第30話 閑話 星の救世主 フォルティオス 1
僕達の星――『アース』の空に、太陽はない。
いや、無いわけでは勿論、ないけれど。
少なくとも、僕は知らなかった。
太陽がもたらす恵みも美しさも輝きも。
空が、美しいということも。
アナザーワールドの民が『エーヘルシト』と呼ぶ、オリエンス帝国。
王城。
朝議の場に早駆けの使者が飛び込んでくると同時に、謁見の間が騒めいた。
「天空の門が開きました!」
ここにいるのは、帝国でも最上位に位置する七将軍と、その配下。
いずれも歴戦の兵だが、それでも天空に座し『アース』を狙う侵略者達の襲撃情報には緊張が走る。
「星海より、インベイダーの機械小隊が降下中。場所は帝国東部、紅海側。その数、約三千! さらに増加する可能性あり!」
「三千か。少ないな」
だが、間の深奥。
玉座に座す帝王テリオス三世の眼には、もはや動揺も感慨もない。
「行け。フォルティオス」
ただ、命じるだけだ。
「戦況の変化も理解せぬ愚かな侵略者共に、お前の力を見せつけてやれ」
手の中にある『作られた破壊兵器』に、その用途に合った働きをせよ、と。
「御意。陛下の御命令のままに」
そうして、僕は降り立った。
戦場へと。
眼前には、もはや平原を埋め尽くすほどに増えた機械人形達と、空から差し込む一条の陽光。
天空を侵略者達に支配されてから、この大地に陽光が差すのは、敵が空から降りてくる時だけになってしまった。
背後には、二千の軍勢がいる。
けれど――
「全軍、待機。フォルティオスの邪魔をするな」
戦うのは、僕一人だ。
目を閉じ、力を集める。
「我が名は『フォルティオス』。『星の救世主』の名において命じる。
星と大地と生命に宿り、満ちる大いなる力よ。我が身に宿り、刃となれ」
人々から、大地から。
『星』の至る所に満ちる慈愛。
全ての力の源たる『マナ』が呼びかけに応え、集まってくるのが分かる。
この身体は、集積装置だ。
マナを集め、作り替え、敵を滅ぼす『力』に変える。
掲げた大剣に、力が集っていく。
その『重さ』に押し潰されそうになった時、ふと――身体が軽くなった。
力と、重さ。
その半分を、もう一人の自分が分かち、背負ってくれたかのように。
「美空」
小さく囁いた『呪文』は、きっと誰の耳にも届かないだろう。
それでいい。
誰にも伝えるつもりはない。
「我が刃――救世の剣、ソウェルよ。
星海から零れた闇を切り裂き、大地に曙光をもたらせ!」
両手で刃を掲げ、集めた力ごと、紅と黄金色の光を一気に振り放つ。
それで、全ては終わった。
大地を埋めていた機械人形達は、放たれた光の波に触れると滾る油の中に落とされた水のように弾け、消えていく。
残ったのは、僅かに火花を散らす残骸のみ。
『天空の門』
星海とアースを繋ぐ異空間通路も消滅したようだ。
背後の兵士達が上げる歓声を他人事のように聞きながら、僕は剣を下ろした。
その傍らに、銀髪の長髪を靡かせて女将軍が歩み寄り、並び立つ。
「ご苦労だったな、フォルティオス」
帝国七希星が一人、ヴィネーラ・コルティフォルス。
帝国で僕の横に立てるのは、陛下を除けばこの方だけだ。
「ヴィネーラ将軍……。いえ、これが僕の務めですから」
「力も随分と上がったようだ。顔色もいい。
反対を押し切って『アナザーワールド』に力を送ったかいはあったか?」
「はい。想像以上に身体が軽くなりました。将軍がおっしゃる通り、力も上がった自覚があります。
『リンカー』を得るということに、ここまでの効果があるのだと実感しています」
「そうか。改めて、帝国兵の派遣を陛下に進言してみるか」
僅かながらでも僕を労い、話を聞いてくれる。
この方は、僕を見出し、『星の救世主フォルティオス』として育てた、育ての親でもある。
とはいえ、この人も帝国の軍人。
皇帝の配下だ。
「ぜひ、お願いいたします。既に他の勢力は精鋭を送り、その力を高めている様子です。
また、『アナザーワールド』の食文化や技術を学び、こちらへ取り入れてもいます」
「シエロや鈴音も行っていると聞いたが?」
