第26話 『アナザーワールド』の謎 前編
「ふうっ! た~のしかった!
みっちゃん、絶対センスあるよ。マヤヤをあそこまで追い詰めるんだもん」
「追い詰めるところまで行ってないです。全然」
「ううん。基本はちゃんとできてる。京ちゃんやナイト君の教え方がいいんだね」
バトルの後、マヤヤさんはそう言って、私と雄太のプレイングを褒めてくれた。
「そうですね。前回に比べると、明確なプレイングミスは少なかった印象かな」
店長さんの評価も素直に嬉しい。雄太がアドバイスしてくれたおかげだ。
バトルの後、雄太は『IPフォン』を切ってしまったようだけれど、後で教えてあげよう。
「だから、後はカードの種類を覚えて、相手が次に何をしてくるかを予測すること。
そして、自分のデッキとカードの性質を覚えて、どうしたら相手の力を封じ、自分のペースに持っていけるかを考えることかな?」
「相手のデッキはそれぞれ。能力も様々。正確な予測はできないけど、自分のペースを守って戦えれば、余程の事故でもない限り、互角以上に戦えるものだよ。後は自分とパートナーを信じること」
「そうそう。戦いたいのに戦えない。自分のやりたいことができない、っていうのが一番辛いから。身に染みたでしょ?」
「はい」
「カードバトルはどうしたって運があるから、思い通りにならないこともあるけれど、自分にできる限りのことをして、その上での敗北なら納得もいくってものなのよ。だから、頑張って! マヤヤも京ちゃんも応援しているから」
「はい。ありがとうございました」
トップリンカーにして人生の先輩の言葉は、決してカードバトルのことだけを言っているんじゃない気がする。
私はその言葉を、心の中に大事に刻み込んだ。
「さて。それじゃあ、帰ろうか。あんまり夜更かしすると富樫先生に怒られちゃう」
「はい。あ、ここって時差とかあるんですか? 時間の流れが違うとかは?」
「特にないみたいだよ。ここで過ごした時間の分だけ、向こうでも時間が経過する感じ? このフィールドはいつ来ても昼だけど」
「向こうの、フォルティオス達の世界には、別に昼夜がないとかじゃないんだよね?」
「ないよ。普通に昼夜があるし、雨も雪も降る」
「じゃあ、ここだけが本当に特別なんだ。
そういえば、店長さん。ここに一度入ったら、バトルするまで出られないって言ってましたけど、もし私達が来なかったら、どうするつもりだったんですか?」
「来ると解っていたから別に。でも、いざという時には先輩に電話していたかな?」
「電話、通じるんですか?」
意外な事実が判明。
そういえば、ここでの対戦は配信されているんだった。
「ここから現実世界には通じるっぽいよ。完全に向こうに行っちゃうとダメみたい」
「向こうには通信用の電波がないからかもね?」
「じゃあ、向こうではどうやって通信しているんでしょう?」
「普通に手紙や伝書鳩だ。同勢力の能力者同士なら、テレパシーや水晶玉、通信術などもあるが」
「ネクサス領域では、機能を限定したものが出始めているようだがな。『IPフォン』とか言ったか」
「あのアイテムって、そういう意味だったんですか」
まだまだ知らないことばかりだ。
向こうのアイテムや魔法が、こちらでカードになっているのか。
それとも、こちらでカード化されたモノが、向こうで使えるようになるのだろうか?
