第24話 目指す頂 前編
半異世界。
訓練用バトルフィールドだと店長さんが言った不思議空間には、今日も青い空が広がっている。
ここに来るのは二回目。
向こうは夜だったのに、前回も今回も晴天の、多分、日中。
時差でもあるのかな?
そんなことを逃避するように考えながら、私は目の前で太陽のような笑顔を浮かべるマヤヤさんを見上げていた。
え? バトル?
呆然とする私の背後から、吐息交じりの声がする。
「やっぱり、こういうことになっていましたか。先輩」
振り返れば、そこには店長さん。
勿論、側には同じ表情で腕を組むシエロさんもいる。
「あれえ? 京ちゃんも来てたんだ? やっぱり、みっちゃんのことが心配だった?」
「それは、まあ。いつも先輩の傍若無人さに振り回されている身としては。
こうなることは予想できていましたからね」
「だってぇ、今日を逃せば、しばらくみっちゃんと対戦できる機会なんてないんだもん。
どうせやるなら、広い舞台で思いっきりやりたいし」
「まあ、『解ります』よ。……美空ちゃん」
「は、はい」
店長さんは、私を見つめ静かに微笑んだ。
「申し訳ないんだけど、ここは入ったら一度バトルをしないと帰りのゲートが開けないんだ。先輩と対戦してあげてくれないか?」
「私が、マヤヤさんと、ですか?」
何も分からず引っ張られてきてしまったけれど、考えてみれば恐れ多い話だ。
マヤヤさんはトップテン。
世界最高レベルのリンカーにして、天にも届くような上位プレイヤーなのだ。
「そう固く考えないでいいよ。軽いフリーバトルだと思って」
「でも、ここでバトルすると、自動的に配信が始まるんでしたよね?」
「うん」
当たり前のようにマヤヤさんは頷くけれど、自分の、拙いどころじゃないレベルのバトルが全世界に公開されるのは怖い。
しかも、トッププレイヤーとの対戦が。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと加減するし、トーナメント前に場数を踏むのも、いろんなデッキに触れるのも勉強だよ」
マヤヤさんは余裕の表情だ。
負けるなんて微塵も考えていない顔をしている。
「何だったら、京ちゃんやナイト君の力を借りてもいいよ。『IPフォン』持ってるんでしょ?」
「いいんですか?」
「僕は口出ししないよ。君と雄太君、二人で頑張ってみるといい。僕とはまた違う色構成だから、勉強になると思う」
「でも……」
頭の中を過るのは、この前の対戦で流れた膨大な数のコメント。
対戦配信は相当にシビアな世界だ。
一挙手一投足が注目の的。
プレイングミスは容赦なく指摘され、笑われる。
前回は初対戦だったから、甘く見てもらえたところもあると思う。
今回はそうはいかない。
喉が緊張に音を立てた。
でも、でも……。
「フォルティオス」
「……なんだい? マスター」
「負けちゃうかもしれないけど、いいかな? 私、やってみたい」
「マスター」
勿論、知ってる。
今の自分じゃ、まったく知らないデッキを使うマヤヤさんに、かなうはずがないって。
でも。
「見てみたいの。私が目指す頂。
トッププレイヤーの力と技を」
私の無謀な発言に、「ほう」と、まるで面白いものを見るように加奈子さんとシエロさんの目が輝いた。
「なるほど。フォルティオスと共鳴したマスターにしてリンカー。ただの可愛い小娘ではないようだな」
「子猫だと思って甘く見ると、手を引っかかれることになるぞ」
「力を貸してくれる? フォルティオス」
「君の望むままに」
「ありがとう!」
私達の様子を見ていたマヤヤさんも、満面の笑みを浮かべる。
「よーし! 決まり! 楽しいバトルにしようね。
頑張ってくれたら、お姉ちゃん、ご褒美もあげちゃうぞ」
「ご褒美? なんですか?」
「『フェリーハット』いらない?」
「いります!」
我ながら現金だと思うけど、やる気は出た。
十二分に。
あれが貰えるなら、恥をかいても、ちょっとぐらい酷評されても耐えられる。
勿論、マヤヤさんを失望させないよう、できる限りのことをして頑張るつもりだけど。
「よーし。スペシャルバトル、はっじめるよ~」
私が決意を固めるのと同時に、フィールドが何もない場所からせり上がってきた。
どういう仕組みなのか、考えている余裕は今の私にはない。
雄太と『IPフォン』を繋ぎ、協力を求めると、私はデッキを抱きしめた。
これは、きっと私の『リンカー』として初めての、本当の『対戦』になる。
「頑張ろうね。フォルティオス」
