといいかもね。
今回は生のフルーツをカットして凍らせたけど、冷凍のマンゴーとかなら、シーズンを気にせず食べられるし」
「うわあ~。それって絶対に美味しいじゃないですか!」
私も、自分用のかき氷機を買おうかと、真剣に思ったほどだ。
みんなでマヤヤさんのお土産を堪能する、幸せで楽しい夜になった。
みんなでの食事会の後は、後片付けを手伝って、そのまま家に帰り、明日に備えることにした。
マヤヤさんは、お土産のお菓子を持って雄太の家、富樫家にちゃんと挨拶に行き、おじ様に宿泊の許可を取っていた。
流石、社会人というか、そつのなさを感じる。
大人の気遣いって、こういうのを言うんだ。
「ふああ~、やっぱり落ち着ける家があるっていうのはいいねえ~。
実家では色々気を遣うし、加奈ちゃんを出してあげられなかったし」
「ゆっくりはできなかったんですか?」
「田舎だと、ピンク髪の女性配信者ってのは悪目立ちするからねえ。結婚とか恋人とか、色々言われるのも辛いところなのよ」
「それは大変そうですね」
「そうなのよ。という訳で、みっちゃん。癒して」
「へっ?」
ぼんやりしていた私は、いきなり腕を掴まれて引っ張られ、ソファに押し倒された。
「な、何ですか?」
「ちょ~っと、マヤヤの福利厚生に協力して欲しい」
「ふ、福利厚生?」
「何も痛いことしないから。ちょっとだけ、動かないで」
片手で私の右腕を押さえつつ、もう片方の手で器用に私のシャツのボタンを外していくマヤヤさん。
「あ、加奈ちゃん。ちょっとだけ、フォルティオスの目隠し」
「まったく、仕方のないやつだな。手早く済ませろよ」
「ちょっと、加奈子! 美空に何をするつもりで……」
「あの、マヤヤさん? ホントに何を?」
「諦めて。マヤヤに身を任せて。いい子だから、ね?」
そうしてこの夜。
私は、加奈子さんに羽交い絞めにされたフォルティオスの前で、マヤヤさんに翻弄される羽目になったのだった。
怪しい雰囲気になっていますが十八禁展開にはなりませんのでご安心を。