「お二人は、向こうの世界に行ったことが?」
「……何回かはあるよ。二人一緒に、じゃないけどね」
「マヤヤもちょびっとだけ。面白いけど、怖い所だから、今のみっちゃんには勧めない」
「怖い所?」
マヤヤさんの眼から、遊びの光が消えたのが解った。
『アナザーワールド』は、五勢力が覇権を争う戦乱の地。
しかも、インベイダーが来襲しているという設定だったのは覚えているけれど。
「マヤヤの言う通りだ。僕も今の君を、向こうには連れていかない」
「フォルティオス……」
連れていけない、ではなく、連れていかない。
静かだけど強い彼の意思に、私は改めて事の重さを感じる。
前にシエロさんも言っていたけれど、彼らは私達とゲームをするために、こっちの世界へ来たわけではないのだ。
何か、深い理由と思惑を持っている。
「そうだな。我らの領域なら、まだ庇って『帰してやれる』が、フォルティオスでは帝国の連中に押し切られることもありうる」
「まだ卵の殻をつけたひよこが、あまり高い所を見るな。
翼も整わぬうちに、身の丈に合わぬ空へ足を踏み出せば、落ちるだけだぞ」
「はい」
シエロさんと加奈子さん。どちらも私達を案じてくれているのが解るから、私はそれ以上、問いかけるのを止めた。
私には、まだ知らないことが多すぎる。
「そうだ。みっちゃん。はい、約束のもの、あげるね」
「えっ!」
話を切り替えるようにマヤヤさんは明るい声で告げると、何かを操作するように指を滑らせ、空中から何かを取り出した。
「約束のもの? あ! 『フェリーハット』!」
「そう。はい、どうぞ」
緑色のカードが差し出された。
向こうで見せてもらったものと同じ魔法アイテム、『フェリーハット』だ。
「ありがとうございます」
「スペルと違って、使用回数に限度はないけど、一度向こうでアイテム化しちゃうと、カードに戻すためにはここに戻らないといけないから注意してね。万が一、誰かに持っていかれちゃうと、悪用されることもあるし」
「気を付けます。あ、スペルと違って、ということは、スペルは使用回数が決まってるんですか?」
「基本的にスペルは一回の使い切りだよ。使い切ったら、こっちに戻って再取得しないと」
これは店長さんの説明。
「再取得?」
「いい機会だから教えておくよ。このトレーニングエリアのシステムをね。美空ちゃん。
『ウインドウ・オープン』って言ってごらん」
「はい。『ウインドウ・オープン』。わっ! なんか変な画面が出ました!」
驚いた。空中に、まるでタブレットを広げたような、電子画面のようなものが現れたのだ。
丁度、ゲームのステータス画面のよう。
いや、ステータス画面そのものなのかも。
名前、画像、パートナー名。それからレベルと、『SP』や『MP』『LP』などのよく分からない数値もある。
名前は『北条美空』。プレイヤー名は空白。
レベルは8。SP、MPも同じ値。LPだけ、なんだか90なんて高い数値になってる?
「それは『アナザーワールド』における、僕達の能力の値を示すものらしい。
おいおい教えていくけれど、SPはこちらの世界で術やアイテムを作る力。
MPは向こうで術やアイテムを使う力だと思えば解りやすい。
強力な呪文や技ほど、作成や使用に多くの力を使うから、ポイントイコール使用回数、というわけじゃないけどね」
「MPはここに来るたび、SPはここでバトルするたびに補充されるから、アイテムをみっちゃんにあげても、マヤヤには支障はないから安心して!」
「この間、店長さんが下さった『IPフォン』も、店長さんがここで具現化したものなんですね?」
「そう。そのカードを所有して、きちんとイメージできないとスペルもアイテムも具現化できないから、なんでもできるわけじゃない」
「まあ、マヤヤも京ちゃんも、無駄に『アナザーワールド』歴は長いからね。
欲しいカードがあったら、大体は出してあげられるよ。
ただ、使えることと、使っていいことは同じじゃない。みっちゃんなら解るよね」
「はい」
マヤヤさんの、言い聞かせるような忠告を噛みしめる。
スペルを『使われる』恐ろしさは、解っているつもりだ。
「僕も、むやみに使うことは推奨しない。前に言った通り、一般人に使えば、命こそ奪えないようだけど、動きを止めたり、精神に関与したりもできるから」
「心します」
「じゃあ、練習がてら、一つアイテムを作ってみようか」
「『タリスマン』とかいいかもね。護身用に」
そうしてアドバイスを受けながら、私は『タリスマン』と『次元ラビリンス』を具現化した。パートナーが所属する領域のアイテムやスペルなら、必要なポイントも少なくて済むらしい。
「『タリスマン』はスペルを無効化できる。『次元ラビリンス』は、襲ってきた敵の動きを封じられる。加えてフォルティオスがいれば、『リンカー』が襲撃してきても対処できるはずだ」
「ありがとうございます」
そんな会話をし、アイテムを握りしめて戻ってきたのが、深夜十二時過ぎ。
戻ってきてみれば、リビングに置いていたスマホが光っていた。
「あれ? スマホがピカってる? 誰かが電話してきたのかな?」
「あ、私のも? 家電にも着信が入ってるみたい。こんな真夜中に?」
私が電話を手にした瞬間、またスマホが着信の歌を奏で始める。
表示された発信者は――
「え? お姉ちゃん?」
「あ、ホントに風ちゃんだ」
おそるおそる画面に指を滑らせると、
「美空! あんた一体、どこで誰と何してんの! こんな真夜中に!!」
鼓膜が痺れるような高音が、深夜のリビングに轟いたのだった。