「はい。このままでは帝国は、技術、能力の両面で後れを取る可能性があると思います」
「そこまでか。
だが、帝国が他勢力の後塵を拝することはない。お前がいるのだからな」
最後には、ここに帰結してしまうのだが。
「将軍……」
「待て。伝書鷹だ」
話を続けようとした僕達の間へ割って入るように、鷹が将軍の腕へ舞い降りる。
皇帝紋を首につけた鳥。その足に結ばれた伝令管から手紙を引き出し、目を走らせた将軍は、小さく息を吐いた。
「悪いが、フォルティオス。陛下からの伝言だ」
「陛下から?」
「ああ、ネクサスの領域で、再び天空の門が開く兆候があるという。帰城の必要はない。そのまま向かえとのことだ。
私は兵を連れて一度城に戻る。先行してくれ」
「分かりました」
いつものことだ。
話を聞いてもらえないのも。
インベイダー襲撃の兆候があれば、自分が差し向けられるのも。
他勢力からの要請と、王の命令あれば、殲滅兵器に選択権はないのだから。
「転移ゲートの側にある宿へ連絡を入れておく。少し休息してから行け」
「ありがとうございます」
戦場の後片付けをする兵士達の傍らをすり抜け、僕はその場を後にする。
彼らの眼に、勝利の喜びはない。
僕を見る視線にも、もう特別な光はない。
それはもう、エーヘルシトの兵士達にとって当たり前のことなのだ。
剣が敵を斬り倒したからといって、剣に歓喜や感謝の声を上げる者はいないように。
宿に入り、部屋を借り、鍵をかける。
寝台に横たわり――そこで初めて、声を上げる。
「う……、ぐ……ああああっ!」
体内で暴れ狂う六色のマナを押さえつけるために。
人の身では、決して御しきれないといわれる多色のマナ。
それらは束ねれば、相乗効果によって絶大な力を生み出す。
だが同時に、使用者の身を苛む。
受け止める器が弱ければ、容赦なく罅を入れ、そこから溢れ出そうとするのだ。
戦いを終えるごとに、この強化された身体にも、罅が少しずつ増えていく。
罅を埋めることは人の技術ではできない。
そう宣告されたのは、もうずっと前のことだ。
自分は『星の救世主』。
決して苦痛や弱みを見せてはいけないと、厳しく躾けられている。
だから、部屋でこうして痛苦を噛み殺すのだ。
教導時代には、それでも――
「痛いのなら、はっきりと言え。言わずに理解してもらおうと横着するな」
「困った時は、そう言っていいのですよ。でないと、貴方を助けられないでしょう?」
そう言ってくれた者達もいた。
けれど、帝国に預けられてからは許されなくなった。
「『救世主』を作り上げるために、どれだけの血と財が費やされたかを知れ。
お前は唯一生き残り、完成されたモノとして、それら全てを背負わねばならぬ。
費やされたものが無駄ではなかったと、証明する義務があるのだ」
皇帝が最初に告げた『真実』は、鎖であり、同時に原動力だ。
「美空」
その名前が口から零れたのは、無意識だった。
けれど、その瞬間。
軋みを上げていた心臓が。
鉛より重かった手足が。
水の中へ沈められたようだった肺が。
嘘のように、軽やかさを取り戻した。
「美空」
もう一度、その名を呼ぶ。
真っすぐな瞳で自分を見つめ、名前を呼んでもらった出会いの時。
弱さを零し、認め合った夜。
一緒に食べたオムライスの味。
互いを信じて挑んだ教導の戦闘。
敗北した瞬間の悔しさまでが光り輝き、身体と心の罅を埋めていくのが『分かった』。
シエロの言葉を思い出す。
『お前が誰よりも『リンカー』の力を切実に必要としているのだろう?』
「これが……『リンカー』の力なのか?」
出会ってから今までに、もう救われていた。
十二分に。
けれど、それ以上が与えられるというのなら――
やはり彼女をここへ連れてきてはいけないと、自分に言い聞かせる。
今も、自分は彼女の側にいる。
分身ではなく、自分自身が確かに彼女の傍らに。
「美空」
それでも、無性に彼女に会いたくなった。
彼女が『アース』にいないことが。
仰ぐべき空がないことが。
ただ、苦しかった。




