第41話 運命との出会い 後編
将軍がネクサス領域にやってきたのは、僕の帰還が遅れたからだと解っている。
もう四日目だ。今日には決心をつけなければと思っていたのに。
まさか迎えが。
しかも将軍自らやってくるとは。
(「ゴメン。申請無しに乗り込んできてさ。止めきれなかったみたい」)
真奈香はテレパシーで謝罪してくれるけれど、彼女のせいではない。
僕が悪いのだ。
「天使軍の残党が残っているので、対応のため少し遅れる、と報告はしたと思うのですが」
「確かに連絡は届いている。
だが、お前の力を受けて再臨した天使がいるとは聞いていない。
報告し、早々に連れ帰ってくるべきだろう?
お前もお前の力も、帝国のものなのだから。ネクサスに取られたらどうする?」
「フォルティオスはともかく、その天使ちゃんはネクサス領域で生まれた子なんだから、ネクサスのものだよ。
っていうか、そもそもフォルティオスだって帝国の所有物じゃないんだけどな」
「部外者は黙っていろ。私はフォルティオスと話しているのだ」
彼女の立場からすれば、かなり危うい発言のはずなのに。それでも庇ってくれる真奈香に心の中で感謝しつつ、僕はヴェネーラ将軍と向かい合った。
「報告に不備があったことは、申し訳ありません。ですが、天使の再臨について僕には知識がなく、どう対応していいか解らず、報告が遅れました。
確かに、僕の力を受けて再臨したようなのですが、それほどの力はなく、ネクサスに預けても問題はないかと」
「それを決めるのはお前ではない。帝国の民と、そこから生まれた全てにおいては陛下に所有権がある。直ぐに天使と共に戻れ。陛下が裁可を下される」
「僕は戻ります。でも、彼は……」
ネクサスに。
そう言いかけた僕の言葉を遮ったのは、当事者であるオクルス本人だった。
「いえ。許されるのであれば、僕もフォルティオス様に同行します」
「オクルス!」
「僕は、貴方の力を受けて再臨した天使です。
力と存在の親である貴方に、強い敬慕を感じています。
貴方から離れてはいけないと感じる。どうか、同行させて下さい」
本音で言えば、彼を帝国に連れて行きたくなかった。
でも、帝国将軍が所有権を主張し、本人も帝国への同行を希望しているのであれば、ネクサスもそれ以上の主張はできなかったのだろう。
下手をすれば、帝国に武力行使の口実を与えてしまう。
(「ごめんね。どうしてもの時は二人で逃げておいで。力になるから」)
真奈香のテレパシーに小さく感謝の思いを返して、僕とオクルスは転移の門を潜ったのだった。
転移門を潜り、帝国領域に戻ると同時に、オクルスは手枷で拘束された。
首輪もつけられ、その鎖を兵士が握っている。
「将軍! 彼は捕虜ではなく……!」
「陛下の裁可が下るまでは敵国の捕虜だ。彼の今後を少しでも良い方向に持って行きたいと思うのなら、お前が全力を示せ」
「どうか、お気になさらず。当然のことですから」
僕の抗議が受け入れられないのは、いつものことではあるけれど。
将軍に圧をかけられ、静かに微笑むオクルスに首を横に振られても、僕には納得ができなかった。
彼は何としても救う。その決意と共に、僕は歩を進める。
謁見の間。玉座に待つ帝国皇帝、テリオス三世陛下の御前へと。
「フォルティオス。天使軍の殲滅任務、大儀であった」
「ありがとうございます」
任務を終えた配下への労い。
形だけで実利のないそれを、僕は黙って受け取った。この国で僕が職務の対価として与えられるものは、最低限の衣食住を除いて、他にないから。
「しかも、再臨天使を生み出したとか。お前の力は強すぎるが故、耐えられる者はいないと思っていたが、良い者を拾ったようだな」
「いえ、彼は……」
「ヴェネーラ。その天使に処置を行え。
フォルティオスの力を受けた再臨天使なら術式にも耐え、直ぐに使えるようになるだろう。
お前に預ける」
