第28話 雄太視点 選ばれた者
俺は、対戦が終わると同時に『IPフォン』を切った。
指向性スマートフォン。
通話相手や機能が限定される代わりに、異世界のバトルフィールドにも通じるというこれは、元は超能力者集団ネクサスの武器カードだ。機能は、自分のパワーカードを任意のタイミングで同色の仲間に送れるというもの。おそらくは、アドバイスが相手の力になる、という解釈なのだろう。
だが、俺はちゃんと美空の役に立てたのだろうか?
極秘チャンネル@アナザーワールドの特別対戦。
ファンタズマウィッチ・マヤヤVSレディMの配信バトルは、現トップテンの一人にして人気配信者、マヤヤの圧倒的勝利に終わった。
レディM――美空は、二連敗。
対戦結果だけを見れば、マヤヤのパワーコントロールに翻弄され、いいところなしに見える。
けれど。
「最初の対戦より明らかに成長してるな」
「この二人、相性良さそう。女同士だし、同じワントップデッキだし」
「だからマヤヤ、目をかけてるんじゃね?」
「始めてまだ数日とは思えん」
「マヤヤとKが本気で育てたら、一気に化けるかもな」
「秋の大会までに別人になってそう」
コメント欄に流れる、最初の対戦時に比べると格段に増えた好意的な声。
「フォルティオスのマスター、ちょっと応援したくなった」
それを嬉しいと思う反面、胸の奥で、ドロドロと溶岩のように醜いナニカが滾るのを、俺は感じていた。
幼馴染である北条美空が、トレーディングカードゲーム『アナザーワールド』の超レアカード――『星の救世主 フォルティオス』を引き当ててから、五日が過ぎようとしている。
たかが五日。されど五日。
その五日間で、俺の周囲はあり得ないほどに変化していた。
まず、俺は一部の選ばれた者しか知らなかった『アナザーワールド』の秘密を知ることになった。
カードゲーム『アナザーワールド』は、ただのトレーディングカードゲームではない。
異世界の『アナザーワールド』と繋がり、そこに生きる能力者たちの力を借りるものなのだと。
最初、その秘密を知った時には、感動に心が震えた。
憧れていたキャラクターたちが実在するのだと。
彼らと心を通わせ、共に戦うことができるなんて、まさしく夢の実現だ、と。
自分とは次元の違うトッププレイヤーとして憧れていた店長に師事できたことも加わって、俺はかなり有頂天になっていたと思う。
何も知らない美空を助けながら、『アナザーワールド』の秘密に近づくのだと、本気でそう思っていた。
でも、最近は苦しい。
憧れのトッププレイヤーの弟子となり、力をつけて強くなる。
人気配信者に認識され、ゲスト出演し、対戦する。
カードゲームのキャラクターと心を通わせ、共に日々を過ごす。
夢見ていた世界は、すべて目の前にあるのに。
そのどれもが、自分のものではない。
すべて、すべて美空のものなのだ。
自分は側でお零れを貰うだけ。
解っている。
美空は何も悪くない。
むしろ、自分の出せる全力以上の力で、努力し、頑張っている。
今日の対戦だって、勝敗は最初から決まっていた。
「うっわ、『ハロウィンパーティ』えぐすぎる」
「初心者に全パワー剥がしは鬼だろw」
「これ、一回崩されたら立て直せないやつ」
「マヤヤ容赦ねえ」
「緑の魔女、本領発揮」
「デッキの完成度が違いすぎる」
「カードパワーだけで勝てるほど甘くないってことだな」
相手は世界ランキング十位。『アナザーワールド』を牽引するトッププレイヤー、『ファンタズマウィッチ』なのだ。
俺は手伝いを頼まれた時から、勝てないだろうと頭の片隅では諦めていた。
でも、あいつは。
緑の本領――戦う前に勝つ。そんなパワーコントロールに翻弄されながらも、
『なんか、すごいね。こういうやり方もあるんだ』
目を輝かせていた。
負けても相手を恨まず、真っすぐな賞賛を向ける初心者に、コメント欄の色も変わっていく。
「これ多分、見せながら教えてるんだろ」
「大事なカードは落とされないように守ればいい、ってか?」
「マスターちゃん、対戦中に感心してて草」
「そこで『デッキ好きです』は予想外w」
「マヤヤ、なんか嬉しそうじゃね?」
「負けてるのに楽しそうなの強いな」
「こういう子は伸びる」
美空という『リンカー』を認めるものへと。
「フォルティオスの能力、ワントップ強化と相性いいんじゃないか?」
「マヤヤ式でフォルティオスを育てたら、相当ヤバそう」
「今のデッキ、フォルティオスを活かし切れてなくない?」
「除去された後を考えるより、除去させない方が合ってるかもな」
「初心者用としては今の構築で正解だろ」
「でも本人が好きなのは、マヤヤの戦い方なんだな」
「ここからデッキ変わりそう」
『君はきっと、フォルティオスに選ばれたんだ』
師匠の言葉が胸に突き刺さる。
選ばれたのは『美空』だ。
俺じゃない。
「『皇帝の勅命』来た!」
「そこで後からパワーを足すのか」
「これ、加奈子の能力を抜いた?」
「世界ランカーを本気で焦らせたぞ」
「初心者が自分で考えてこの一手なら、十分すごい」
「『硬気術』二枚残しかよ!」
「最後まで守り切るのがマヤヤだな」
「惜しい!」
「でもナイスバトル」
俺が途中で任せる、と言う名目で投げた試合を、最後まで諦めず戦い抜き、美空はマヤヤだけでなく周囲をも感心させる動きを見せた。
美空の周囲には『選ばれた』師匠がいて、マヤヤがいて。
これから、きっとどんどん増えていく。
そんな中で、俺が。
選ばれていない俺が、美空の側にいることは許されるのだろうか?
「お前らは、俺がいないとダメなんだから」
自分が言った間抜けな言葉に、笑えてくる。
美空には、きっともう俺なんかいらない。
あいつにはフォルティオスがいるのだから。
どんどん成長していく。
俺が組んだデッキを捨てて、そう遠くないうちに、自分でデッキを作っていくだろう。
もしかしたら今頃、マヤヤとそんな話をしているかもしれない。
想像すると、胸の奥がざらついた。
俺は『IPフォン』のインカムを外し、タブレットの電源を落とす。
寝台に転がり、天井を仰いだ。
明後日からは、秋トーナメントの予選が始まる。
本命のインベイダーデッキは、封印することになるだろう。
フォルティオスとの相性が悪すぎる。
多分、予選は通過できる。そう言い切れるだけの自信はあった。
美空にも、今はまだ負けないと思う。
でも、きっと今だけだ。
いつか、美空に負ける日が来た時。
俺は、笑顔で喜んでやることができるだろうか?
目を閉じる。
答えの出ない昏い思いにも、一緒に蓋をして。
明日、笑って美空と話せるように。




