第29話 それぞれの思い
嵐のような一日が明けた、花の金曜日。
私は家を出てから、ずっと口元から手を離せずにいた。
眠い。あくびが止まらない。
マスクでもしてきた方が良かっただろうか?
そんな私の通学路。いつもの優しい声が背中から降ってくる。
「どうしたんだ? 美空。さっきからあくびばっか。親父に見つかったらどやされるぞ」
「おはよう、雄太。昨日は急な話だったのに、手伝ってくれてありがとう」
振り返れば、そこには雄太がどこか呆れたような顔で笑っている。
「おじ様に、あの後怒られたりしなかった?」
「そっちは別に気にしなくていいさ。俺が親父に怒られるのは、いつものことだ。飯に行けなかったのは残念だったけど、美味いケーキも食わせてもらったしな」
そう言って肩を竦める雄太は、いつもと変わらず優しくて。
私は素直に安堵した。理由もなく。
「お前の方こそ、ちゃんと寝てないんじゃないか?
真夜中に配信バトルやって、その後もデッキを弄ってたんだろ?」
「うん。マヤヤさんと店長さんにアドバイスを貰って、いろいろやってたら、なんだか明け方近くになっちゃって。おじ様には夜更かしは程々に、って言われてたんだけど」
「その大あくびは、だからか」
「うん。おじ様には内緒にしてね。
ちゃんと宿題もやったし、朝ごはんも食べたから。
マヤヤさん、明日の朝一で北海道に戻るっていうから、時間がもったいなくて」
寝坊した私とマヤヤさんに代わって、フォルティオスと加奈子さんが朝食の準備をしてくれたのはありがたかった。
昨日の雄太の言葉じゃないけど、異世界人をこき使っているようで申し訳ないというか、恐れ多くはあったのだけど。
「気にするな。真矢は低血圧で朝に弱いからな。朝食の支度やコーヒーの準備をするのは、いつものことだ」
「僕も久しぶりに加奈子と料理ができて楽しかったよ。加奈子はこう見えて料理上手でね。鈴音と一緒に、いろいろと教えてくれたんだ」
「出されたものを食べるしか能のないシエロとは違うからな。戦士なら、自分の身くらい自分で養うのが当然だ」
そう言って、昨日のパーティの残り物で朝食を作ってくれたのだ。
ピザの残りをアレンジしたりとか、サラダとか、お寿司の残りをリゾットにしたものとか。
四人でわいわいしながら食べる朝食は、家族がみんな揃っていた頃を思い出させてくれた。
美味しかったけど、少ししょっぱかった――とは言わないけど。
「マヤヤさん達は、もう帰ったのか?」
「ううん、学校が終わるまで待っててくれるって。その後、明日の朝一の飛行機で帰るっていうから、お見送りさせてもらうつもり」
マヤヤさんにとっては久しぶりの帰国だから、いろいろとやることがあるらしい。
一度東京に出ると言って、私と一緒に家を出た。
日中は仕事をして、私達の下校に合わせて店に戻り、少し遊んでから、また東京へ。
空港近くの宿に泊まって、土曜日の朝一で北海道に戻り、地元の予選大会に出場するという。
「凄いバイタリティーだな。それくらいじゃないと、トップテンなんて張れないのかもしれないけど」
「うん。私もそう思った。見習いたいなって」
マヤヤさんは、私にとって本当に憧れの人になった。
まだ、あの人のようになりたいなんて口にすることさえ烏滸がましいと解っているけれど、強くて優しい。あんな女性をいつか目指したいと思う。
「あんまり上ばっかり見てるなよ。落っこちるぞ」
「大丈夫。フォルティオスと雄太が支えてくれるもの」
「……」
「あ、そうだ。雄太に渡したいものがあったんだ。はい、これ」
私はデッキケースからカードを取り出して、雄太に手渡す。
「なんだ、これ? タリスマン?」
「昨日、私が作っ――じゃなくって、貰ってきたの。異次元配信バトルの特典なんだって」
『雄太君にはまだ、カードを具現化できるようになったことは言わない方がいい。危険に巻き込んでしまうことになるから』
カードを具現化した後、店長さんにそう言われた。
全部知ってる雄太には今更だと思うけれど、まだ私もカードの種類とか全然解ってない。だから、このカードが欲しいとか言われても出してあげられないし、今は言うことを聞く。
「これ、現実でも使えて、スペルや相手の能力の対象にならなくしてくれるんだって」
手の中で念じると、小さな音を立てて、カードはアイテムへと姿を変えた。
本当に魔法みたいだ。
エーヘルシトのアイテムカード。タリスマン。
大きさは御守りと同じくらい。十字架と盾を意匠にした木彫り細工だ。
