第20話 嵐の後の……
「ふう~。配信終了! カメラもマイクも切ったから。
もう心配しないでいいよ。脅かしちゃってごめん。みっちゃん!」
さっきまでの、いかにもアイドル、配信者、といった感じのきゃぴきゃぴした印象から、ガラッと変わった、というわけではないけれど。
少し落ち着いた雰囲気になった、というか、多分、いつもの自分に戻ったマヤヤさんは、
「改めまして。澤本真矢です。もちろん、マヤヤって気軽に呼んでくれると嬉しいな♪」
そう言って、私に真っすぐな手と笑顔を向けてくれた。
「あ、北条美空です。こっちは富樫雄太。よろしくお願いします」
「名高い『ファンタズマウィッチ』に会えて光栄です。噂には聞いてましたが、本当に師匠と知り合いだったんですね」
『アナザーワールド』のランキングプレイヤーだから、雄太は名前を知っていたらしい。
少し緊張気味ではあるけれど、店長さんに向けるものと近い、尊敬の眼差しを浮かべている。
「なるほど。雄太君が京ちゃんのもう一人のお弟子で、美空ちゃんの頼りになるナイト君ね。
初々しくてよきよき。学生時代の京ちゃんを思い出すね」
「僕達とは逆ですけどね。ゲーム同好会だった高校時代、β版が発売されたばかりの『アナザーワールド』を先輩が目ざとく見つけて、誘ったのが始まりですから」
「高校時代にβ版? ってことは、『アナザーワールド』の正式販売から今年で十年だから、今……」
「雄太君、女性の年を数えるようなデリカシーのない男の子になっちゃダメだぞ!
もう、ホント。京ちゃんにそっくり。そういう悪いところは真似しないの!」
「あたた。すみません!」
まだ握手のために握っていた手を、どうやらぎゅうっと握り潰されたらしい。
でも、今のは雄太が悪いと思う。
二十九歳かあ。見えない。
「そんで、君がフォルティオスね。加奈ちゃんから噂は聞いてるよ。よろしく」
「こちらこそ。マスターを助けに来てくださって、ありがとうございます」
「私もお礼を言わないとですね。ありがとうございます」
「助けた、ってわけじゃないけどね。今、一番ホットな話題に横乗りして、再生数はキッチリ稼がせてもらったし」
「いえ。そうだとしても。
店長さんとお二人で、公式戦に出る前に、私とフォルティオスが好奇の目に晒されないよう、防波堤になってくださったんですよね」
最初は何の説明もなかったから、わけが分からなかったけれど、そう考えればいろいろと納得がいく。
「可愛い女の子」と、実際はそうでなくても興味と注目、そして好感を持ってもらえるように紹介し、店長さんと一緒に事情の説明もしてくれて。
何より、はっきりと『いじめるな』『手を出すな』と牽制してくれた。
私にとってフォルティオスは本当の意味でのパートナーだから、彼以外のデッキを使うつもりはあまりないけれど。
一般の人には高額なカードだから、実際に対戦で使ったら引かれる可能性もあっただろう。それも考慮に入れて、事前に私の代わりに「おことわり」も入れてくれたのだ。
まさしく加奈子さんの言う通り、『私達を助ける』ための配信だったのだろう。今回は。
「リンクしたパートナーって、同性の時もあるんですね。私も店長さんもだったから、異性が基本だと思ってました」
「京ちゃん、その辺、説明してなかったの? はっきり調べたわけじゃないけど、異性七割、同性三割って感じだよ」
「他にも教えなくてはいけないことがたくさんありましたから」
マヤヤさんの指摘に肩を竦めながら、店長さんも謝罪してくれた。
「美空ちゃん、雄太君。驚かせてすまなかったね」
「いえ。店長さんも、ありがとうございました」
「僕は真矢先輩の作戦に乗っただけだから。
まったく。もっと早く言ってくだされば、ちゃんと準備やシナリオ立てもできたのに」
「ごめんね~。
帰国したの昨日だったし、日曜日には北海道に戻って予選に出ないとだったからさあ。
今日しかダメだったのよ」
「やり方は強引でしたが、感謝はしています。
どうしても僕では美空ちゃんを守り切れない局面も出てきますからね。頼りにしていますよ」
「まーかせて! 京ちゃんと加奈子の弟子だもん。マヤヤにとっても弟子も同然。
女の子同士なら、姉妹とかの方が可愛いかな。
バッチリ面倒見ちゃうから!」
「よ、よろしくお願いします」
顔も歳もまったく違うのに、何故かお姉ちゃんを思い出す。
だからだろうか。私は素直に頭を下げていた。
「ふふふ。なんか、照れちゃうなあ。ホントにいい子だね。頑張ったかいがあった。
そう思わない? 加奈子」
そう思っていると、配信の片づけを終えたらしい加奈子さんがやってくる。
「そうだな。フォルティオスが選んだにしては、愛らしい娘だと思った」
「こっちもちゃんと紹介してなかったね。マヤヤの大事なパートナー。加奈ちゃんだよ」
「坂上加奈子だ。よろしく」
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
坂上で鬼というと、私達は坂上田村麻呂と鈴鹿御前の伝説を思い出す。
何か関係あるのかな?
向こうとこちらは平行世界というけれど、随分違うみたいだけど。
「ふむ。私の外見を見ても慄かず、挨拶できるか。見る目は確かだな、フォルティオス。
少しは成長したか」
「それって褒めてるのかい?
僕だって、君達にからかわれるだけだった七年前とは違うんだ。もう、身長だって追い越しただろう?」
「最上級の褒め言葉のつもりだったのだが?
