第35話 台湾チャンプの力
私が出会う三人目の『リンカー』、李承恩さんは台湾の方だと聞いたけれど、とっても日本語がお上手だった。
さっきの流暢な会話でも分かるけど、少なくとも日常会話や対戦をする上では、不自由がないくらいに日本語が話せるらしい。
「『アナザーワールド』の最新弾はいつも日本で先行販売されるし、そもそも日本発のゲームだからね。最低限困らないように覚えたよ。まあ、それ以前に僕は日本のアニメや漫画が好きで、前から読むことくらいはできたけど」
対戦前、デッキをシャッフルしながら、彼はニコニコと人懐っこい笑顔でそう話しかけてくださった。
笑うと目が細く糸のようになり、より優し気に見える。
私は緊張と、その他もろもろであまり余裕もなかったけど、だんまりは失礼だと思ったので、当たり障りのない返事を返した。
「日本のアニメがお好きでいらっしゃるんですか?」
「そう。特に日本の神職。忍者、巫女萌えでね。僕の今日のデッキも『天華』メインだよ」
「いいんです? 対戦前にそんなこと、相手に教えて」
本当でも嘘でも、あまりいい行為ではないと思う。
でも、
「大事な大会に割り込んで引っ掻き回すんだから、これくらいハンデ、ハンデ」
承恩さんは実にあっけらかんとしている。
さすが、台湾チャンピオン。
トップテンの一人だというし余裕の表れだろうか?
「それに、僕がほぼ『天華』のデッキしか使わないのはその筋では知られてるし、何より『君』は、もう知っているんだろう?」
「え? あ、多分、はい。です」
主語のない、でもどこか確信めいた問いに、私は頷くしかない。
「だと思った。あのKやマヤヤが目をかけている子だし、彼女も気にしていたから」
彼は少しだけ笑って、自分の右肩の上を見る。
はっきりとは見えないけど、私にも『分かる』。そこに多分、彼のパートナーが『いる』ことくらい。
「まあ、詳しい話は後にしよう。今は試合を優先で。僕も『フォルティオス』と戦うのは初めてだから、楽しみにしてた。お手並み拝見だ」
「よろしくお願いします」
台湾チャンプに楽しみと言われるのは、ホントに恐れ多いのだけれど、だからといって特別なことができるわけでもない。ただ、デッキとフォルティオスを信じて戦うしかない。
私は他の方達の時のように、ただ真っすぐにデッキと対戦相手に向かい合った。
承恩さんのデッキは、ご本人がおっしゃった通り、ほぼ赤単の『天華』デッキ。
メインは『進藤鈴音』という巫女さんのように思えた。
以前からフォルティオスとの会話に時折出てきた名前だから、少し調べて知っている。
アジア地域に強い支配圏を持つ天華は、神職や巫女、中国の伝説をモチーフにしている。
天女とか、仙人とか妖怪とかも。
その中で鈴音さんは、日本の巫女さん達の統括みたいな立場にあるという。
特殊能力として、敵のスペルをパワーと引き換えに完全封殺する力がある。
シエロさんと同じ多段成長型で、二段階目まで上がってしまうと、全てのスペルをパワー一枚で跳ね返してしまう。
優しげに見えて、怖い人だ。
「はい。二段コンタクト。斎巫女、進藤鈴音」
「うわっ! なんでそんなに早いんですか?」
「デッキのメインキャラは、早く出せるように工夫するのが基本。君だって、フォルティオスがもう場に出てるじゃないか?」
「そ、そうですけど……」
天華のデッキは、耐久力が高い人が多い。
二段コンタクトした鈴音さんは、耐久力が二千まで上がっていた。
フォルティオスなら少し頑張れば抜けない数字ではないけれど、早いターンでまだキャラクターが揃っていない状態だと、突破力に欠ける。
ただ、攻撃力は弱めなので、フォルティオスが受け続ければデッキにダメージを与えずに済むかもしれない。
「アイテムカード『光の剣』を、フォルティオスにセットします」
これは、今回の対戦のために新しく入れたカード。攻撃力を仲間に頼らず上げつつ、先制攻撃ができる。使用コストは重いけど、精神力も上がるので攻撃回数も増える。これで、攻撃しつつ鈴音さんを倒せる盤面を作れれば、と思ったのだけれど。
「了解。アイテムに対する力を鈴音は持っていないから、いい選択だよ」
「ありがとうございます」
「ただね。マヤヤとの対戦の時にも学んだと思うけど、それならそれで、やりようはいろいろある」
「え?」
次のターン。承恩さんは容赦なく『天華の攻撃』を仕掛けてきた。
「『荼吉尼の法天』。何もなければ全てのコンタクトしていないキャラクターを捨て札にするよ」
「ええっ! えっと、『九字祓』! あ!」
「気づいた? 鈴音で捨て札に。他にカウンターは?」
