第31話 楽しいデート(?) 前編
「美空」
試着室のカーテンが開く音がして、私はTシャツの棚に向けていた顔を、声の方へ動かす。
「うわ~、カッコいい!」
そこには、いつもの戦士の装束から着替え、私服姿になったフォルティオスが立っていた。
「どうかな? こういうタイプの服は初めてだから良く解らないのだけれど」
「いいよ! 凄くよく似合ってる!」
黒いタートルインナーに蒼いジャケット。白のズボン。革紐に括りつけた剣のシルバーペンダントがいいアクセントになっていて、まるで雑誌のグラビアから出てきた海外モデルのようだ。
「ええ、本当に、よくお似合いです。
お客様は背が高くていらっしゃいますし、印象からは考えられないくらい体格もいいですから、かっちりとしたスーツよりも、少しラフな服装の方が動きやすく、精悍さを引き立てると思いますよ」
コーデを見立ててくれたお姉さんもうっとりとした顔を隠さないくらい、本当にカッコいい!
「自分の服を、自分で選ぶなんて初めてだよ。蒼や黒は、ずっと憧れていて、着てみたかったんだ」
照れたような、それでも嬉しさを隠さない笑顔が可愛い。
――と、まるで弟を見る姉の気分だ。
そういえば、大人に見えるけれど、彼は年下だったことを思い出す。
「いつもの服は、誰かが見立ててるの?」
「世話役に決められた服を着ているだけだよ。京也に借りた服もそうだけど、こちらの服は動きやすくて軽い。着心地もすごくいいね」
「よかった。じゃあ、これください」
「ありがとうございます。このまま着ていかれますか?」
「そうします」
「では、今まで着ていらした服を入れる袋をお持ちしますね」
「お願いします」
「でも、いいのかい? こんないい服、高いんじゃ……」
「大丈夫。お小遣いの範囲。
マヤヤさんから宿代も貰っちゃって臨時ボーナスも入ったから負担じゃないよ。
借りた服を店長さんに返さないといけないしボディーガード代だと思って受け取って。
マヤヤさんも加奈子さんに服を用意してるって言ってたしね」
私は、戸惑うフォルティオスを押し切って会計を済ませる。
今日はせっかくのお休み。お出かけなのだ。
こんなところでもたもたしている時間がもったいない。
「行こう、フォルティオス。もうすぐお昼だから、近くのレストランでご飯食べようよ」
「分かった。今日はお言葉に甘えるよ。エスコートは任せて」
差し出された手を、ちょっとためらってから握る。
大剣を握り、戦う彼の掌は大きく硬く、そして温かかった。
今日は学校がお休みの土曜日。
「うちの店の秋トーナメント予選は日曜日だ。
明日は店に来なくてもいいから、ゆっくり休んで英気を養っておいで」
マヤヤさんを駅に送るとき、店長さんは私と雄太にそう言って、一日のお休みをくれたのだ。
「いいんですか? 予選前の最終調整とかは?」
雄太は不安そうだったけど、
「個々人の努力を否定するつもりはないけれど、付け焼き刃でどうにかなる世界でもないからね。
その時々で自分にできることを全力でやる。
結果はあとからついてくる。それくらいの気持ちでいた方がいい」
「そうそう。デッキとカードと、何より自分を信じる。それが一番大事だよ」
そうトッププレイヤー二人に言われ、今日は店に来ることを禁じられて。
仕方がないと、雄太も割り切ったようだ。
「美空は明日、どうするんだ?」
問われて、私は考える。この一週間、いろいろと慌ただしくて、カード以外のことを考えている暇がなかった。
「久しぶりに買い物にでも行こうかなって思ってる。服買って、本屋さんにでも行こうかな?」
「一人で? 大丈夫か?」
「大丈夫。フォルティオスもいるし、護身用のスペルも持ってるから。雄太もどう?」
学校の友達を誘うにはちょっと急すぎるし、もう夜も遅い。
それに最近は、雄太と公認っぽくなっているせいか、友達の反応も生暖かいのだ。
「…………俺はいい。明日に向けて、ちょっとデッキ調整とかしたいからな」
「分かった。あんまり無理しないでね」
「お前も、少し危機感持てよ。お前は初心者で、何のデッキを使うか皆にバレてるんだからな」
「うん。でも、さすがに初めての公式戦だもん。店長さんは予選突破を目指せって言ってたけど、今回は勉強だと思って、胸を借りにいくつもりだから」
私達のホーム、店長さんのカードショップ『エターナルブルー』は、密かにレベルの高い店として有名なのだという。
店長さんは自分の店の大会には出ないけど、日本チャンプの座をマヤヤさんや何人かの選手と常に狙い合っている人だし、商品の取扱量も豊富だ。
そして、常に店内に目を光らせている。シャークトレードと呼ばれる悪質行為や、弱い相手、あるいは新人をいたぶるような行為は決して許さない。
だから、プレイヤーの質もレベルもぴか一なのだと、マヤヤさんは我がことのようなドヤ顔で教えてくれた。
「だから、みっちゃんも焦らず、あそこでレベルを上げるといいよ」
って。
「俺も対戦するときは手を抜かないからな」
「分かってる。私も全力で頑張るから」
そう約束して、私達は昨日別れた。
で、今日だ。
「フォルティオス。一緒に買い物に行こう?」
私は朝、食事をしながら彼にそう声をかけた。
「マヤヤさん、大人のけじめだからって結局宿代置いてってくれたの。
だからパーっと、遊びに行きたいんだけど」
「もちろん、ついていくよ。危険と判断したらすぐに出て対処するから、心配しないで」
フォルティオスは笑顔で了承してくれたけど、それは私の想定とは異なる返事だ。
だから、首を振って否定する。
「そうじゃなくって!
