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第27話 『アナザーワールド』の謎 後編

 深夜の静かなリビングに響き渡る声は、ビリビリと、本当に空気を震わせる雷のようだった。


『美空!』

「お姉ちゃん?」


 その一声で、他の誰でもない私の姉――北条風華であることは解った。

 間違う筈もない。


『あんた、一体どこで誰と何してんの! こんな真夜中に!!』

「えっと、家にいるよ。今、家のリビング。ちょっと寝落ちしてて、電話に気付かなくって」


 キーン、と耳の奥にまだ残る残響に堪えながら、私は答えた。

 嘘じゃない。『今は』リビングにいる。


『嘘おっしゃい! 今の今まで電話に出なかったくせに! マヤヤさんと他所に行って対戦してたでしょ? お姉ちゃん、ちゃんと知ってるんだから!』


 私は、横で頷くマヤヤさんと視線を合わせた。

 これは、確かに『チャンス』かもしれないよね。


「お姉ちゃん。……どうして『他所で』対戦していたって『解る』の?」

『え?』

「確かにマヤヤさんと対戦してたし、それが動画配信されてたのも知ってるけど。

 家でやってたかもしれないよね。マヤヤさんは配信者なんだし」

『だって……この配信は……普通の家じゃ撮れないし、流せない奴だし……』

「私は今、家にいるよ。動画を送ったって、テレビ電話したっていい。

 家からこんな真夜中に動画スタジオへ行ったり、録画したりするのは無理だって解ってるよね? それでもどこかに行ったって言いきれるのは、お姉ちゃんも『どこで対戦したか』知ってるからじゃないの?」

『そ、それは……』

「そもそも、対戦してたのは『レディM』だよ。声だって加工されてた。どうして、私だって言いきれるの?」

『解らないわけないでしょ! 私はあんたのお姉ちゃんなのよ!』


 勢いを失い、萎みかけていたお姉ちゃんの声が、急に勢いを増して弾ける。


『手だけだろうと、声にエフェクトがかかってようと解るわよ。たった一人の妹だもの!』


 その声は厳しくて、力強くって、でも。

 泣き出しそうな優しさに満ちていた。


『あんたが、よりにもよって『救世の勇者』に選ばれたって第一報を聞いてから、私がどれだけ手を尽くしてたか、解らないでしょ? 私はあんたには『アナザーワールド』に関わってほしくなかったのに!』

「え?」

『なのに、あんたは京也君や真矢ちゃんまで巻き込んで、どんどん深みに嵌ってく! もう解ってるでしょ? 『アナザーワールド』がただのカードゲームじゃないって! とっとと契約を切って、カードを売って、普通に戻りなさい!』

「嫌!」


 返事は、ほぼ条件反射だった。

 いくらお姉ちゃんであろうとも、私にとって大事なモノに口出しされたくない。

 ましてや、フォルティオスを売るなんて。


『美空!』

「は~い。公式の言質、頂きました~」


 ふらつく私の背を支えるように立つマヤヤさんの声が、私を支える。

 私はスマホをスピーカーモードにした。

 これで、マヤヤさんの声もお姉ちゃんに届く筈だ。


『え?』

「やっぱり、公式は『アナザーワールド』がただのカードゲームじゃないって知ってたんだ。まあ、当然と言えば当然だけどね」

『真矢ちゃん? なんでそこに?』

「風ちゃんは、フェジオンエンターテイメントの渉外&ネット担当だもんね。

【極秘チャンネル@アナザーワールド】はチェックしている。違うか。

 もしかしたら担当だよね? 