「ああ。頼りにしてる。マスター」
【極秘チャンネル@アナザーワールド】
『『リンカー』バトルの配信を開始します』
本当の対戦では、じゃんけんで先攻後攻を決めるらしいんだけど。
「今日のところは先攻、どうぞ」
マヤヤさんが先手を譲ってくれた。
特別なコンセプトでデッキを組んでいなければ、『アナザーワールド』は先攻有利。
これもハンデだと思って、甘えさせてもらう。
手札にはフォルティオス。
そして、キャラクターとコンタクトカードが何枚か。
前の対戦の反省を生かし、軽いコンタクトカードを少し増やした。
仲間を増やすことは、フォルティオスの強化にも繋がるし。
手札からドローやチャージを持つキャラクターカードを場に出し、力を与えて終了。
迷ったけれど、一枚、力を与えないキャラクターも場に残す。
「へえ、リンカーらしくなったね」
マヤヤさんが、そんな声をかけてくれた。
多分、私と店長さんのバトルを見ていたというから、私が店長さんの真似をしたことに気付いたのだろう。
マヤヤさんも、同じようにキャラクターを一体、場に残して終了。
次のターン。
前に店長さんがやっていた手法を、私も試してみた。
キャラクターにデッキを攻撃させることで、場にキャラクターを増やすテクニック。
アグレッシブ回し、というらしい。
結果、二枚、キャラクターは場に出たけれど、一枚、武器カードが落ちてしまった。
ダメージが一枚増えている。
『そのキャラクター一人が、フォルティオスデッキでは重要なんだ。気にすんな!』
『IPフォン』のインカムから、雄太が励ましてくれる。
『序盤は落ち着いて仲間を増やせ。コンタクトは場を見て、できるだけ敵の場や、まだ支配していないキャラクターを狙うんだ』
盤面を見たけど、さすがはマヤヤさん。
私に簡単に奪われるようなデッキ構成にはしていない。
向こうから横取りするのは無理だと判断して、場に出たキャラクターをコンタクトし、場に残したキャラクターを味方にして終了。
次のターン。
マヤヤさんも確実にデッキを回し、場を整えて終了。
店長さんとのバトルの時には、後攻二ターン目にシエロさんが降臨して、絶望しかなかった。
あれはさすがに店長さんが凄すぎたのだと思う。
というか、思いたい。
「場の準備は整った。僕を出してもらえるかい?」
「うん」
先攻三ターン目。
私はフォルティオスを場に出した。
今回はちゃんと補給線も整っている。
フォルティオスと、それ以外のキャラクターにも力を与える余裕がある。
「加奈子を出されると、僕も攻めきれない可能性がある。
先手必勝だ」
「解った」
私は奪われたくない補給キャラクターと、フォルティオスに多めに力を与えて終了した。
そして、次のターン。
にこやかでありながら、どこか不穏な声がする。
「みっちゃん、そろそろ本気出していくよ~」
「へ?」
金色の瞳が、猫のように煌めいて。
「行って! 加奈ちゃん! 頼んだよ」
「ああ、任せるがいい」
場に加奈子さんが降り立った。
少し勉強したけれど、コンタクトカードには、シエロさんのように段階を重ねて強くしていくカードと、一段で強力な力を発揮する代わりに、場に出しにくいカードがあるらしい。
加奈子さんは後者。
リンクファクターも出現コストも重いけれど、ひとたび場に出るとなかなか除去できない。
「でも、大丈夫。今の僕なら、簡単に力負けはしないよ」
フォルティオスが自信ありげに剣を構える。
確かに、加奈子さんの攻撃力は一八〇〇。耐久力も一八〇〇。
二段階成長したシエロさん並みだけれど、こちらの場にもあちらの場にもキャラクターが多い今なら、負けずに押し勝てそうだ。
「次のターン、頼むね」
「任せて」
でも、私達に『次のターンの攻撃』はやってこなかった。
「うん、フォル君は強いね。このままだと、加奈ちゃんも押し負けちゃいそう。
でも、ね。
――闇よ。踊れ。夢に誘い、舞い狂え――。
『ハロウィーンパーティ』!」
マヤヤさんの手から緑色の光が放たれ、場を包み込む。
と、同時。
「え? 何? 何が起きたの?」
キャラクター達に与えた力――パワーが、全て消え失せた。
まるで蒸発するかのように、スーッと。
「フォル君が動けなければいいんだよ。
あとの小さい蟻ちゃん達は、加奈ちゃんが、ぜーんぶ踏み潰してくれるから」
そう言って笑うマヤヤさんは、いつの間にか金色の瞳と紅の髪を持つ、戦場に立つ加奈子さんとそっくりの魔女に見えた。
ううん、違う。
鬼の顔をして、笑っていた。