「……ありません」
あっという間に、場はまたズタボロ。
トッププレイヤーは皆さん「フォルティオスの真価を発揮できないようにする」方法に長けているから、嵌められてしまうと、もうどうにもできなくなる。
呪法で補給線を奪われて、相手の主力に押し切られるいつものパターン。
なんとかフォルティオスで鈴音さんの攻撃を抑えながら場の立て直しを狙ったけど、それをさせてくれる方でもなく。『呪縛の法』で動きを止められたりして、粘った甲斐もなく鈴音さんに蹂躙され負けてしまった。
「……終わりですね。ありがとうございました」
「ありがとうございました。まあ、基本はできている。
丁寧で的確な動きだ。
バトル初心者にしては、二人とも頑張った方だと思うよ。じゃあ、また後で」
「はい。後ほど」
対戦を終えた彼は、すぐに場を離れてしまった。
「はあ、せっかくここまで頑張ったのに、負けちゃったあ」
思わず、ため息と涙が零れる。
まあ、初心者である私が台湾チャンプに勝てるわけはないと分かっていたけれど、勝利の味を知ってしまうと、敗北はやはり辛い。
「はあ、また同じパターンに嵌っちゃったのが敗因だよね。
分かってても対処するのって難しいし、上の人達は、どんなデッキでも相手に思う通りにさせず、自分が思い通りに動く方法に長けてる。
対応できない自分の未熟さが辛いなあ」
『それが、戦術の基本だからね。仕方ない』
「うん、もっと強くならないと」
私の独り言に、頭の中でフォルティオスが応えてくれた。
『それに、天華は守りに秀でているけれど、それは攻撃力がないという意味じゃない。
彼と鈴音は多分、手加減してくれていたと思うよ』
「手加減? あれで?」
『うん。彼女は本来、『戦う人』じゃないから』
「? そういえば、フォルティオス。鈴音さんと何か話をした?」
意味深な言葉だ。
カードゲームの対戦中はズルになるので、フォルティオスにアドバイスはしなくていい、と言ってある。どんなにデッキをシャッフルしても、ほぼ初手にフォルティオスが来てくれるだけでもありがたいくらいだし。
だから、対戦中に話でもしていたかと思ったのだけれど。
『してないよ。ただ、話したいことはあるから、後で時間を取って、とは言われた』
「さっきの『また後で』がそれかな?」
相手がパートナー持ちの『リンカー』で、私達に会いに来た、という言葉が本当なら、多分、閉店後に『話』がありそうだ。異世界バトルに誘われることもあるかも。
「とりあえず、最終戦頑張ろう。ここで踏みとどまれば、まだ三位の可能性もあるもの」
『全勝対決は、どうやら雄太と鈴音のリンカーになりそうだね』
「え? そうなんだ! 頑張ってるね、雄太」
私は知らなかったけれど、雄太はこの店でもかなり上位の実力があるらしい。
的確に、着実に勝利を重ねて全勝まで辿り着いたのは、すごいと思う。
『雄太の予選突破は確実だろう。だから、君も頑張って』
「うん!」
そして最終戦も、私はなんとか勝利する。
相手は承恩さんと同じ赤デッキだったけれど、少し事故というか、カードの巡りが悪かったらしいので、こちらが先に態勢を整えることができたのだ。
全て、フォルティオスのおかげだけど。
ちなみに、全勝同士の最終戦は、承恩さんの勝ちで幕を閉じたそうだ。
雄太はいつもの黒、『インベイダー』デッキではなく、白の『ネクサス』を使っていたという。軽さと速攻が特徴だと聞くけれど、その分決め手に欠け、早々に鈴音さんが降りた承恩さんのデッキには成す術がなかったらしい。
さすが、台湾チャンプ。その二。
承恩さんは、約束通り優勝者としての権利を放棄した。
「だから、優勝は雄太君。二位は美空ちゃんになるね」
「え? 私が二位?」
全勝の承恩さんが権利を放棄したので、一敗が三人。得失点差とマッチオポーネントというシステムによって、なぜか私が二位になった。
強い人と当たったかどうかでポイントが高くつくシステム。
優勝した承恩さんと当たって負けた、という点が評価されたらしい。
もちろん、フォルティオスがほとんどのネームキャラクターの攻撃を止めた上で倒してくれたため、受けたダメージが少なく、与えたダメージが多かったことも大きい。
雄太に次ぐ二位で予選を通過することができたのは、レベルの高いこのお店での初公式戦としては、十分すぎる成果だと思う。
でも。
やっぱりというか、仕方のないことではあるけれど、
「『フォルティオス』の力だけで勝ち上がった初心者」
「実力もないくせに」
他の人達からの羨望と嫉妬の眼差しは少し――いや、かなり重く、痛かった。




