第22話 楽しい(?)お泊り会 中編
一人暮らしの我が家はホームセキュリティと契約しているけれど、それとは別に万が一に備えて、隣の富樫家に合鍵を預けている。
だから、おじ様やおば様、雄太は合鍵で中に入ってくることができるのだけど。
今日はマヤヤさんが、中からロックを開けたらしい。
「君は一体、何者だ。動画配信者だと京也君から聞いたが」
「初めまして、富樫先生。私は澤本真矢と申します。成田君とは高校時代からの知己で、互いに社会人となってからも、仕事やその他の面で交流させていただいております。
富樫先生のお話は、彼からよく伺っております。お会いできて光栄です」
さっきの電話で雄太は、
『帰って、親父に食事に誘われたことを話したらさ。
「一人暮らしの女の子の家に見知らぬ他人が? しかも食事に誘われた?
何を考えているんだ! お前は! 素性も定かではない人間が美空ちゃんに危害を加えたらどうする!」って大剣幕でさ。
その直後、師匠から話はあったみたいだけど、納得いってない感じで、直接話をするって飛び出して行ったんだ』
と伝えてくれた。
おじ様はけっして話の分からない方ではないし、今はSNS関連の法的トラブルも多いから、そっち方面の知識もお持ちだけど。
それでも真面目な方だから、マヤヤさんのことも外見などで偏った判断をされるかもしれない。
だから、私はマヤヤさんのことを説明しようと思ったのだけど、マヤヤさんはスッと手で私を制すると、静かに微笑んで壮太おじ様に向かい合っていた。
失礼な言い草だけど、ちょっとビックリ。
ピンと伸びた姿勢に、落ち着いた受け答え。ピンクの髪とドレスはそのままだけど、一流企業の人みたいな、磨かれた『大人』の女の雰囲気を醸し出している。
「ほう。京也君の言う通り、見かけほど軽薄な人間ではなさそうだな。
だが、であれば、初対面の未成年。しかも女性の家に、たとえ同性であっても入り込むのは分別のある人間のすることではないと、理解しているはずだが?」
「はい、もちろんです。
未成年者の家に泊めていただく以上、保護者代わりの方が確認に来られるのは当然です。先生のお立場なら、なおさらでしょう。
むしろ、何も確認せずに見過ごされれば、未成年者保護の観点からも、法律の専門家である先生の見識を疑うことになったやもしれません。本来であれば、こちらから先にご挨拶に伺うべきでした。申し訳ございません」
「その物言い……君は、法学を学んだことがあるのか?」
「少しだけですが。駒場で二年、本郷で二年ほど」
「駒場から本郷……」
おじ様の目が、初めてほんの少しだけ見開かれた。
何か、私には分からない隠語があるっぽい。
「もしかして、君は――」
「成田君にとっては、高校、大学を通じて先輩と呼ばれる立場にありました。
もしかしたら、先生にとっては後輩に当たるかもしれませんね。ずっと下ですけど」
店長さんの高校&大学の先輩。
つまり、マヤヤさんもT大卒ってこと?
見えない、なんて言ったら失礼だと分かっているけれど、同じようなことをおじ様も思ったらしく、腕を組んで難しい顔をしている。
「君が見た目通りの存在ではないことは理解した。だが、いきなり美空ちゃんの家に押しかけてきた意図が理解できない。何を考えているのだ」
「ご危惧は当然です。実は私、現在はアメリカを拠点にしておりまして、北条風華さんと懇意にしているんです」
「風華ちゃんと?」
「お姉ちゃんの知り合い?」
おじ様も驚いた顔をしているけど、私の方が多分、もっと驚いた。
お姉ちゃんの知り合いだったなんて、マヤヤさんは一度も言っていなかったもん。
「知らずに家に上げたのか? 美空ちゃん?」
「あ、その、はい」
「美空さんと知り合ったのは、本当に趣味を通じた偶然でして。
『日本に妹がいるの』という話も、世間話程度に聞いていただけでしたから」
「風華君は元気かな? 美空君のことが心配で、婚約者のトマス君との結婚に踏み切れないと何度か相談されたが」
「先生ともあろう方が。風華さんのパートナーはアレックスさんです。
日本駐在を終えて本国に戻られた今は、若手のホープとして活躍されています。風華さんも、所属企業の海外進出で重要な役割を任せられているそうですよ。
ただ、アレックスさんにとっては海外赴任というより帰国ですから、妹のいる日本へ戻る目途が立たないのが悩みだと、何度も聞かされました」
マヤヤさんの返答に、おじ様の表情から警戒の色が薄まっていくのが見えた。
おじ様がお姉ちゃんの旦那さんの名前を間違えた時は、あれっと思ったんだけど、多分、カマをかけたんだ。マヤヤさんが本当にお姉ちゃんの知り合いか、って。
そして、マヤヤさんはその意図を看破し、実際に知っていなければ言えない情報で応えた。
私に満面の笑顔とウインクが投げられる。胸の奥に、不思議な温度が宿った。
つまり、マヤヤさんは本当にお姉ちゃんの友達だったんだ。
