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第40話 運命との出会い 中編

 僕と真奈香が見つけた天使の、多分少年を包んでいた繭は、僕達が発見して間もなく、溶けるように形を消した。中にいた少年を吐き出して。


「うわっ、誰か、ちょっと服を持ってきて。

 フォルティオス。その子をテントまで連れて来てくれるかな?」

「解った」


 少年を自分のマントで包んで、僕は彼を本陣代わりに使っていたテントの一つへと運び込む。そして、服を着せると、ネクサスが用意してくれた寝具に横たえた。

 身体はひんやりと冷たいが、呼吸はしっかりとしているし、鼓動も感じられる。

 天使も僕達と同じように呼吸をし、臓器があるのだと知ってはいたけれど。改めて近くで見ると、胸が締め付けられるように痛む。

 僕は彼らの仲間を、一切の抵抗も許さずに焼き払ったのだと。


「フォルティオス、ちょっといいかな?」

「真奈香? いいよ。どうぞ」


 暫くして、真奈香が伺うような声をかけ、中に入ってきた。

 手には野戦用の水筒と盆を持って。


「これ。差し入れっていうか、夕食。少し早めだけどお腹すいたでしょ?」

「別に、今は空腹では無いけれど、後で頂くよ。ありがとう」

「どういたしまして。で、その子のことだけどね、ちょっと色々聞いてみたら、稀にある事らしいんだ。天使の再臨って」

「再臨?」


 聞き慣れない言葉に問い返すと真奈香は小さく頷いて教えてくれた。


「そう。帝国だと捕虜は一度殺してアンデッドにしてから使うのが一般的だから、あんまりやらないかもしれないけれど、天使を能力者が力を使って殺めると、その力を吸収して新しい天使として生まれ変わることがあるんだって」

「能力で?」

「そう。だから、天華やファンタズマではあんまり出ないの。

 ソルシアやネクサスに多いって。

 殆どの場合で過去の記憶を無くす上に、殺した相手とリンクっぽいものも繋がるらしくて。おまけに『親』と似た能力を持つことが多いから、各勢力共に、出た時には積極的に保護してるって」

「ああ、だから偶にネクサスやソルシアに天使の羽を持ったヒトがいるんだね」

「そうらしいよ。インベーダーとの戦いも百年になるからね。今はその二世、三世ちゃんもけっこういるみたい。明日香ちゃんとか、美羽ちゃんとか。言われてみれば」


 自分が時々とはいえ会った記憶があるくらいだから、あまり偏見なく、要職に就くなどして受け入れられているのだろう。けれど、帝国ではどうだろうか?

 天使族や竜族の兵士を捕虜にすること自体はある。

 だが多くは奴隷扱いとして、離反防止の術を施されて最下層で使われている筈だ。

 一度死んでアンデッドになった者は、帝国と術者に逆らうことができないので、上位に上っているのを見ることはもあるが。


「それで、どうする? この子。

 フォルティオスの力を吸収してリンクした子なら喜んでネクサスで受け入れるって、上は言ってるけど」

「それは、彼が目覚めてからでいいかな?」

「解った。あ、そろそろ起きそう?」


 真奈香の言う通り、目元が微かに動いている。

 慌てて彼の方に視線を向けると、ゆっくりと瞼が開く。

 身を起こした彼の淡い水色の瞳が、僕を見つめていた。


「ここは……。僕は一体?」

「ここはネクサスの領域。君はインベイダーの天使軍にいた筈だけど、記憶はある?」

「真奈香!」

「誤魔化したってしょうがないんだから。最初にはっきり言っておかないと。

 彼がインベイダーとしての道を選ぶなら、悪いけどそれまでだしね」


 話が解るように見えても、真奈香もネクサスの戦士だ。

 敵に関しての容赦はない。

 親しげに見える教導官同士であっても、戦いとなれば躊躇いなく殺し合うのがこの世界であるから、それは仕方ないけれど。


「うっすらと天使軍のクローン兵として、命令によってアースに降下した記憶はあります。

 ですが、僕は使い捨ての兵卒に過ぎません。

 軍の構造やその他についての情報などは所持していません」


 彼の言葉に怒りや慟哭は見えない。

 淡々とした様子は、まるで他人事を語っているようだ。


「ふむ。頭のいい子だね。持っている記憶はどんな感じ? 言える範囲でいいから話して」

「軍の至上命令。宇宙を放浪する我々に新たなる故郷を。それくらいです。

 僕は一般兵卒。こうして思考したり、会話したりすることは今までできませんでした」

「至上命令とやらは、逆らえない絶対のもの?

