第43話 始まりと変化
『モノウイング オクルス』
閉店後の店内で、私達はそのカードを見つめていた。
エーヘルシトの二段コンタクトカード。一段目はアンコモンで、二段目はレアという形は、割とよくあるタイプだという。ちなみに、一段目も私が引いたパックの中にあった。
『堕天使 オクルス』
こっちのイラストには翼も、目も両方あった。
つまり、堕天使からモノウイングに成長(?)したってことなんだよね。
「フォルティオス。こいつが真奈香の言っていた最新の再臨天使、というやつか?」
実体化したシエロさんが、腕を組みながらフォルティオスに問う。
「再臨天使?」
彼はシエロさんに頷きつつ、初めて聞く言葉に首を傾げた私に説明してくれる。
「元はインベイダーの兵士で、アースの能力者の力で生まれ変わった者だと思って欲しい。僕に殺されて、でもその力を吸収して生まれ変わった彼は、色々あって、今は帝国所属の兵士になって、僕の副官を務めてくれている」
「え? 殺した?」
「再臨天使というのは、能力者によって一度インベイダーとしての生を終えた天使が、能力者の力を吸い取って覚醒、変化した者を指す。天使を殺した、という点においてはフォルティオスを責めてやるなよ。こいつは『アース』においてはそれが役目なのだから」
「彼や、仲間を殺したのはその通りなんだけど、彼はそれを許してくれたんだ」
少し申し訳なさそうに笑うフォルティオスが切ない。だから、私はその点には触れず、でも気になっていた点を問いかける。
「友達って言ってたもんね。あ、でも前に友達や親しい人はいないって言ってなかった?」
「鈴音と戦った時にはいなかったんだよ。
その直後のネクサスへの遠征で出会って、友達になってくれて。まだ一か月も経っていない」
「そうだな。真奈香が、再臨天使を帝国に取られた、でもフォルティオスと一緒にいてくれるなら無し寄りの有りだと、連絡してきたのが一週間ほど前だ。まだ二週間というところか」
「不思議だね。だとしたら、イラストの発注も、下手したら印刷も終わっていた頃だ。
それなのに、どうしてまだ生まれていない天使を、収録できたのか……」
「偶然とか、空似とかはない?」
「無いよ。オクルスという名前は僕が付けた。それに片目片翼を失った天使なんて、帝国全てを探しても、今は彼の他にはいない」
カードを手に取り、テキストを確認するフォルティオス。
二段階進化カードで、素の能力は帝国の兵士としては一般的。
一段階目では攻撃力、防御力共に800で、フォルティオスの素の能力より少し下。二段階目になると攻撃力1600、防御力1400と、ちょっと高くなる。
ただ、フォルティオスは敵味方の数を参照して能力が上がるから、通常、補給線役のキャラクターを必ず場に出す流れを考慮に入れれば、場に出た時点で1400とか、1500にはなっている筈だけど。
特殊能力は、敵の動きを封じる魔眼、という設定のようで、パワーを持たないキャラクターからのバトルによるダメージを受けないし、アタック宣言やガード宣言が無効化されてしまう。
パワーの無いキャラクターからの特殊能力による攻撃も、効果を受けなくなる。
つまり、シエロさんが彼に攻撃したとしても、特殊能力でパワーを使って、パワーの無い状態になっていたら、ダメージを与えられず、一方的に返り討ちにあってしまうということだ。
かなり強い。
「うん、間違いなくオクルスの能力だ。彼は片目を失ったことで、元から持っていた魔眼の力が高まったんだ」
確かに、特徴的な容姿だし、フォルティオスが大事な『友達』を見間違う筈はないか。
「そいつもこっちに来てるのか?」
「今は、まだ来てない筈だよ。さっきも言った通り、彼が帝国の将兵として迎えられてから、こっちで言うところの二週間弱。
堕天使上がりではあり得ないくらいの早さで頭角を現してきているけど、まだ転移術式も覚えてない筈だし」
頼まれたから教えた。
多分、そう遠くないうちに習得するだろうけど、と語るフォルティオスは、どこか誇らしげだった。
私もフォルティオスの友達に会えたらいいな、と思ったけれど。
「本題はそこではない。現実を見ろ。愚か者」
シエロさんが冷たく言い放つ。
それは、本当にその通りだ。
「今まで、あえて流していたが、今回の件で改めて明らかになった。
公式、または運営とお前達が呼ぶ、この遊戯の製作者は明らかに『アース』の最高意思、『星』と関わっている。そして、ただ繋がっているだけではなく、予知めいた力を持って、我々の力を遊戯に写し取っているのだ」
「そうだね。僕はともかく、オクルスが生まれ、隻眼になることまで予測していたなんて、それ以外考えられない」
「僕はともかく?」
「この遊戯が生まれたのは十年前だろう? その時点で僕はまだ『フォルティオス』になっていなかった。僕が『フォルティオス』になると確定したのは八年前。でも、その時点でもう『星の救世主』のカードは生み出されていて、僕がそうなると予言されていたんだ。
もし……そうなると最初から解っていたのなら、僕以外は成功しないと確定していたのなら。余計な被害を増やさずに済んだかもしれないのに」
「フォルティオス……」
フォルティオスの握りしめた手と、その言葉に込められた思いに、私は彼が『フォルティオス』の名と共に背負うものの重さを感じる。
まだ、はっきりと教えて貰った訳ではないけれど、『フォルティオス』というのは彼の本当の名ではなく、多分、勇者とか、そういう意味合いの称号めいたものなのだ。
そして、彼がその名を受けるまでに、小さくない苦悩と、少なくない犠牲があった。彼はそれを『星の救世主』という使命と共に背負っている。