「はっ! 直ちに……」
「待って下さい!」
僕は思わず声を上げていた。
謁見の間から、物音が消えた。
ヴェネーラ将軍までが口を閉ざし、玉座の皇帝だけが僕を見下ろしている。
この国に来てから、陛下の決定に異議を唱えるのは初めてのことだった。
「なんだ? フォルティオス。私の決定に意見でもあるのか?」
「はい。
恐れながら申し上げます。アンデッド化は、一度行ってしまえば取り返しがつかない秘術です。
彼はまだ再臨したばかりで、能力も未知数。
大きく育つ可能性を持つ能力者の未来を狭めてしまうのは、もったいないと思います」
「だが、帝国においてアンデッドになるということは、奴隷の地位から抜け出し、市民権を得るということだ。
何の後ろ盾もない捕虜に対して市民権を与えるのは、私なりにお前の立場を配慮した慈悲であるのだがな」
アースにおいて、帝国は新興国とされている。
既に数百年の歴史があるのだが、長く四大勢力とされていたところに彼らが割り込み、その地位を築き上げたのは、死霊術によるものが大きい。
死してもアンデッドとしてその命が続く。無限に近い兵士を持つが故に、インベイダーの侵攻まで、彼らは強大な戦力でその版図を広げてきたのだ。
皇帝テリオスも死霊術師にしてアンデッド。
既に二百年、唯一の王として君臨し続けている。
この国において、誰も彼に逆らうことはできない。
でも。
「その温情には感謝いたします。ですが、もし、私に配慮し、今までの帝国への職務に労いの意を与えて下さるというのであれば、私に彼を下さい」
「フォルティオス!」
ヴェネーラ将軍が声を上げた。
生まれて初めて、僕は陛下の前で異議を唱えたのだ。将軍が激昂するのも当然だろう。
けれど、もう止められない。
彼をどうしても失いたくない。頭の中は、それでいっぱいだった。
「ほう。臣民が、自ら褒章を王に求めるというのか」
「私は帝国に来て、少なからず国のため、星のために貢献してきたと思っています。
陛下の命に逆らったこともありません。
報酬を求めたこともないつもりです。
だから、ただ一度の願いを聞いて頂くことはできませんか?」
「報酬なら既に与えたであろう。『アナザーワールド』へのリンカー探しを許すという」
「!」
「他の者には許さぬ異世界での遊戯を貴様に許してやった。それでは足りぬと申すか?」
結局、この方は僕の状況を理解してくれたわけではなかったのだと思い知る。
今更ながら、絶望が胸に落ちた。
僕にとって『アナザーワールド』での戦いも、美空との日々も遊びではない。
命と存在を賭けた願いであるというのに。
「その上で、その天使を求めるというのなら、己が身で代価を支払うがいい。
不死の術を受け入れぬ以上、簡単に自由民としての地位は与えてはやれぬ。だが、貴様がそ奴の身柄を買い取るのであれば、奴隷として貴様に下げ渡すことはしてやっても良い。
右目一つにまけてやろう」
「解りました。それで構いません」
「フォルティオス!」
「フォルティオス様、一体何を?」
僕は皇帝の前に進み、その眼前に跪いた。
僕自身は、一切の財貨を所有していない。
だが、この『星の救世主』の肉体そのものが、他の能力者にとっては垂涎の品であることは知っている。
六勢力のマナを融合させた奇跡の力。受け入れる器がない者が取り込んでも自壊するだけだろうが、皇帝であるのなら可能であるかもしれない。
欲しいというのなら、くれてやる。
皇帝は玉座から立ち上がると、膝をつく僕の眼前に手を伸ばした。
ぷつり、と鈍い音がして、眼窩に指が突き立てられる。
「フォルティオス様!!」
激痛が走る。
悲鳴を必死にかみ殺しているうちに、右目の眼球がその掌に抜き取られた。
「だいじょう……ぶ。これくらい、直ぐに治る、から」
それは眼球という形をとったマナの譲渡だ。
集中し、抜き取られた眼球の再生を命じれば、マナは結晶し、再び『星の救世主』を形作る。