紐がついていてストラップのように剣やベルトにつける。
エーヘルシトの戦士が身につける御守りだというこれは、家族が危険な目に遭わないようにという願いを込めて、手作りする者も多いと聞いた。
これは手作りといえば、手作りかもしれない。
それを
「雄太、持っててくれる?」
私は雄太に手渡した。
「俺に? お前が持ってろよ。狙われてるのは、お前なんだから」
「私は大丈夫。フォルティオスがいるから」
「美空……」
「フォルティオスもね、いいって言ってくれたよ。雄太は、大事な友達だからって」
タリスマンを雄太に渡したいと言った時、フォルティオスは一切否定も反論もせず、
「そうだね。僕もそれがいいと思う」
と、静かに同意してくれた。
「雄太は、君にとって、そして許されるなら僕にとっても、大事な友人だ」
確かな笑顔で。
「君のことは、僕が必ず守る。でも、雄太のことは、もしかしたら手が届かない時、遅れてしまう時があるかもしれない。その時は、君の思いがきっと彼を守ってくれるだろう」
「だから、持っててほしい」
私の最初の力。
祈りと願いの欠片を大事な友達に渡したいと思ったのだ。
「解った。貰っとく」
暫くタリスマンを見つめていた雄太は、それをギュッと手の中に握り締めると、受け取ってくれた。
良かった。
「でも、お前が必要な時には言えよ」
「ありがとう。でも、大丈夫」
自分用はまた作るから、とは言えない。
護身用には、もっといいアイテムがあるかもしれないし。
今の私では使えないし、作れないけれど、もっと勉強して、雄太のタリスマンもいずれはしっかりしたものに変えてあげたい。
まず、私の課題はカードの種類を覚えること、かな?
「そうだ。雄太も学校が終わったら、マヤヤさんと対戦してみたら?
きっと、凄く勉強になると思うよ」
「そうだな。時間が大丈夫なら、一度手合わせしてほしい。『ファンタズマウィッチ』の技を生で見てみたい」
「凄いんだよ。加奈子さんを、とにかく守って強くしていく戦法でね」
「一緒に見てたから知ってるよ。精神力が低めのインベイダーデッキじゃ、勝ち目はないかもな」
「フォルティオスと戦うなら、私ももっと守るためのカウンターや防御、武器とかを入れた方がいいかな?」
「エーヘルシトはカウンター系があまり得意じゃないからな。入れるとしたら、赤や白をタッチして……」
その後、雄太とはいつもの通り『アナザーワールド』の話をして、学校が終わった後は店長さんの店へ行った。
時間ギリギリまで、私や雄太、そして店のお客さんとも交流してくれたマヤヤさんと一緒に、『アナザーワールド』を楽しんだ。
マヤヤさんは私や雄太のデッキを丁寧に見てくれて、カードも少し分けてくれた。
主に、私が使ったことのなかった赤や緑のカードを。
「すぐに入れ替えて、ってわけじゃないよ。このデッキも十分アリだから。ただ、選択肢は多い方がいいと思うから持ってて」
そう言って。
まだ使い方の解らないカードも多いから、勉強しよう。
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夜。
まだ閉店業務が終わらない店長さんに代わり、私と雄太、そして貰いたての『フェアリーハット』を被ったフォルティオスの三人で、ターミナル駅までマヤヤさん達を見送りに行った。
「じゃあ、次に会うのは秋トーナメントの本選かな。
予選資格が取れたら、東京に戻ってくるし、カード祭りやウィンターシーズンもあるから、またすぐ会えるよ」
「はい。待ってます。また、泊まりに来てくださいね」
「オッケー! 次は北海道土産をいっぱい持ってくるから、またお泊まりパーティしようね。……だから、ほら、泣かないで」
我慢しようと思っても零れてくる涙を止められずにいた泣き虫な私を、マヤヤさんはそっと抱き締めてくれた。
「みっちゃんには、京ちゃんもステキなナイトも付いてるんだから。一人じゃないよ。いつだってね」
「はい」
「次に対戦する時は、マヤヤを倒すくらいの意気込みで向かってきて! マヤヤも全力で迎え撃つから!」
「がんばります!」
「お前もだ、フォルティオス。
次は『星の救世主』――その名を背負うに相応しい者に育ったと見せてみろ」
「ああ……約束するよ、加奈子。『星の救世主』――その名を背負い、戦い抜くと」
「じゃあ、またね!」
改札口を抜け、人混みの中へ消えていく二人に手を振っていた私は、気づかなかった。
雄太の表情にも
フォルティオスの決意と、胸に秘めた思いにも。