私と、フォルティオスで。
『一緒』に街を歩いて遊ぶの!」
「遊ぶ? 僕が? 君と一緒に?」
「うん。せっかくマヤヤさんから『フェアリーハット』も、もらったんだもん。使わなくっちゃ!」
ずっと思っていたのだ。
フォルティオスに、こっちの世界をちゃんと見せてあげたいな、って。
向こうの世界とこちらの世界は並行異世界で、地形などはほぼ同じだけど、存在する国はだいぶ違うらしい。
ヨーロッパエリアはソルシアの領域。アフリカと南アメリカはファンタズマが強く、アジアは天華、ユーラシア大陸の中央は、帝国と呼ばれるエーヘルシトが治めていると聞いた。
アメリカ、カナダはネクサスの支配域だという。
帝国以外では、それぞれの小国が各地を治めているけれど、その上位に各勢力が存在し、統括しているそうだ。
「帝国は騎士と戦士の国だ。こっちでいうところの中世世界そのままかな?」
とは、フォルティオスの弁。
食事も服装も文化も随分と違うようなので、いろいろ体験させてあげたいと思っている。
「それに、フォルティオス、こっちの服とか持ってないでしょ? この間の買い物のとき、店長さんから服を借りたじゃない?」
向こうの人達がこちらに来るときには、基本、カードに描かれた図柄。即ち向こうでの正装になる。
実体化してもそう。
シエロさんは魔術師ローブ。加奈子さんは、現代に蘇った鬼という設定だからか、スーツだったけど。フォルティオスは白の騎士装束だ。
いくらフェアリーハットで認識をずらしているとはいえ、さすがにその格好では出歩けないので、店長さんの服を借りて出かけた。
でも、身長はともかく、細身の店長さんと筋肉質のフォルティオスでは体型が全然違うので、服が少しきつそうだと思ったのだ。
「ちゃんとした服を買おう! これから一緒に出歩くことも増えてくるし」
「いいのかい? 僕なんかに?」
「また、そういうこと言う。
フォルティオスは『なんか』じゃないんだよ。大事な友達で、家族なんだから」
お姉ちゃんにも了承は取った。
一人暮らしの家に男性が出入りしている。
となると、おじ様や周囲の目も怖いから、出入りするときには姿を隠してもらうとしても、フォルティオスが疲れたり消耗したりしないのなら、できるだけ実体化して、こっちの世界を楽しんでほしいと思う。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるよ、マスター。
正直、僕もこっちの世界に興味がある」
「よかった。じゃあ、準備して出かけよう! あ、外ではマスターはなしね。美空って呼んで。マスター、だと浮いちゃうから」
「分かった、美空」
そうして、私達は一緒に街に出てきたのだ。
最初にブティックに来たのだけど、フォルティオスにとって、こっちのお店に入るのは、この間の買い物が初めて。
どころか、店に入って買い物をすること自体が初めてだというフォルティオスは、自分のものを選んで買う、という意識も希薄だった。
「フォルティオス。どの服がいい?」
「君がいいと思うものを」
「そうじゃなくって! フォルティオスの好きな服!」
「僕の、好きな?」
「うん。好きな色とかデザインとかを教えて!」
「好きな色……。そうだね。蒼が好きだ。勢力がどうこうではなく、憧れている青い空の色だから」
私が迫って、やっと好きな色を教えてくれたので、あとは店員さんに頼んで見立ててもらった。さすがに、こちらの服のデザインは分からないと思ったから。
そして、店員さんと私によるノリノリの着せ替えの末、彼も気に入った服が見つかった。
「本当に。
生まれて初めてかもしれない。自分で好きなものを、しかも身に纏う服を選んで買うなんて」
店から出たあと、ペンダントを胸の上で握りしめるように、フォルティオスはそう呟いた。
「帝国って、そんなに厳しいの? お給料とか使って、私服を買うのも駄目?」
「僕には給料なんてないよ。服も食べ物も全て支給されるから、使う必要もないし」
「え? じゃあ、お休みとかは?」
「仕事のあとの休息時間はあるけど、自由に行動していい時間はないかな。空いている時間は全て訓練と政務の手伝いだから」
「それってブラックすぎ! フォルティオス、本当は十五歳なんでしょ? 未成年なのに」
想像以上に酷い異世界職事情に腹が立った。
学校とか、児童福祉なんて概念のない中世異世界なら仕方のないところはあるかもしれないけど、それにしたって。
「だから、こうして誰かと過ごす休日は、教導の頃を除けば、多分初めてなんだ。
君には面白みがないかもしれないけれど」
そういうことなら、逆にやる気が出た!
今日は思いっきり楽しもう!
いっぱい遊んで、いっぱい美味しいもの食べて!
「よし! じゃあ、今日はとにかく遊ぶ!
まずは腹ごしらえ。それからゲームセンターと本屋とプラネタリウムなんてどうかな? あと、映画も!」
「こっちには、いろんな娯楽があるんだね。君に任せ……!」
「どうしたの? フォルティオス?」
「いや、なんでもない。気のせいだと思う。心配しないで。遊びでは役に立たないかもしれないけど、君を守ることでは、決して後れを取らないから」
「もう! 役に立つとか、立たないとか、遊びってそういうもんじゃないよ。でも、まあ、それはそれ。行こう!」
私はフォルティオスともう一度手を繋ぎ、歩きだした。
楽しい休日を、もっと楽しむために。
「いや~。可愛いカップルだね。初々しくて実にいい。〆切を放り出してきたかいがあった」
「本当に。あの子も、いいパートナーを見つけられたようでよかったです」
「もう少し、様子を見てみようか? 久しぶりの日本だし、僕らもデートを楽しみながらでいいだろう。鈴音?」
「ええ。もちろんです。行きましょう、承恩」




