第39話 運命との出会い 前編
今の自分になるまでの記憶は、正直言ってない。
帝国の外れ。小さな村の農家の生まれだとは聞いているけれど、もう家族の顔どころか、『フォルティオス』という名になる前の自分の名前すら覚えていないから。
自分を振り返れば、最初にあるのは白い壁に包まれた部屋と、激痛の記憶。
毎日のように自分の体内に何かを入れられ、それが体内で暴れる苦痛に耐えるだけの日々の繰り返しだった。
どうして耐えられたのか、思い返しても解らないけれど、何故か自分は生き残り、そうして『フォルティオス』になったことだけは解っていた。
『フォルティオス』に成れたのは自分だけであったことも。
それからの日々は、けっして嫌なモノでは無かった。
身体を苛む力と苦痛以外は、むしろ楽しいことも多かったけれど。
忘れてはいけない。
繰り返し、繰り返し心に刻む。
『お前と言う存在は数多の子どもの悲鳴と、死山血河の果てに生まれたモノだ。
その全てを『アース』の為に捧げることが唯一の贖罪の道だ』
と、陛下に告げられたことを、繰り返し、繰り返し。
誰も、僕の隣に立つことはできない。
一人で生き、戦い、そして死ぬ。
それが自分の使命だと、運命だと解っている。
だからこそ、
『背を預けられる友を、手に入れるのです』
その言葉が、どうしようもなく重く、苦しかった。
「ねえ、真奈香」
「なあに? フォルティオス?」
「こんなことができる怪物に、友達なんて作れるわけはないよね」
ネクサスでのインベイダー殲滅戦。
その終わりに、僕は小さな本音を零していた。
後ろに立つのは、監視役兼護衛の西園寺真奈香。
ネクサスの領域内に入り、敵に潰滅を齎す『救世主』の力を使う以上、同行は必然であると解っている。でも、帝国の監視がある所ではこんな事は零せない。
懐かしい、子ども時代を知る『教導官』を前に、つい零してしまった吐露に、彼女は――。
ネクサス最強のサイキッカー、白いセーラー服の女子高生は、
「それは、君次第だと思うけどなあ~」
同意ではなく、どこか諫めるような吐息で返してきた。
「鈴音やシエロも言っているけどさ。どうしてそこまで帝国に義理立てすんのか、私達には解んないよ。傍から見ても今の君の状況って異常だもん」
「君もシエロや鈴音と同じことを言うんだね」
教導官の中でも彼女は特別だった。
当時、最強のエスパー候補生として僕に教える立場でありながら、二つ年上の歳の近い友人めいたところもあり。
その分、他の保護者達に比べると少し気安い。
「だって、そうだから。君は本来、一つの国に属する存在じゃないんだよ。成人までの間、単に帝国に一時的に預けられているだけ。帝国に預けられているのだって、君の生まれ故郷が帝国だったっていう理由だけだし。君が大事にされてないのは、傍から見てたって解るのに、どうして?」
「僕は『救世主』だから。僕の軽はずみな行動や選択は、何も知らない無辜な民の命を左右するから」
僕に言えるのはそれが精一杯。
でも、意図と意味を理解したらしい真奈香は、ああ、と思い当たったように目を見開き、ポニーテールの頭を搔きむしる。
「想像以上に最低だね、皇帝。そこまでするの?」
「本気でやる気かどうかは解らないけれど、そうなったら躊躇わないと思う。あの方は。帝国の民は、全てあの方のモノ。死しても星に還る権利さえない」
「そっかあ。計画の立て直しが必要かな」
「僕は正直、無理だと思う。こんな殲滅兵器を野放しにはできない、という陛下の言い分も解らなくはないしね」
目の前に広がる焼け野原に目をやり、苦笑する。
小さな町。
数日前までは当たり前に人が暮らしていた場所は、今や完全な焼け野原になっている。
天空の門が開くにあたり、民の避難はネクサスの指揮によって完了している筈だけれど、罪悪感は消えない。
数刻前、この街に現れた大量の天使ごと焼き払ったのは、自分であるのだから。
「君は無思慮にその力を使うことなんてしないでしょ?」
「しないつもりではあるけどね。監視役が必要だ、という言い分も解るんだ。この力が僕と言う殻を破って暴れ出したら、僕は『星の救世主』どころか、『星の破壊者』になりかねない」
「その監視を帝国に任せるべきじゃなかった、ってみんな言ってるの! まあ、最近は少しいい顔するようになってきてくれて、良かったとは思ってるけど」
「自分では、そう変わったようには思えないけれど。そうだとしたらそれは、僕の『リンカー』のおかげかな?」
嘘だ、と思う。
自分は確かに変わった。そして変わりつつある。
「『リンカー』との出会いが、絆が。
運命を変える。というのは本当だね。
彼女と出会う前の僕と、今の僕は確かに別物だと思う。
彼女は生まれて初めて『救世主』じゃない僕を見て、当たり前の、一人の人間として見て接してくれた。だから、最近少しだけ欲が出て来たんだけれど」
「君はもう少し、我が儘を言っていいんだよ。鈴音達もそう言ってなかった?」
「言ってたけど、これ以上を望むのも怖くてさ。僕は、美空と出会って、今まで自分がどんなに孤独だったかを知ってしまった。向こうでの生活が幸せな分、こっちにいると寒くって」
「だから、出ておいでって言ってるのに……って、出来ないんだね。君は」
「まあ、仕方ないよ。それが『僕』だから。帝国にも誰か友達ができれば嬉しいんだけど、今の状況ではそれは無理な話だから」
友人を、背中を預けられる者を探せ、と鈴音は言った。
でもそれは、帝国にいる限りは無理な話だ。
帝国皇帝は、自分の側に無駄な人間を置かない。
完全な兵器、道具として扱っている。
世話役と一部の武官、政務官以外に、会話をする人間さえもいないのが現状だ。
自分の離反を恐れてのものだろうけれど。
「まあ、おいおい考えるよ。
美空のおかげで少し猶予もできたから」
「私達ももう少しみんなと相談してみるから、無理はしちゃダメだよ」
「ありがとう、真奈香。向こうでも君と会えたらいいね」
「私の『リンカー』はいろいろと忙しいからね。みんなを羨ましがってたけど、こっちから行くのは難しいみたい。早く来てね」
「ニューヨーク、だっけ?」
「そう。今年の……、ってどうしたの?」
真奈香の誰何の声は、自分に向けられたものではない。
残党確認をしていた筈のネクサス兵に向けられたものだった。
「ご報告します! 廃墟の中に生存兵と思われる天使を発見! 通常とは異なる様子なので、裁可を仰ぎたく」
「解った。一緒に来てくれる? フォルティオス」
「ああ」
そうして、僕は出会うことになる。
光の繭の中で、目覚めを待つ少年。
僕の、もう一人の運命と。
フォルティス視点 アース閑話