 君は自分でも感じているだろうけれど、能力者の力を受けて覚醒、再臨した。

 君がインベイダーとしての宿命を捨て去れないのなら、ここで処分する。

 でも、インベイダーとしての過去を捨て去り、アースへの帰順を誓うなら、この星での生存を許可できる。

 どうする?」


 ここはネクサス領域。捕虜に対する判断は、司令官である真奈香に委ねられている。

 でも。

 僕は心の中に、小さな願いが頭をもたげ始めていることを感じていた。

 もしかしたら、彼は『リンカー』との出会いが僕に与えてくれた『運命』なのではないだろうか?

 彼は一度だけ目を閉じると、僕と真奈香を見つめ、胸に手を当てて、その唇で意思を示した。


「アースへの帰順を誓い、願います。

 どうか、僕に大いなる星の加護を」

「即答? いいの? 一度選択したら最後、後戻りはできないよ」

「構いません。僕は先ほども言った通り、自由意思を持たないクローン兵でした。

 上層部の意思に従い、情報を収集し敵を削るだけが役目。

 選択を許されたことも無く、願いを持ったこともありませんでした。

 今の僕は、新たな命を与えてくれたこの星に帰順し、その為に尽くしたいと考えています」

「了解。君がその誓いを破らない限り、ネクサスは君を保護しよう。

 そういうことだから、フォルティオス。後はよろしく」

「え? 真奈香?」

「男の子の世話は、男の子に任せるよ。色々教えてあげて」


 そう言うと、意味深な笑みを残して、真奈香は天幕を出て行った。

 食事とお茶を残して。


「えっと。僕はフォルティオス。君の名は?」

「個体名はありません。僕は名もないエンジェルズですから」

「じゃあ、オクルス、そう呼んでもいいかな? 古い言葉で瞳、という意味だけど、君の瞳がとても綺麗だから」

「僕には、貴方の眼の方が綺麗に思えますが、解りました。

 良い呼称を頂き、とても嬉しいです」

「ありがとう。じゃあご飯でもどうだい?」

「ご飯?」

「食事だよ。一人で食べるより、誰かと食べた方が食事は美味しいから」


 それから数日。僕はまだ天使軍の残党が残っている、という名目でネクサス領域への残留を続けた。

 一度の派遣で滞在が許されるのは最大五日間。

 ギリギリまで彼と共にいたいと思ったからだ。

 真奈香は、


「フォルティオスがお父さん、というかお母さんみたいなものなんだからさ、帝国に連れて行ってもいいよ。上も、君が欲しいなら構わないって言ってたし」


 と、言ってくれたが、彼を自由の無い帝国に僕の勝手で連れて行くのは躊躇われた。

 連れて行けば間違いなく捕虜として奴隷扱い。悪くすればアンデッド化されてしまう可能性さえあるのが帝国だ。

 それに比べれば、能力者として人権が与えられるネクサス領域にいた方が彼の為だと思う。


 数日様子を見たが、彼は確かに雑兵天使とは違う能力に覚醒している様子だった。

 具体的に言うと、魔眼。

 彼の瞳に見つめられると、何故か動きが止まってしまう。

 その空色の瞳に見つめられると戦意が喪われてしまうのだ、と検証に協力してくれたネクサスの兵士達は言っていた。


「私はそうでもないから、その辺は個体差。というか能力差かもね。

 でも、鍛えれば結構化けそう。いいの? 本当に連れて行かなくて」


 真奈香は繰り返し問うてくれた。

 本当は、自分も連れて行きたい。

 一緒に来て欲しいと思っている。願っている。

 彼や、彼の仲間を殺した張本人だというのに。


「そのことは、気にしないで下さい。

 むしろ、僕自身は感謝しています。今の僕が生まれたのは、貴方のおかげですから」


 真っすぐに、恩人として慕ってくれる彼に、美空とは違う救いを感じていたから。


 彼の事を思うなら遠ざけるべきだと解っていたのに、甘えてしまっていた。

 もう少し、一緒にいたいと思ってしまっていた。

 だから、解っている。


 自分が悪い。

 僕の優柔不断が原因でこんな事になってしまったのだと悔やんでも、もう手遅れだった。


「まったく。お前は一体何をやっているのだ?」


 ヴェネーラ将軍は、静かな、でも確かな怒りを湛えた黄金の瞳で、僕を、僕達を見つめていた。

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