 なら、当然把握していてしかるべきだと思うな。

 アクセス経路から、私とみっちゃんが同じエリアから入っていることとか。

 今日のマヤヤの特別チャンネルで、みっちゃんとマヤヤが接触したこととか。

 ちなみに今、マヤヤは風ちゃんとみっちゃんの家にお泊まりしています。勿論、富樫先生の了承は得ているよ」

『真矢ちゃん……』


 マヤヤさんの言葉は静かで、でも力強く、お姉ちゃんの反論を許さない。

 元々、隠し事をしていたお姉ちゃんには、大事だから言えない、言ってはならない秘密を知られたという引け目があるのだろう。


「時差的に、今、風ちゃんがいるのは会社だよね。テレビ電話じゃないし。

 だとしたら、『リンカー』とあんまり深い話をするのは拙いんじゃない?」

『真矢ちゃん。それは脅迫?』

「そんな怖いこと、マヤヤはしないよ。

 ただ、正式開始から十年。ずっと沈黙を守っていた公式が尻尾を出したのなら、それを掴んで巣穴から引っ張り出したいって思う『リンカー』は多いってこと。

 私達だって馬鹿じゃあないからね。夢と超能力の自動販売機が、いつまでも続かないことは解ってる。もう、真相に気付いている者だっているんじゃないかな?」

『…………』

「本当の『アナザーワールド』は、怖いところだからね。風ちゃんがみっちゃんを遠ざけたかった気持ちも解るよ」

「マヤヤさん……」


 しいっ、とマヤヤさんは唇の前に指を立てる。

 その目は真剣で、遊びが消えていた。

 さっきの異次元での会話を思い出す。


 本当の『アナザーワールド』は『怖いところ』。マヤヤさんは、さっきもそう言っていた。


「でもさ、みっちゃんは選ばれた。ううん、自分で選んだんだよ。自分の運命を」

『選ばれた、ではなく、選んだ?』

「そ。フォルティオス君がみっちゃんを選んだのと同時に、みっちゃんも選んだんだよ。『アナザーワールド』と真剣に向き合って、戦うって。

 その決意を、家族といえど踏みにじるのはどうかと思うなあ」


 マヤヤさんは頭がいい人だから、お姉ちゃんが何かを知っていたとしても、守秘義務や、もしかしたらそれよりももっと重い事情で語れないであろうことは解っている筈。

 だから、この会話は情報を聞き出す為ではなく、私の為。私が『アナザーワールド』を続けていく為のものなのだ。きっと。


『私は、ただ……美空には静かに、幸せに生きてほしいだけで……』

「私は、今が幸せだよ。お姉ちゃん!」

『美空』


 だから、マヤヤさんから会話を引き継ぐ。

 私が、自分ではっきりと言わないと。


「お姉ちゃんがいなくなって、寂しくて泣きたい気持ちになったこともあるけど、『フォルティオス』が来てから、雄太とも前より仲良くなったし、新しい世界も広がった。

 寂しいなんて思う暇はなくなって、今、私は本当に幸せなの」


 毎日、ぼんやり学校に行って、家に帰るだけの帰宅部だった日々に比べれば、今は毎日が楽しい。

 新しいこと、未知の世界が、自分の目の前に広がっているのだから。


「私は『アナザーワールド』が好き。お姉ちゃんやマヤヤさんの言う『怖いところ』を、まだ知らないからかもしれないけど。

 大事な友達で、家族でもある『フォルティオス』の世界だもん。好きになって、もっとちゃんと向き合っていきたいと思う」

『友達で、家族? 異世界から来たカードが?』


 お姉ちゃんの言葉が一瞬、針を宿したように思えた。

 背中がぞくりと粟立つようだ。

 でも、私の気持ちは変わらない。


「うん、私はそう思ってる。異世界から来ただけで、私達と何も変わらない人間で、大事なパートナーだって」

『異世界から来ただけで、何も変わらない人間……』


 私の言葉を反芻するように嚙みしめるお姉ちゃん。

 広がる静寂を破るように、空気が揺れた。


「心配しないで。僕は必ず美空を守るから」

『貴方、フォルティオス? 本当に来ていたの?』


 実体化したフォルティオス。

 テレビ電話ではないから、姿は見えない筈だけど。

 でも、この家に富樫家以外の男性がいるとしたら、それは彼しかいないと、お姉ちゃんは察してくれたようだ。

 そして、それはマヤヤさんの言うとおり、証明でもある。


『公式』は、カードの実体化も、異世界の存在も認識していたという。


「貴方がマスター。美空の姉だというのなら、心配するのも当然だ。

 でも、僕は必ず守るよ。

 星より与えられた『救世主』――その名と使命にかけて、美空を、彼女の世界ごと。

 だから、彼女を認めてほしい。僕には、どうしても美空が必要なんだ」

「フォルティオス……」


 彼の真っすぐで純朴な思いが、胸を突く。

 かける言葉を探していた私の耳に、


『やっぱり、あんたもこっちに来ちゃうかあ』


 そんな吐息のような言葉が、落ちてきた。


『仕方ないよね。パパとお母さんの子だもん』

「お姉ちゃん?」

『美空。あんたは本気で、フォルティオスと歩んでいくつもり? その先に待つのが、ゲームじゃない戦いだとしても』


 戦い、とお姉ちゃんははっきり口にした。

 今までマヤヤさんや店長さん、そしてフォルティオスが濁してくれていた、ゲームの先にあるものを。

 確かに、想像もできない世界での戦いだと考えると、震えがくる。


 でも、心はもう決まっていた。


「私にできることがあるのなら、必要とされるなら、そうしたい。

 大事な人の大切なモノを、私も守りたいから」

『解ったわ』


 ポキン、と小さな何かが折れるような音がしたのは、多分、空耳だと思う。


「お姉ちゃん?」

『私の目の届かないところで好き勝手されるよりはマシだから。

 勉学や生活を怠らないという条件で、『アナザーワールド』をやることを認めます』


 でも、お姉ちゃんは折れてくれた。私の思いと願いを認めてくれたのだ。


「ホント!」

『ただし、私は何も手伝わないし、教えないわよ。職務規定に反するもの。同じ理由で、私から情報を引き出すのは無理ですからね。真矢さん』

「オッケー。公式は『知らん』じゃなくって、『言えない』と解っただけで大進歩。

 後は、ゆっくりとね」


 二人の間に、電話越しだというのにバチバチと火花が飛んだのが見えた気がした。

 お姉ちゃんとマヤヤさん。

 間違いなく友達ではあるのだろうけど、『気が合った』とは、もしかしたら違うのかも。


『今は会社だし、もう切るわ。

 ……頑張りなさい。美空』

「あ、待って! お姉ちゃん!!」


 お姉ちゃんからの通話は、容赦なく切られてしまった。

 かけ直しても、電話に出られないというアナウンスが流れるばかり。


 でも。

 私はこの日初めて、自分の足で立って、歩けた気がした。


『リンカー』としての第一歩を。

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