「店長さん。異世界『アース』の人って、トレーディングカードゲーム『アナザーワールド』の最初期からこっちに来ていたんですか?」
「その点は、はっきりとは解らないな。僕達が『アナザーワールド』と関わり始めて、β版を含めると十一年になるけれど、僕がシエロと、先輩が加奈子とリンクしたのは、五、六年前のことだから」
「そうなんですか。最初にこちらにパートナーカードを作って来た人物って、誰なのか解ってるんですか?」
「それは、はっきりしている。ネクサスの総帥にして京極財団のトップ、京極榛名だ」
「京極榛名」
私はまだ、全てのカードを覚えている訳ではないけれど、聞いたことがない名前だ。
「京極榛名の『リンカー』は、初代の日本チャンピオンでね。今は表舞台から退いている。君も知っている人だよ。美空ちゃん」
「『リンカー』が誰かも解ってるんですね? でも、私の知っている人?」
私には、『アナザーワールド』のプレイヤーの知り合いは殆どいない。ましてや日本チャンピオンなんて。
「北条風華。君のお姉さんだ」
「えええっ!」
びっくりして、それ以上の言葉が出なかった。
お姉ちゃんはおろか、マヤヤさんだってそんなことは言ってなかったのに。
「彼女は『アナザーワールド』の制作関係者の一人だったらしくてね。初年度、当時はまだ世界に進出していなかったから日本だけだったけれど、トップに立って直ぐにフォジオンエンターテイメントに入社。表舞台から姿を消した。
その後からだ、トッププレイヤー達の間に『リンカー』が生まれ始めたのは」
「マヤヤさんは、私がお姉ちゃんの妹だって知らなかった、と言ってましたけど、店長さんは御存じだったんですか?」
「最初は勿論知らなかったよ。北条の名前を聞いて、おやっ、と思ったくらいで。
でも、直ぐに『フォルティオス』を引いて、あの騒動だからね。その後は調べて確証を得た。君が『フォルティオス』に選ばれたのは偶然じゃないって」
私とフォルティオスがリンクしたのは、偶然じゃなくって、何かに導かれた、最初から糸で繋がっていた、ということなのだろうか?
「先輩から風華さんの発言は聞いている。公式の方針もね。公式は今後も、何か大きな流れの変化がない限りは、『アナザーワールド』と『アース』の関係や、キャラクター達の異世界転移、『リンカー』の秘密を公開することはないだろう。
今後も注意深く動向を探っていく、でいいんじゃないかな」
「そうですね。秋トーナメントにはお姉ちゃんは来ないでしょうから、問い詰められる機会があるとしたら、ニューヨークでのチャンピオンカーニバル。ランキング決定戦の時くらいしかないでしょうし」
マヤヤさんに問い詰められたあの夜から、お姉ちゃんはいつもと変わらず週に三回のテレビ電話はしてくるけど、『アナザーワールド』のことについては、本当にガン無視で、一切話をしてくれない。テレビ電話だと、都合が悪くなれば一方的に切られちゃうからね。直接問い詰めないと何かを聞き出すのは無理だろうと、そこはもう諦めている。
夏休みが終わったばかりで、ニューヨークまで行ける程の長期休みは冬休みまで無いし、一人で行くのも怖いし。
冬に各国のチャンピオンが集まってランキング決定戦をする『チャンピオンカーニバル』。
今年は前期が台湾、後期がニューヨークで行われるらしい。
その場なら、確実に『公式の人』であるお姉ちゃんに会って話ができる筈だ。店長さんやマヤヤさんなどが一緒であれば、お姉ちゃんも無視はできないと思う。
「とりあえずは、世界大会資格を目指しつつ情報収集だね。もう再来週だけど、池袋のカードゲーム祭りで開催される秋トーナメント本選には、他のリンカーも何人か来るだろうし」
「マヤヤさんも戻って来るって言ってましたしね」
「二人共、頑張っておくれよ。ここで資格を取れると、後々楽になる」
「え~。マヤヤさんも狙ってくるし、まだ無理ですよ」
「俺は、上位狙います」
「その意気だ。美空ちゃんも。新しいカードでまた環境も変わるから、デッキ調整は怠らないこと。まあ、流石に君にトップを狙えとは言わないけど、本格的な公式戦。しかもフォルティオスをデッキに入れての戦いだ。変な圧力や、何より自分自身に負けないようにね」
「はい」
家に帰ってから。
「ねえ、フォルティオス」
「何だい? 美空」
ちょっと、フォルティオスに聞いてみた。
「パートナーの『リンカー』って選べないんだよね?」
「基本的にはね。僕も正直なところ、『君を!』って選んだわけじゃないから。でも、出会った瞬間に解る。この人物が自分の運命だ。そう解る類のものだ」
「そっか……」
「もしかして、オクルスがこっちに来るなら雄太を、とか思った?」
「フォルティオスはお見通しだね。うん、ちょっと思った」
雄太が秘密を知ってから、ずっと自分も『リンカー』になりたい、選ばれたいって思っているのを、私は知っている。私も、雄太が完全に同じ立場になってくれたらいいな、と思っているし。
「こればっかりは、僕が命令してどうにかなることじゃないから。ごめん」
「ううん。こっちこそごめんなさい。無理言って」
「雄太は優秀なプレイヤーだ。いずれ、誰かに選ばれる可能性あると思うよ」
フォルティオスは言葉を濁したけど、多分、オクルスさんが雄太を選ぶ事はないのだ。
そこを責めるつもりはない。
相性とか性格とか、その他色々と、私達には解らない基準があるのだろうし。
もうすぐ秋トーナメント。
早く、誰かに雄太が選ばれればいいな、と思う気持ちと同時に、また大きく何かが動き出す気配を私は感じていた。