確かに、初めて会った八歳の頃に比べれば多少背は伸びたが、線は細いし、中身はまだまだ子どもだ」
「もう! 加奈ちゃんは、いつも一言多くて足りないんだから。いいパートナーを見つけられて良かったな、って言ってあげればいいんだよ!」
なんだか、鬼姫っていうから凄く大きな人のイメージだったけれど、側で顔を合わせてみると、そんなでもない。
マヤヤさんが私よりちょっとだけ大きくて、多分、身長百六十センチくらい。加奈子さんもマヤヤさんより少しだけ大きい。百六十五センチ前後じゃないのかな?
でも、存在感は凄い。押し潰されてしまいそうな重みがあるのだ。
身長百八十センチのフォルティオスを線が細いと笑う割に、加奈子さんはそんなに筋骨隆々には見えないのだけれど、弱そうにも見えない。むしろ逆。
強さと美しさを兼ね備えた方だと分かる。
少しウェーブのかかった腰までの長髪。頭頂部から天に向かって聳える角と併せて、紛れもなく鬼。
だけど瞳は優しくて、本当に怖さを感じない。
「でもさ、フォルティオスがシエロや鬼姫の弟子だったなんて初めて聞いた。
師匠。そんな設定、『アナザーワールド』にありましたっけ?」
「さあね。ゲームの『アナザーワールド』と異世界は完全なイコールではなさそうだし、そういうこともあるだろう」
「子どもの頃、一緒に暮らして、いろいろ教えてもらってたらしいよ」
「へえ。五勢力すべてに友好判定があるっていうのは聞いてたけど、そういうことなのか」
私が初心者だから知らないだけで、みんなが知っている公式設定かと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
「教導が終わって二年。また呼ばれることがあるかと構えていたが、なかったしな。
まあ、元気そうで何よりだ。帝国は人使いが荒かろう?」
「うん。元気でやっているよ。忙しいは忙しいけれど。
こちらに来る許可をもらうにも、少し時間がかかった」
「相変わらず帝国は頭が固い上に、調子に乗っているな。とっととこっちへ来い」
「待て。こっちは『ルール』を守ってやっているのだ。横から来て勝手な触手を伸ばすな。
まったく、お前の図々しさは変わらんな。
いや、リンカーを得て倍増した」
「ほう。我々は平和主義だが、喧嘩を売るなら格安で買ってやるぞ。感謝して死ね」
「もう、やめなよ。二人とも」
「相変わらずの犬猿だねえ、あの二人は。リンカー同士はこんなに仲良しなのに」
「誰のことを言ってるんですか?」
シエロさんとは比較的、普通に振る舞っていたフォルティオスが、加奈子さんには随分と肩の力が抜けている。
シエロさんも今まで見せなかった素、とでも言ったらいいのかな。
二人に合わせて実体を作っている分、魔術師ではない人間らしさが覗き見えているみたい。
でも。
なんだか、ちょっとモヤる。
「こっちに来て最初に会うのが、まさか君達二人だとは思ってなかったよ」
「貴様は相変わらず能天気だな。偶然であるはずがない。当然だ。決まっているだろう」
「そうなのかい?」
「お前の教導もそうだが、我らは勢力の最前線に立つ者。常に先頭に在らねばならん」
「貴様を得て勝利確定と、ぬるま湯に浸っている帝国とは違う。
美音も真奈香も、とうに来ているぞ」
「そうなんだ……。陛下に本気で進言しないと、置いていかれるね」
「ねえ? フォルティオス」
「なんだい? マスター」
「フォルティオスって、いくつ?」
話を聞いていて、思ったのだ。
初めて会ったのが八歳で、教導を受けていたのが七年前。終わったのが二年前。
魔術師さんと鬼で、外見と実年齢が同じではないにしても、話に聞くだけでも厳しい教導期間は、そんなに長かったのだろうか?
「十五歳だけど?」
「!」「フォルティオス!」
「え?」
シエロさんと加奈子さんが、焦ったような声を上げる。
けど、真っすぐに私を見て告げるフォルティオスの目には、欠片の迷いも惑いも見えなかった。
「十五歳? 私よりも年下?」
「来年の春に十六になる。だから、今、君が十六なら年上だね」
「うっそだろ? その身長と体格。親父どころか、学校の体育教師だって目じゃねえ。
絶対に二十五とか、それ以上だと思ってた」
「僕……いや、僕達の世界では、成長の速度がいろいろだから」
当たり前のように、微笑みさえ見せて。
そうなのかな?
当たり前なのかな?
私は聞いたことを後悔した。
最初は小さな『モヤっ』だったのが、なんだか、どす黒い雲みたいになってる。
なんだろう、これ?
自分の中に生まれたわけの分からない感情に振り回されていた私は、気がつかなかったし、見えなかった。
フォルティオスがお二人に左右から殴られていたことも。
マヤヤさんが、大きく息を吐いて頷いたことも。
「つまり、みっちゃん! お姉ちゃんだね~」
ぼんやりしていた私は、突然肩に回された腕と温もりに、ハッと我を取り戻す。
「えっ、お姉ちゃん?」
「よろしくね、マスターお姉ちゃん」
「マヤヤさんのお姉ちゃん、ではないですけど」
「それはそう。マヤヤの方がお姉ちゃんだから。よーし、決めた。
今日はお姉ちゃんが、みっちゃんのうちにお泊まりしま~~す」
「はい?」
「いっぱい女の子トークしようね。可愛い妹ちゃん♪」
ほっぺにちゅっとキスをされ。
また、すぐに取り戻した我を失うことになるのだけど。