「そうか。それで彼女の様子を見たくて、宿泊を申し出た、と」
「はい。『アナザーワールド』は、私と成田君、そして風華さんの共通の話題の一つでして。
先生も既にご存じかと思いますが、美空さんが引き当てたカードは、今や界隈の注目の的となっています。ただ、彼女自身はまだ初心者ですので、先達としてアドバイスできれば、と。
老婆心ながら、そう考えました。
あと、テレビ電話越しでは分からない、生の美空さんの様子を風華さんに知らせられたら、喜んでもらえるかな、とも」
「なるほど。分かった。美空ちゃん」
おじ様は何度か小さく頷いた後、私に視線と言葉を向ける。
「は、はい」
「君は自分の意思で、彼女を家に招き入れ、一晩を共に過ごしたいと思っている。そういうことでいいかね?」
私は胸に手を当て、答える。
引っ張られたのでも、強制されたのでもない。私自身の意思で。
「はい。マヤヤ、いえ、真矢さんにはとてもよくしていただきましたし、色々と教えてほしいこともあるので」
「宿泊予定は何日だね」
「一泊です。その後は、実家のある北海道に戻ります」
「分かった。では、今日のところは美空ちゃんをお任せする」
「おじ様!」
「ありがとうございます」
「ただ、せっかく誘っていただいたが、雄太は家に戻らせる。君を信用していないわけではないが、年頃の男女が深夜、他者の目がない一つ屋根の下で過ごすのは、保護者として看過できないからな」
「おっしゃる通りです。
では、この菓子はよろしければ、ご自宅で召し上がってください。本当はこれを持って、こちらからご挨拶に伺うつもりでしたので」
「では、ありがたくいただくとしよう。お気遣い、感謝する」
わざわざケーキを二箱に分けた理由が分からなかったけど、そういうことだったのか。
ケーキの箱を手渡すマヤヤさんと、それを受け取るおじ様は、ケーキ以外の見えない何かも手渡し、受け取ったような気がする。
「真矢君」
「はい」
「見た目で判断したことは謝ろう。だが、私が美空ちゃんを心配していることに変わりはない」
「当然です。そこを曲げられたら、逆に先生を信用できなくなるところでした」
「私にも、まだまだ知らない世界がある。たかがカードゲームと思っても、奥が深いな。
雄太だけでなく、隆にも怒られそうだ。『ゲームというのは一つの世界なんだよ』とな」
「おじ様」
隆、というのは私の父の名前だ。おじ様とは親友だったと聞いていた。
ゲーム会社勤務のクリエイター。
T大卒で弁護士のおじ様とは、性格も得意分野もまるで違うけど、気が合ったという。
「美空ちゃん、明日は休日ではない。夜更かしは程々にな」
「はい」
「ご心配なく。宿題もしっかり終わらせてから、明日は送り出します」
「お願いする。今度は家の方にも遊びに来なさい」
「機会をいただけましたら、ぜひ」
「では。おやすみ」
静かな微笑を残し、おじ様は帰って行った。
ふう、と大きな息を一つ吐き出して、真矢さんは、
「はあ、緊張した~。ここで対応を間違えると、出禁もあり得たからねえ。
面接なんてここしばらくやってなかったから、怖かったよ~」
おどけたように、でも多分、本音を零す。
そして、一瞬の瞬きの後。
「は~い。でも、そういうわけで身元確認完了~。怪しくないお姉さんでした~!」
軽いノリのマヤヤさんに戻っていた。
「自分で言う人は、やっぱり少し怪しいです」
私はすかさず、ツッコミを入れる。
「みっちゃん、酷い! 急に厳しくなってない?」
「だって、お姉ちゃんのこととか、他にも色々隠してたじゃないですか?」
「いや、それにはまあ、事情とかあってね」
「事情って?」
「ちゃんと話すってば。でも、とりあえずご飯にしない? 緊張したらお腹すいちゃったし、フォル君も加奈子も心配してるだろうし」
「分かりました。でも、ちゃんと話してくださいね!」
「らじゃ! 話せることはちゃんと話すし、教えるよ。加奈ちゃん! フォル君!
もう出てきていいよ。パーティーの準備、手伝って!」
「お前というやつは、まったく。見ているこちらがヒヤヒヤする」
空気が揺れて、加奈子さんが実体化した。少し遅れて、フォルティオスも。
「もう少し、言動を改められんのか? さっきの半分でいいから殊勝さをいつも纏っていれば、騒動も誤解も減るだろうに」
「でも、そしたらもう、そんなのマヤヤじゃないし。加奈ちゃん、マヤヤのこと嫌い?」
多分、心配していたんだろうな。
諫める加奈子さんに、マヤヤさんは甘えるように問いかけた。
それは子どもが母親に問いかけるような、絶対の自信を宿していて。
「分かり切ったことを聞くな。ほら、慰労会を始めるぞ。
頑張った褒美に、私が直々にコーヒーを淹れてやろう」
「わーい。加奈ちゃんも、加奈ちゃんのコーヒーも大好き♪」
私は、さっきの真矢さんの姿と併せ、この万華鏡のような煌めきを宿す女性への好意が、ますます高まっていくのを感じていた。




