第21話 楽しい(?)お泊り会 前編
「久しぶりの日本のスーパーはテンション上がるなあ。ねえ、みっちゃんは何が食べたい?」
「えっと、あの……本当にいいんですか?」
「まだ遠慮してるの? そんなのなしなし! こっちが押しかけて泊まらせてもらうんだもん。食費を出すのは当然です! あ、お寿司食べたい! あとピザ。フルーツとチョコレートと、ポテチも外せないよね。飲み物は? 何飲みたい? 炭酸と、あと烏龍茶も買おうか?」
「あ、あの、加奈子さんはコーヒーがお好きなんですよね。でも、家にはコーヒー用の道具とかなくって」
「私の好みを奴が口にしたのか?
なら、私は隣の百均で簡単に道具を揃えてくる。
フォルティオス、ここは任せたぞ。か弱い女に荷物を持たせるな」
「荷物持ちに異論はないけど、君をか弱い女性にカウントするのは……」
「何か言ったか?」
「……いいえ。どうぞ買い物へ。こっちはお任せを」
「いい返事だ。真矢、子どもらの引率は任せたぞ」
「いってら! 加奈ちゃん。豆も好きなの買ってきていいからね。
そうだ、雄太君も一緒に食べてこーよ? お姉さん、極上ステーキとケーキおごっちゃうぞ」
「両親に、電話して聞いてからでいいですか?」
「りょっか! あ~、久しぶりにお刺身も食べたいなあ。でも、もうじき北海道に帰るしなあ~。どうしようかなあ?」
フォルティオスの両手の籠には、既に食材やお菓子、飲み物がいっぱい。
まだまだ買い物は続きそうだし、これはカートでも持ってきてあげた方が親切かもしれない。
そんな私の動きと意図を読んだのか、
「あ、俺が行ってくる。美空はマヤヤさんの側にいろよ。
あの人、あのままだと店ごと買いそうだ。冷蔵庫パンパンになるぞ」
そう言ってくれた。
「ありがと。お願い」
「すぐ戻る。でも、さあ」
踵を返しかけた雄太は、ふと足を止め、振り返る。
「異世界の戦士と鬼姫に、それも市場価格数百万円のカードにさあ、スーパーの籠に入った寿司なんて持たせていいのかなあ」
素朴で切実な疑問を落として。
事の発端は、有名動画配信者で『アナザーワールド』ランキングプレイヤーのマヤヤさんが、店長さんの店に来て生配信を始めたことだった。
その後、突然マヤヤさんが、
「みっちゃんのうちにお泊まりしま~~す」
と、言い出したのだ。
「え?」
「だって~、定宿のホテルは遠いし、疲れたし~、可愛いみっちゃんともっと色々お話ししたいし~。一人暮らしなんでしょ? もちろん、宿代も出すし、食事代もお姉さんが出します! 一緒に夜更かしして、おしゃべりパーティしようよ!」
「夜更かしして、おしゃべり……」
それは、とっても魅惑的な誘いだった。
ずっと大好きで。
でも、お姉ちゃんが家を出てからできなくなったこと。
フォルティオスにも愚痴ってしまったけれど、私は一人が嫌いで、誰かと直接繋がって、関わっていたい。
だから、カードゲームに興味を持ち、手を出したのだし。
「ああ、本気で嫌ならちゃんと言って。そこは押さないから」
「嫌、ではないですけど……」
「うん。知ってる。だから決定!」
「あ……。はい。お願いします」
知らないうちに、私は決心していた。
「よーし、今日はマヤヤお姉ちゃんといっぱい遊ぼうね!