この身は役目の成就か、肉体の限界まで、滅びることを許されない。
肉体の損壊は即座に修復される。二度の瞬きの間に、空洞と化した眼窩は再び埋められた。
視力が戻るにはまだ時間がかかる。けれど、それもいずれ戻るだろう。
これくらいで彼の命を救えるなら、安いものだ。
「これは研究所に回せ。
希少な『星のマナ』の結晶だ。粗末に扱うなよ」
小姓が捧げ持った金杯に眼球を入れ、皇帝はにやりと笑って首をしゃくって見せる。
きっと、初めからこうする予定だったのだろう。
「では、お約束通り、彼の身柄は私が預かります」
「お前が身を削るだけの価値がこの堕天使にあるとは思えんが。対価を支払った以上、文句は言えん。
好きにするがいい」
「ありがとうございます」
オクルスを拘束していた鎖が解かれた。
彼は僕に下げ渡されたのだ。
これでもう、捕虜としてアンデッド化されることはない。ネクサスの真奈香に頼んで、保護してもらおう。
安堵した、その瞬間だった。
オクルスが僕の隣、つまりは皇帝の眼前へと駆け寄り、膝をついたのは。
「恐れながら、誉れ高き皇帝陛下に願い奉ります。
どうか、僕を帝国軍の末端に加え、フォルティオス様の従卒としてお仕えさせて頂くことは叶いませんでしょうか?」
「オクルス! 君は何を!」
止めようとした僕をよそに、皇帝は面白いものを見るような眼差しでオクルスを見やる。
「ほほう。フォルティオスは我が身を挺してお前を買い取ったというのに、お前自身は軍属を望むというか」
「はい。不死者になる決心はつきませんが、一兵士として加えて頂けるならば、必ずや皇帝陛下とフォルティオス様のお役に立って見せます」
「だが、軍属。
しかもフォルティオスに付けるとなれば、奴隷には任せられぬ。自由民となり、帝国に忠誠の証を立てぬ限り、お前には不可能だ」
「不死者となる以外に、自由民となる方法はございませんでしょうか?」
「……ならば、フォルティオスと同じように貴様も代価を支払うがいい。
主人のものとなった奴隷が自由民となるには、その身代を主か本人が買い戻さねばならぬ」
「我が身に支払える代価があれば、命に代えても」
「主に倣い、その魔眼と翼を差し出せ。片目、片翼を捧げるなら貴様の願いを叶えよう」
「御意」
「オクルス!」
僕が止めようと踏み出した時には、もう遅かった。
オクルスは美しい水色の瞳を自らの手でえぐり取り、片翼を折り取ったのだ。
「ほう……見事な覚悟だな。流石、フォルティオスの力を浴びて再臨しただけのことはある」
微かな呻き声さえ上げず、自らの目を差し出すオクルスに、皇帝は楽しげに目を細める。
「我が忠誠と全てを、『星の救世主』と帝国に捧げます」
「いいだろう。ヴェネーラ。手当を。面倒を見てやるがいい」
「はっ!」
退室を許されて直ぐ、僕はオクルスに駆け寄った。
がくんと膝を折った彼は、それでも笑う。静かで優しい眼差しで僕を見て。
失われた片方の瞳が、二度と戻ることはないというのに。
「お揃い、ですね」
「なんてことをするんだ! 君は僕と違う! 失われたら戻らないのに」
「いいんです。僕は、貴方と同じ場所に立ちたかったから」
「僕と、同じ場所?」
「ええ。真奈香さんにも頼まれましたが、何よりも僕自身の意思で、貴方を一人にしたくない、側にいたいと思ったのです。
今の僕の全ては、貴方から貰ったモノ。貴方のために使うのなら惜しくはない」
「オクルス……」
「見ていて下さい。僕は、貴方と共に行く。決して、貴方を一人にはしませんから」
そう告げたオクルスは、やがて帝国の能力者として、僕の参謀にして親友となり、将の一人として名を上げていく。
『モノウイング オクルス』
彼の名が『アナザーワールド』のカードに加えられたと僕が知ったのは、秋トーナメントと呼ばれる大会の直前のことだった。