そういう訳で、京ちゃん。今日はお勉強お休みでよろ! 宿題はマヤヤが家でしっかり見るから」
「分かりました。美空ちゃんのことをお願いします」
「京也!」
店長さんの判断に明確な異議の声を上げたのは、シエロさんだけだった。加奈子さんは、むしろ勝ち誇ったような顔で腕を組んでいる。
「美空ちゃん。先輩はこれでもトップテンで、性格や行動はともかく、『アナザーワールド』の実力は確かだから」
「ありがと。いつもながら一言多いけど、その評価は嬉しい」
店長さんは、本当にマヤヤさんが苦手ではあるけれど、一方で通じ合ってもいるようだ。
さっきの配信も息ぴったりだったし。
「また、僕ではわからない女性の目線から、トーナメントや対戦について教えてもらえると思う。それは無駄にはならない筈だよ。
急な話だけど、君がもし、いいと思うのなら泊めてあげて欲しい。
必要なら、富樫先生には僕が連絡するから」
「はい、喜んで」
店長さんも背中を押してくれるなら、私に異論はもうない。
「マヤヤさん。
一人で掃除しているので、至らないところもあるかもですが、それで良ければどうぞ、うちに。
色々教えてもらえると嬉しいです」
「まーかせて。忘れられない夜にしようね。行くよ、加奈ちゃん、フォル君。
まずは買い出しだ! 荷物持ちお願い!」
「え?」
私の手をぐいと引き、外へ足を向けるマヤヤさんは、当たり前のようにそう言った。
そして加奈子さんは、呆れたように息を吐き出しながらも、
「相変わらず人使いが荒い。行くぞ、フォルティオス」
「ちょ、ちょっと待って! 加奈子!」
フォルティオスを引きずっていく。
何? この似た者コンビ。
かくして私達は、時刻は六時。
薄暗くなり始めた宵の街へ、歩を進めたのだった。
そして夕方8時。
帰りついた家のダイニングキッチンで
「ふう~。買った買った。加奈ちゃん、フォル君、お疲れ様。
これで、今晩と明日の分くらいは持つよね」
「十分ですよ。私一人だったら、使い切るのに一週間はかかります」
マヤヤさんが、にっこりと荷物運びの功労者二人を労う。
と言っても、加奈子さんは涼しい顔で、主にぐったりきているのはフォルティオスの方だけど。
キッチンのテーブルの上には、山のように積み上げられた食材の数々。
肉、野菜、お刺身、お寿司、冷凍ピザにケーキ、お菓子。ドリンクのペットボトルもたくさん。ミカン箱の段ボールだったら四つ分はありそうな量を運んでくれたんだから、当然だけど。
ちなみに、マヤヤさんはお財布担当。つまりは手ぶら。
私は、美味しいと評判のお店で買ったケーキのみ。手伝おうかと言ったら、
「この程度の荷物持ちで音を上げるような柔な訓練はしていない。
できるな?」
と、加奈子さんに圧力をかけられたフォルティオスが、頑張ってくれた。
「大丈夫。加奈子の言う通り、これくらいは何でもないよ。
女の子に重いものは持たせられない」
せめて、後でケーキを一番に選ばせてあげよう。
因みに雄太は電話をしたら両親から帰宅するように言われ、買い物を終えたところで私達と別れた。
「でも、凄いですね。スペルの力って。誰も加奈子さんやフォルティオスに気付かなかった」
「これは、スペルじゃなくって魔法アイテムだけどね。『フェアリーハット』」
そう言うと、マヤヤさんは緑色のカードをデッキケースから出して、キスをした。
実体化した不思議な帽子は被ると何故か透明になって、被った人物の印象を散漫にする。
おかげで、見るからに鬼な加奈子さんも、金髪碧眼。
地方都市を歩いたら絶対に悪目立ちするフォルティオスも、意識されることなく買い物ができたのだ。
「ゲームでは、スペルや特殊能力の効果を受けないカードだけど、現実で使うと、人の認識や記憶を阻害できるみたいなんだよね。
スペルだと監視カメラや動画、写真は誤魔化せないことが多いんだけど、これだと大丈夫。
だから、加奈ちゃんに動画撮影をお願いしているんだ」
「凄いですね」
悪用されたら、という思いは封じておく。
っていうか、このカード、私も欲しい。これがあったら、フォルティオスも動きやすくなる。
「でも、本当にいいんですか? 食費、全部持っていただいて」
ざっと計算しただけでも、二万円は超えている。
高級ステーキ肉や刺身の盛り合わせ。特上寿司も含めて、普段の私は絶対に選ばない、選べない食材だ。
「いいから、いいから。お姉ちゃんに任せて。こう見えても、そこそこ稼いでいるのだ~。
それに加奈ちゃん、見かけによらずいっぱい食べるから。
フォル君も食べ盛りでしょ? 美味しいものを食べるって、心を元気にするよ。
ついでに、誰かの美味しい笑顔は、食事をもっと美味しくするスパイス。
いつもは加奈ちゃんと二人で寂しく食べることが多いからさ。
今日は賑やかな食事を堪能させて♪」
ねっ!
と、自分の魅力を十分に理解しているマヤヤさんの笑顔には、とてもかなわない。
きっとフォロワーさん達もそうなんだろうな、と思いながら、私は優しい「お姉ちゃん」のご厚意に甘えることにした。
「じゃあ、料理始めますか? ピザは電子レンジで温めて」
「あ、それはちょっと待って。先にやらなきゃいけないことがあるから。
加奈ちゃんとフォル君は、『戻って』て」
そう言うと、マヤヤさんはツインテールの髪留めを解いた。
さらりと、腰まで届く桃色ストレートの髪が、虹のように流れる。
そして、ほぼ同時に、玄関のチャイムが高らかに訪問者の到来を告げた。
私のスマホにも着信が。
「お客さんの方は、私が出るね。みっちゃんは電話終わってからでいいよ」
「え? ちょっと待ってください。雄太、どうしたの?」
ケーキの箱を一つ、細い指先に引っかけて、すたすたと玄関に向かうマヤヤさん。
私が雄太からの電話を取ると、
『美空! 親父がそっちに行った! 気をつけろ!』
「え? おじ様?」
玄関先に向かった時には、もう始まっていた。
「君は一体、何者だ」
「初めまして。富樫先生」
おじ様とマヤヤさん。
二人のバトルが。




